第9話

 初めて足を踏み入れた『スタダ』は、想像以上の『リア充空間』だった。

 しかも黒崎さんがオーダーしたのは、まさかの『カップルダンジョン』。


 そんなの、リア充中のリア充にしか許されないメニューじゃないか……!


 しかし黒崎さんは一切物怖じしていない。

 きっと、『カップルダンジョン』なんてクラスの男子と入りまくって慣れているんだろう。


 「んじゃ、行こっか。入口はこっちだよ」とカラオケルームに向かうような気軽さで、僕を誘って歩き出す。


 僕は慌ててその後を追う。

 本当はもうちょっとリア充度の低い、別のメニューを提案したかったんだけど切り出すタイミングが掴めなかった。


 とうとう、ダンジョンに入る前の前室に着いてしまう。

 そこには、係のお姉さんがいて、ダンジョンに入る際の注意事項を説明してくれる。


「ダンジョンの中には、スマートフォンなどの通信機器、ノートパソコンなどの精密機械、そして武器以外の一切のアイテムは持ち込めません。

 いずれもここでお預かりして、出口でお返しいたします。

 それではスマホなどをお持ちでしたら、こちらのトレイに入れてくださいね」


 僕はうわの空のまま、お姉さんから差し出されたトレイにスマホを入れる。

 黒崎さんは「はーい!」と手を挙げて元気に返事をしたあと、「はいっ!」と両手を添えてスマホをトレイに入れていた。


 お姉さんの説明は続く。


「中で見つけたおアイテムや、お宝や戦利品は自由に使用可能で、また持ち帰っていただいて構いません。

 またこちらではステータスをモニターしており、体力が10%以下になったら出口に強制転送させていただきます。

 その場合、ダンジョン探索は失敗となり、通常とは違う出口に出てしまいますので注意してくださいね」


 『通常とは違う出口』……噂に聞いたことがある。

 スタダのダンジョンは店内に出入り口があるんだけど、探索に失敗した場合のみ、店の外に設置された出口に出てしまうらしい。


 スタダでのダンジョン探索失敗は滅多にあるもんじゃないらしく、とても恥ずかしいこととされている。

 失敗出口に転送されようものなら、テラス席にいるリア充から笑い者になり、スマホで撮られて晒し者にされるらしい。


 僕が晒し者になるのは別にかまわないけど、黒崎さんをそんな目に遭わせるわけにはいかない。

 だって彼女は休業中とはいえ、人気絶頂のアイドルなんだから……!


 そんなことを意識すると、自然と身体が硬くなってしまう。

 お姉さんの説明など、もう頭の中に入ってこなかった。


「カップルダンジョンでは探索結果に応じて、ふたりのラブラブ度が判定されます。

 ランキング形式で、上位に入ると素敵な賞品がありますから、がんばってくださいね!

 それでは、いってらっしゃ~い!」


 お姉さんは僕たちが入ってきた入口のほうに向かうと、笑顔で両開きの扉を閉めた。


 ……ばたんっ!


 ダンジョンとはいえ明かりに満ちているので、扉を閉められたところで暗くはならない。

 でも僕の心はすっかり暗くなっていた。


「ほ……本当にやるの?」


「もう、いまさら何言ってんの! きっと楽しいから、ふたりで力をあわせてがんばろうよ、ねっ!」


「う、うん……」


「さて、それじゃあ塚見くん、私を召喚して! 『魔女っ子マコ』のほうが強いみたいだから」


「それなんだけど、『魔女っ子マコ』はまだ『絆レベル』が低いから、長いこと召喚を維持できないみたいなんだ」


「絆レベルって?」


「カードマスターとカードの仲の良さみたいなものだよ。

 そのレベルが高くなればなるほど、カードを長い間召喚できるんだ。

 だから、『魔女っ子マコ』を召喚するのは、いざという時でいいかな?」


 こんなことを言うとクラスメイトは決まって「使えねーな」と言うんだけど、黒崎さんは違った。

 「むむむ……!」とかわいく唸りながら、眉根を寄せている。


「トムくんは、召喚されても長いこと一緒にいられるみたいだから……。

 それは、『絆レベル』がすごく高いってことだよね……?

