第7話

 リア充グループと別れを告げた黒崎さん。

 それから僕たちは学校裏の地下迷宮ダンジョンを出て、それぞれの家に帰った。


 僕は自転車通学なんだけど、帰り道はずっとうわの空。

 家に帰ってすぐに2階の自室に閉じこもり、着替えもせずにベッドに倒れ込んだ。


 そうしたら目が覚めるかと思ったんだけど、ぜんぜん覚めない。


「やっぱり、夢じゃないのか……?」


 今日の放課後の出来事は、僕にとっては夢としか言いようのない出来事だらけ。


 クラスいちの美少女で、アイドルの黒崎さんを助けた。

 これはまあ、現実でもありえないこともない。


 しかしそのあとはありえないことだらけ。

 膝枕してもらったうえに、カードになりたいだなんて言われてカードにして、しかも『魔女っ子マコ』なんていう、ゴブリンの群れを一撃で殲滅するほどの超強力なカードになった。


「ニャーン」


 ふと鳴き声がして、ひと足先に戻っていたトムが猫ドアから部屋に入ってきた。

 そのままぴょんとベッドに飛び乗り、ここが自分にとっての最高の寝床だといわばんばかりに、僕の胸の上で香箱を組む。


「これも、トムのおかげだったのかな……」


 そういえば黒崎さん、別れ際にトムにグリグリ頬ずりして、最後はトムのおでこにキスしてたよな……。

 いまトムのおでこにキスすれば、間接……。


 ……って、僕はなにを考えてるんだ!

 これじゃただの変態じゃないか!


 僕はぶんと頭を振っていかがわしい思考を追い払い、腰のカードケースから1枚のカードを取り出す。

 それは、『魔女っ子マコ』のカード。


 カードフレームの向こうに映っている黒崎さんは帰宅したばかりのようで、玄関で靴を脱いで揃えたあと、廊下を歩きはじめた。

 ふと小さな部屋に入り、ローブの裾をたくしあげ……。


 と、急に視線を感じたようにハッとカメラ目線になった。

 続けざまに取りだしたスマホを、見たことがないくらい真剣な表情でいじっている。


 直後、僕のポケットのスマホがブルッと震える。

 取りだしてみると、黒崎さんからの『レイン』のメッセージだった。


『今からお風呂に入るから、見ちゃダメ! 見たら絶交だからね!』


 カードの向こうの黒崎さんは、思いっきりアカンベーをして、両手を胸の前で組んでバッテンを作っていた。

 僕はあわてて返信する。


『見ませんっ!』


 そして急いでカードをケースに戻す。


 そのまま見続けていたところでバレたりはしないけど、そんなことはしたくない。

 だって黒崎さんは24時間見られるとわかってからも、僕のカードでいつづけてくれたから。


 これはつまり、僕のことを信頼してくれているからに他ならない。

 それを裏切りたくはなかった。


 それに『カードマスター』は、召喚対象との絆がなによりも重視される。

 召喚対象に好かれるほど能力が向上し、逆に嫌われるとカード化も解除されてしまう。


 だから僕は彼女を傷付けるようなことだけは、絶対にしたくないんだ……!


 階下から「ごはんよー」と母の呼び声が聞こえたので、僕はベッドから起き上がる。

 夕食をすませたあと入浴をし、数時間ぶりに部屋に戻ると、黒崎さんからメッセージが届いた。


『もう、見てもいいよー』


 別に見る気はなかったんだけど、そう言われると見たくなってきてカードを取り出す。

 そこには、パジャマ姿で部屋でくつろぐ黒崎さんがいた。


 それだけでもう、僕の脈は乱れはじめる。


 アイドルの、完全プライベートショット……!

 それも、風呂上がりだなんて……!


 僕は動揺がスマホを通して伝わらないかドキドキしながら、メッセージを送り返す。


『ぬいぐるみがいっぱいで、かわいい部屋だね』


『みんな私のお友達なの! このクマがいちばんのお友達のチョコちゃん!』


 黒崎さんはベッドの傍らにあった大きなクマのぬいぐるみで顔を隠す。

 彼女には悪いけど、そのクマは妙にブサイクだった。


 黒崎さんはクマの手をぴょこぴょこ動かして、「こんにちはー」とおどけてみせる。

 その仕草があまりにも愛らしかったので、


「かっ……かわいいっ……!」


 僕は思わず声に出していた。

 しかも手が震えるあまり、音声入力のボタンを押していたせいで、


『かっ……かわいいっ……!』


 とメッセージを送ってしまった。


 「しまった!?」と思ったけど、もうあとの祭り。

 「キモがられる!」と思い、なんと弁解しようかと焦っていると、カードの向こうの黒崎さんは、


 ……パアッ!


 と花が咲いたような、最高の笑顔を浮かべていた。


『でしょ、でしょ!? チョコちゃんってかわいいよねー!

 みんなに見せても誰もわかってくれなかったんだけど、塚見くんはわかってくれるんだね!』


 どうやら黒崎さんは、『かわいい』と言ったのはクマのぬいぐるみ対してだと思ったらしい。

 なんにしても、キモがられなくてよかった。


 それで僕の緊張も解け、それからレインを通じて黒崎さんといろんなおしゃべりをする。

 レインの友達が家族以外にいない僕には、それは初めての体験だった。


 話の内容はどれも他愛のないものだったけど、最高に楽しかった。

 しばらくして黒崎さんは、壁に掛けてある時計を見てギョッとなっていた。


『わあっ、もうこんな時間!? 楽しくてつい時間を忘れちゃってた!

 ごめん、もう寝るね! また明日、学校で!』


『うん、おやすみ、黒崎さん』


『おやすみー!』


 最後に、ぬいぐるみと同じブサイクなクマのスタンプが送られてきた。

 気になってインターネットで調べてみたんだけど、そのクマは『ブサイクマ』というキャラクターらしい。


 そんなことは、さておき……。

 部屋の電気を消したのか、『魔女っ子マコ』のカードは薄暗くなっていた。


 どうやら黒崎さんは寝付きがいいらしく、もう安らかな寝息をたてている。

 カードフレームの中でアップになっているその寝顔は、眠れる森の美女も飛び起きるほどの美しさだった。


「はぁ、黒崎さんは寝顔までかわいいんだなぁ……。

 このカードを枕の下に入れて寝たら、同じ夢が見られるかも……」


 ……って、また僕は変なことを!

 そういうのはやめるって誓ったばかりじゃないか!


 僕はベッドサイドに置いてあるカードケースに『魔女っ子マコ』のカードをしまうと、電気を消して布団をかぶった。

 トムが部屋に入ってきて「中に入れろ」と鳴きながら僕の布団のまわりをうろうろ。


 僕はトムを引っ張り込んで目を閉じたけど、その夜はなかなか寝付けなかった。

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