第8話

 次の日、僕はほんの少し寝坊をして、いつもより自転車を飛ばして学校へと向かった。

 クラスに入ると、妙にまわりからの視線を感じる。


 いつもなら僕が登校しても、誰ひとりとして気にも止めないのに……。

 たぶん、黒崎さんが僕のカードになったという噂が、もう広まっているのだろう。


 特に男子は睨みつけてくるヤツもいて、僕は席に座ってもなんだか落ち着かなかった。

 しばらくして黒崎さんが登校してくると、噂好きの女子たちがあっという間に彼女を取り囲む。


「ねえねえマコ! 塚見くんのカードになったって本当!?」


 クラスじゅうの注目を集める黒崎さん。

 僕だったら間違いなく緊張する局面だけど、黒崎さんはさすがアイドルだけあって堂々としていた。


「そうでーす! 私、塚見くんのカードになっちゃいましたーっ!」


 あっけらかんとした表情で言ってのけ「ぶいっ!」とWピースを振りまく黒崎さん。

 クラスじゅうが騒然となる。


「えっ……ええーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 ホームルームのチャイムが鳴るまでその騒ぎは続いたけど、僕は居心地が悪くてしょうがなかった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 放課後、帰り支度をしている黒崎さんのまわりには、多くの男女が集まっていた。

 違うクラスの生徒たちも混ざっているけど、いずれもスクールカーストの頂点に立つ、そうそうたるメンバーだ。


「ねーねーマコ! これから『スタダ』行くんだけどさぁ、一緒に来ない!?」


「なに言ってんだよ、マコは今日は俺たちのパーティだろ!」


「えーっ、ズッ友の私たちのパーティだよねぇ!」


 高校生の冒険者パーティというのは、職業ジョブバランスよりも仲の良さで組まれることが多い。

 そして一度組んだパーティというのは、卒業までほんとんどメンバーが変わらないらしい。


 『らしい』というのは僕は小学校から今まで、いちどもパーティを組んだことがないから。

 そして黒崎さんは、人気者かつ職業ジョブも『魔術師』という人気職なので、どのパーティからも引っ張りだこだ。


 しかし黒崎さんは固定のパーティというのに所属しておらず、いつも違うパーティと一緒に冒険しているらしい。

 ……と、思ってたんだけど、


「私、塚見くんのカードになったんだ。だからもうみんなとはパーティを組めないの、ゴメンね」


 彼女はあっさりそう言って、人だかりを抜け出す。

 そしてなぜか僕のところにやってきて、申し訳なさそうにペロッと舌を出した。


「待たせちゃってゴメンね、今日はどこに行く?」


「え……あ……。別に、いっしょに行動することもないと思うんだけど……」


「そう? でも塚見くんが戦闘になったら、私を召喚するんでしょ?」


「う、うん……。でも嫌なんだったら、召喚しないようにするけど……」


「なに言ってるの! 嫌なんだったらそもそもカードになんてならないでしょ!

 マスターの塚見くんが、カードである私に遠慮してどうするの!

 それにどうせ呼び出すんだったら、一緒にいたほうがいいでしょ? ねっ?」


「まあ、それはそうかもしれないけど……」


「じゃあ、はやく行こっ! ほら、早く早く!」


 黒崎さんはじれてしまったのか、僕の手をガッと掴むと、教室の外へと引っ張りはじめる。

 教室じゅうが、特に男子がざわめいていた。


「お、おい……! 見ろよ、黒崎のヤツ……!」


「あ、あの黒崎さんと、手を繋いでるだなんて!」


「俺なんて握手券を買って握手に行ってるってのに、チクショウっ!」


「くっそぉ~! なんで俺は、『カードマスター』じゃなかったんだ!」


「ってお前、塚見の職業ジョブことさんざんバカにしてたじゃねぇか! なにを今更!」


 僕は学園じゅうのやっかみの視線に苛まれながら、黒崎さんといっしょに学園を出る。

 その途中、あることに気付いた。


「あれ? 校舎裏の地下迷宮ダンジョンに行くんじゃないの?」


「それもいいんだけど、せっかくだから『スタダ』に行ってみない?」


「す……『スタダ』っ!?」


 『スタダ』とは『スターダスト・ダンジョン・カフェ』の略。


 魔力で人口的に作り出したダンジョンが楽しめる若者向けカフェのことで、店もダンジョンの内装もとてもオシャレな造型をしている。

 最新流行の装備をドヤ顔で見せびらかしながらコーヒーを飲む、『スタダ族』なんてのもいるくらいだ。


 ようは、『リア充御用達ダンジョン』……!


 僕みたいなぼっちはカフェテリアを利用するどころか、店に足を踏み入れたことすらない。

 だいいち、メニューが呪文みたで、どうやって注文していいのかもわからない。


 僕なんかが行ったら、まわりから笑われまくるに違いないっ……!


 しかし黒崎さんの手前、行きたくないとも言い出せず、僕は気付いたら駅前の『スタダ』にいた。


 客層はやっぱりオシャレで、身に付けている武器や防具もすごくカッコイイ。

 僕みたいな初期装備の『カードマスター』なんてひとりもいない。


 黒崎さんは物怖じせずにカウンターに向かうと、


「えーっと、トールノンバニラノンファットインフェルノクラスエクストラフロアキューティクルーノアンデッドロスを、マジックマシマシでお願いします」


 まさに呪文のようなオーダーを、スラスラと淀みなく唱えていた。

 僕は、彼女がなにを言っているのか一言も聞き取れずにいる。


 しかし、追加で発せられたその一言だけは、ハッキリとわかった。


「あ、それをカップルダンジョンにしてください」


 『スタダ』の人口ダンジョンというのはオーダーによって個別に創り上げられる。

 注文したダンジョンは別のパーティが途中参加してくることもあるんだけど、この『カップルダンジョン』は途中参加が一切不可。


 ようは最初から最後まで、ふたりっきり……!


 僕はギョッとなった。


「かっ……カップルダンジョンなんて本気なの!? 黒崎さん!?」


「うん、そのほうがお得みたいだし」


 と、壁のポスターを指さす黒崎さん。

 そこには、


『カップルダンジョンサービスデー! 本日カップルダンジョンが50パーセントオフ!

 さらに成績に応じて、素敵な賞品をプレゼント!

 しかも挑戦中のカップルは、店内のビッグスクリーンでその模様が映し出されます!

 ラブラブっぷりを、みんなに見せつけちゃおう!』


 とあった。

 店の奥には、壁一面を使った巨大なスクリーンがあり、カップルダンジョンに今まさに挑戦しているカップルが映し出されていた。


 お揃いのシリーズ装備に身を包んだカップルは、見事な連携でモンスターを撃破してハイタッチ。

 しかも両手を打ち鳴らしたあと、当たり前のように唇を重ねていた。


 周囲の観客たちは、それをヒューヒュー! と囃し立てている。


 ……む、ムチャだ、あんなのっ……!

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