第10話

 ……お、女の子と手を繋いだのは、中学のときのフォークダンス以来の、この僕が……!

 まさか、『恋人繋ぎ』をするだなんて……!


 それも、アイドルを相手にっ……!


 僕は、慣れないリア充ダンジョンにずっとガチガチだった。

 しかもここに来て『恋人繋ぎ』というトドメをさされ、身体は時計仕掛けのようにギクシャクしてしまう。


 そんな僕の追いつめられっぷりも知らず、黒崎さんは「へへっ」と笑った。


「こうしてたら、まわりからカップルみたいに見えるかなぁ?」


 ……も、もうやめてぇ!

 僕の恋愛HPはもうゼロなのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!!


 僕はもう黒崎さんの顔が見られない。

 もし彼女が照れ笑いなんか浮かべてたら、即死してしまう自信があったからだ。


 そこに、嬉しいような嬉しくないような救いの手が現れる。

 手を繋いで歩く僕らの前、最初のモンスターが立ちはだかったんだ。


 「ブヒーッ!」と豚のようにいななくソイツは、『オーク』。

 二足歩行の豚みたいな見た目で、体格は大柄。


 見た目のとおり、パワータイプのモンスターだ。


 ゴブリンよりもずっと強いモンスターだけど、相手が1匹ならなんとかなるだろう。

 僕はモンスターに出会うと最初にトムをけしかけるんだけど、今回は黒崎さんにいいところを見せたかったので、僕自身が真っ先に地を蹴った。


 しかし足がもつれてしまい、オークの手前ですっ転んでしまう。

 オークは僕のことを無視して黒崎さんに襲いかかろうとしていたけど、僕はオークの脚にすがる。


 オークは怒って僕を蹴りのけようとしたけど、行かせてなるものかと必死になってしがみついた。

 それはかなりみっともない姿だったらしく、失笑が聴こえてくる。


『あっはっはっは! なにやってんだアイツ!』


『アイツ、武器持ってねぇぞ!? もしかして「格闘家」か!?』


『いや、格闘家なら掴みかかろうとはしないっしょ! もしかして「グラップラー」じゃね!?』


『うわぁ、グラップラーっていったら「カードマスター」と並ぶ、2大役立たず職業ジョブじゃん!』


『しかも転んじゃうだなんて、超だせぇーっ!』


 僕は泣きそうになった。

 黒崎さんは「塚見くん!」と心配してくれている。


「く……黒崎さん! 早く! 早くコイツに攻撃魔法を撃ち込んで!」


「ええっ!? でも、塚見くんに当たったりしたら……!」


「大丈夫! 僕は打たれ強さにだけは自信があるんだ! だから早くっ!」


「わ、わかった! ……我が力よ、光の矢となりて、悪を貫けっ! ……アローっ!」


 黒崎さんがかざした手から、5本もの光の矢が射出される。

 『おおっ!』と歓声が起こった。


『すげえ、1回の詠唱で5本もマジックアローを出したぞ!』


『あの子、かなりの使い手みたいね!』


『男の子のほうとはエライ違いだ!』


『見た目も能力も、あんなヘボ夫にはもったいないくらいの女の子じゃん!』


 黒崎さんのマジックアローを浴びたオークはあっという間に霧散する。

 たしかに、僕なんかとはえらい違いだ。


 あまりの惨めさに、僕はもう立ち上がる気力もなくなってしまった。

 うつぶせになったまま、消えてしまいたい気分でいっぱいになる。


「大丈夫、塚見くん!? 立てる!?」


「僕はもう、無理だ……」


「えっ?」


「僕みたいなのは、こんな所に来ちゃいけなかったんだ……」


「な……なにを言ってるの?」


「せっかく黒崎さんにいい所を見せようとしたのに、転んじゃうだなんて……。

 僕なんかとこれ以上いっしょにいたら、黒崎さんまでバカにされちゃうよ……」


 すると黒崎さんは、「もう……」と溜息をつく。

 てっきり愛想を尽かされたと思ったのに、芳香が降ってきた。


「元気の出るおまじない、してあげよっか。

 ライブの前とかにメンバーのみんなでやってる、すっごく元気の出るおまじないを」


 メンバーというのは、彼女が所属するアイドルグループの『ソーサレス48』のことだろう。

 僕はなんだか気になってしまい、おそるおそる顔をあげた。


「おまじない?」


「うん、こうするの」


 黒崎さんはぺたんと女の子座りをすると、僕の頭に手を置いた。

 そして、僕の髪をやさしく撫でる。


 うつぶせのままの僕の心臓が、キックされたエンジンのようにブルンブルンと跳ねはじめた。


「さっきの塚見くん、カッコよかったよ」


「えっ、そんなわけ……」


「実をいうと塚見くんのこと、昨日からずっとカッコいいって思ってたんだ」


「えっ」


「昨日、ゴブリンに襲われてた私を、自分が傷付くのもかまわずに助けてくれたでしょ?

 今まで私と一緒に冒険してたパーティメンバーだったら、私を置いてみんな逃げてたのに……。

 でも塚見くんは、自分が傷付くのもかまわずに、ボロボロになってまで私を助けてくれた。

 自分を犠牲にして誰かを助けられるなんて、本当にすごいなぁ、カッコいいなぁって思ったんだ」


「そ……そうかな………」


「そうだよ。だから私、思ったの。

 塚見くんといっしょに冒険したい、って」


「そう、なの……?

 でも僕はつまずいて、失敗を……」


「ううん。塚見くんが足止めしてくれたおかげでオークは倒せたんだし、あんなのは失敗のうちに入らないよ。

 それに、もしこれから失敗したとしても、なにも気にすることなんてないよ。

 私は塚見くんがどれだけ失敗しても、ぜったいに塚見くんのことを笑ったり、見捨てたりしないから」


 黒崎さんはニコッと微笑む。


「だって、私は塚見くんのカードなんだから……。

 遠慮なんかしないで、ネッ……!」


 次の瞬間、僕の中でニトロのような凄まじいエネルギー爆発した。


 うっ……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!


 心で叫んで、僕はスクッと立ち上がる。


「う……うん! 僕はもう、失敗を怖れない! まわりから笑われたってかまうもんか!

 黒崎さんが信じてくれてるなら、それでいいっ!」


 続いて、黒崎さんも立ち上がった。

 キラキラした上目遣いで、僕を見つめている。


 それだけでもう、無限の力が湧いてくるかのようだった。


「よぉしっ……やるぞぉーっ!!」


「やったーっ! 塚見くんが元気になったーっ!」「ニャーン!」


 黒崎さんとトムは、両手をいっぱいに掲げて大喜び。


 そして僕は気付く。

 黒崎さんの頭の上に、いくつものハートがぽわぽわと浮かんでいるのが。


「あ……。

 絆レベル、あがったみたい……」

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