 ありがとう塚見くん、トムくんと仲良しでいてくれて……!」


 彼女は謎の感謝を述べたあと、握り拳を固め、さらにとんでもないことを言ってのけた。


「わかった! 私、もっと塚見くんのこと好きになるっ!

 だから塚見くんも、私のことを好きになって!」


 僕は思わず発狂しそうになってしまう。

 アイドルから面と向かってこんなことを言われて、正気でいられるわけがない。


 しかし僕は必死になって自分に言い聞かせた。


 黒崎さんは、あくまで召喚時間を長くするために、仲良くなろうと言ってくれているに過ぎないんだ……!

 話の流れからいって、それ意外の意味なんか、あるわけないじゃないか……!


 それで、なんとか叫び出しそうになるのをこらえることができた。

 そして、僕は同時に強く意識するようになる。


 彼女に嫌われないように、がんばらなくっちゃ……!


 しかしふたりっきりだとなんだか間が持たない気がしたので、僕はトムを呼び出すことにした。

 トムとは『絆レベル』がかなり高いので、ずっと出していても平気だしね。


「こいっ、トム!」


 カードから飛び出してくるトム。

 黒崎さんはトムに会えるのを楽しみにしていたのか、まだ召喚演出で光っているトムを抱き寄せていた。


「あぁん、トムくんこんにちは! 元気してた? うりゃうりゃっ」


 さっそく、ふにゃふにゃゴロゴロとイチャつきはじめる黒崎さんとトム。

 しばらくトムを堪能した黒崎さんは、赤ちゃんのようにトムを抱っこしたまま僕に言う。


「んじゃ、行こっか!」


「う……うんっ!」


 僕たちは前室から移動し、いよいよ『カップルダンジョン』へと足を踏み入れる。

 中は西洋風の神殿のような造りになっていて、眩しいほどの白い壁に、純白の柱が立ち並んでいた。


 天井にはステンドグラスがあって、七色の光が降り注ぐ。

 メチャクチャおしゃれな教会みたいな内装だった。


 ふと、どこからともなく声が聴こえてきた。


『あっ、新しいカップルが挑戦するみたい!』


『高校生カップルっぽいね!』


『なんか、初々しいなぁ!』


 どうやら、店内でモニターを通して僕たちのことを観ている、観客たちの声のようだ。

 声がするおかげで『観られている感』がすごくして、僕の緊張は加速する。


『男のほうはパッとしないけど、女の子のほうはめちゃくちゃカワイイなぁ!』


『ほんと! アイドルのBBちゃんに似てて、すっごくカワイイ!』


 『BB』というのは黒崎さんの芸名のことだ。

 ちなみに『ブラック・ブルーム』の略。


 黒崎さんがBB本人だと誰も気付いていないのは、BBはクールな女子高生というキャラクターで、いつもキリッとした表情をしているから。


 プライベートの気さくな黒崎さんとはタイプが真逆なので、とても同一人物には見えない。

 かくいう僕も、初めて黒崎さんに会ったときは、そのギャップにかなりビックリさせられたものだ。


 僕はリア充たちからパッとしないなんて言われてるけど、それは事実なのでぜんぜん気にならない。

 それよりも黒崎さんが褒められて、なんだか嬉しかった。


 ふと僕の隣で歩いていた黒崎さんが、すすっと近づいてくる。

 彼女の髪の香りが鼻腔に飛び込んできて、それだけで僕の心臓は飛び跳ねた。


 ギョッとする間もなく、僕の手はギュッと握り締められる。

 女の子のいい匂いと手の柔らかさ、僕はまさに最強コンボを食らったかのようにのけぞった。


「きゅ……急にどうしちゃったの、黒崎さん!?」


 すると彼女は「ほら、アレ」と、傍らにある看板を指さす。

 そこには、


『ラブラブチャンス!

 手を繋いで探索すると、アイテムの出現率が5%アップ!

 恋人繋ぎなら、10%アップ!』


 僕は絡みあう指の感触を覚え、ショック死しそうになった。


 ま、まさかこれは……!?

 伝説の、『恋人繋ぎ』っ……!?

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