第11話

 黒崎さんの『元気が出るおまじない』は、ものすごい効果を僕にもたらしてくれる。

 鉛みたいに重かった心はすっと楽になり、石化したみたいにガチガチだった身体は、羽根が生えたみたいに軽くなっていた。


 その効果は、実戦にも現れる。

 次に現れたのは3匹ものオークだった。


 僕はヤツらが武器を抜くよりも早く、素早いタックルで接近。

 3匹のなかでいちばん左側にいたオークに組み付くと、


「でえいっ!」


 問答無用で横投げを食らわせ、残りの2匹も巻き込む形で右に向かって投げ飛ばした。

 「「「ブヒーッ!?」」」と折り重なって倒れるオークたち。


「いまだ、黒崎さん!」


「……アローっ!」


 すでに黒崎さんは詠唱を終えていて、僕のかけ声と同時に5本のマジックアローを撃ち放っていた。

 矢は2本ずつと1本に分かれ、3匹のオークに次々と突き立つ。


 2本の矢を受けたオークはそのまま霧散。

 1本の矢を受けただけのオークはまだ生きていたが、僕はすでにこう叫んでいた。


「いけっ、トム!」


「フニャアーーーーーーッ!!」


 続けざまに弾丸のような勢いで、トムが残りの1匹に食らいつく。

 残ったオークはなにもできずに、そのまま霧となって消え去っていった。


「や……やった!」「やったーっ!」


 僕と黒崎さんは、同時に快哉を叫んでいた。

 僕は興奮気味に起き上がると、黒崎さんの元に駆けていく。


「3匹ものオーク相手に、なにもさせずに勝つだなんて、こんなの初めてだよ!

 これも全部、黒崎さんのおかげだ!」


「私も初めて! だからこれは、塚見くんのおかげだよ!」


「いやいや、黒崎さんが……!」


「ううん、塚見くんが……!」


 手柄を譲り合う僕たちの間に、トムが「ウニャーッ!」と飛び込んでくる。

 僕たちは自然と、手を取り合うようにしてトムを受け止めていた。


「ごめんごめん、トムのおかげだよ!」


「そうだね、トムくんのおかげだね!」


 黒崎さんは笑っていた。そして僕も笑っていた。


 パーティを組んで戦うのが、こんなに楽しいものだなんて……。

 僕はこのとき久しぶりに、心の底から笑ったような気がした。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それからも僕と黒崎さん、そしてトムのトリオは快進撃を続ける。

 店のモニターで観ているのであろうリア充たちの僕への評価は、わずかではあるものの変わりつつあった。


『ねぇ、グラップラーってゴミ職業ジョブだと思ってたけど……案外、強くね?』


『私もちょっとだけそう思った。ダメージはほとんどないみたいだけど、地面に倒して行動不能にできるのがいいよね』


『いやいや、でも倒してるだけで、ほとんどダメージを与えてないじゃん。

 それに普通だったら、後衛が攻撃すると前衛も巻き込まれることがほとんどだけど、グラップラーの男の子にはぜんぜん被害がいってない。

 これは、魔術師の女の子の攻撃が、そうとう上手なんだよ』


 たしかにその通りだと僕は思っていた。

 黒崎さんの撃つマジックアローは正確無比で、確実にモンスターだけを捉えている。


 しかしこの下馬評に、黒崎さんはチッチッと人さし指を左右に振っていた。


「観てるひと、わかってないなー。

 塚見くんがモンスターを行動不能にしてくれてるから、落ち着いて詠唱に集中できて、その結果として命中精度があがってるだけなのに。

 私よりも、塚見くんのほうがずっと凄いのに」


 僕はグラップラーで褒められたことなんて一度も無かった。

 褒められ慣れていないので照れてしまい、つい「そうかなぁ」なんて言ってしまう。


「そうに決まってるじゃない。ねーっ、トムくん」


 黒崎さんは抱っこしているトムに同意を求めている。

 しかしトムは「ウニャウニャ……」と微妙な返事だった。


 そうこうしているうちに、僕たちは大きな宝箱のある部屋に出る。

 宝箱は階段でできた段差の上に置かれていて、その隣に死刑囚が座るようなものものしい椅子がある。


 近くの立て看板には、


『真の愛の宝箱』


 とある。

 そのタイトルの下の説明書きには、


『この宝箱を開けるには、カップルのうちどちらかひとりが椅子に腰掛けなければならない。

 宝箱には罠が仕掛けられており、解除に失敗すると、椅子に座っている者に不幸が訪れる。

 椅子に座っている者が途中で席を立った場合、その時点で宝箱の前にいる者に不幸が訪れる。

 お互いを信じ合うカップルだけが、宝箱の中身を手にできるであろう。

 愛の強さに自信がない者は、宝箱には手を付けずに先に進むがよい』


 リア充たちのクスクスとした笑い声が聴こえてくる。


『あーあ、「真愛箱」出ちゃったよ』


『まだ付き合いたての高校生のカップルには、相当キツいんじゃないか?』


『うん、アレにはすごい難しい罠が仕掛けられていてて、簡単には解除できないんだね』


『だから大抵どっちかが痺れを切らして、相手を犠牲にしちゃうんだよなぁ』


『そうなっちゃうと、ふたりは破局まちがいナシ!』


『だから手を付けないのが一番なんだけど、「真の愛」なんて言われるとどうしてもやりたくなっちゃうのよねぇ』


『そして罠を受けて、身も心もズタズタになってから後悔するんだよなぁ、やらなきゃよかった、って!』


『私の友達なんて、去年「真愛箱」に挑戦して失敗したのを今でも後悔してるよ。

 「アレがなきゃ今頃は玉の輿だったのに!」って』


 僕は背筋に寒いものを覚えた。


 そんな、結婚を考えてたようなカップルですら、破局しちゃうほどの罠なの……!?


 リア充たちの脅かしに気を取られ、僕は目の前からつい注意をそらしてしまっていた。

 ハッと気がつくと、戦慄の光景が広がっていた。


 なんとそこには、死刑囚の椅子にすでに腰掛けている、黒崎さんが……!


 彼女はその椅子のおどろおどろしさとは真逆の、花のような笑顔で言った。


「私、罠の解除はあんまり得意じゃないから、塚見くん、ヨロシクね!」


「よ……ヨロシクって……!? まわりの声、聴いてなかったの!?」


「聴いてたよ。でも塚見くんならきっとやってくれると思って」


「どんだけ僕を過大評価してるの!?」


「大丈夫だって、それに言ったでしょ?

 どんなに失敗しても、塚見くんのことを嫌いになったりしないって。

 だからさ、どーんといってみよーっ!」


 黒崎さんの膝の上で、お腹を見せてねそべっているトムも、「ニャーッ!」と賛同。

 周囲からは『うおおおーっ!』と囃し立てるような歓声が沸き上がっていた。

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