第6話

 生まれたままの姿で、宙にゆったりと浮かんでいる黒崎さん。

 その美しさは例えようがなく、例えるとしても天使か天女で迷うほどだった。


 胸に大きなリボンが現れ、粒子とともにレオタードのような服が構成されていく。

 真新しいカーテンが風に揺れるように、プリーツの入ったスカートが翻る。


 頭には魔女の帽子を模した小さな三角帽、手には変身ステッキ。

 僕は呆気に取られたままつぶやいた。


「ほ……本当に、魔女っ子だ……!」


 それは召喚でありつつも、僕が知っている召喚ではなかった。

 コスプレみたいな『着替え』じゃなく、サナギが蝶になったような……。


 まさに、『変身』っ……!


 シュタッと降り立った黒崎さん。

 見ようによっては恥ずかしい格好だったので不機嫌になるかと思ったが、自身の姿を見た途端、満開の笑顔になった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!

 本当に『魔女っ子』だ! すごいすごい! やったやったやった! やったぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」


 本当に嬉しいのか、その格好のままぴょんぴょん飛びあがっている。

 短いスカートがふわりとめくれ、太ももが見えているのもおかまいなしに。


 足元に寄ってきたトムも、いっしょになって飛び跳ねていた。

 黒崎さんはその勢いのまま、僕の所までホップステップで飛んできて、僕の手をギュッと掴んだ。


「ありがとう、塚見くん! 私、塚見くんのカードになって本当に良かった!

 こんな素敵な魔女っ子になれるなら、もっと早くカードになっておけばよかったかも!」


 まさかこんな感謝されるとは思わなかった。

 でも、黒崎さんに喜んで貰えたなら、こんなに嬉しいことはない。


「いや、そんな……」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 せっかくいい雰囲気だったのに、また邪魔が入った。

 僕と黒崎さんがいた部屋に、誰かが悲鳴とともに飛び込んできたんだ。


 それは、クラスのカースト上位のメンバーで構成されたパーティだった。

 その後ろからは、二十体はいるであろう大量のゴブリンたちが迫ってきている。


 「みんな!? 無事だったんだね!」と黒崎さん。

 どうやら、彼らが黒崎さんがはぐれたパーティメンバーのようだ。


 メンバーは黒崎さんを見た途端、我先にと彼女の背中に回り込んだ。

 みんな汗びっしょりで、傷だらけだった。


 黒崎さんの取り巻きで有名な女子が、黒崎さんを盾にするみたいにゴブリン側に突き出す。


「マコ、ひとりだけ無傷だなんて、ずるいっ……!

 私たちが犠牲になって助けてあげたんだから、今度はあなたが私たちの犠牲になってよ!」


 みんな、転んだ黒崎さんを見捨てて逃げたクセに……と僕は思ったが、黒崎さんは気にしていない。

 迫り来るゴブリンたちをキッと睨んだあと、僕を見やる。


「やろう、塚見くん!」


「わ……わかった! じゃあ、僕の指示どうりに魔法を使って!

 カードマスターに召喚されたモンスターは、マスターの指示に従うことで能力がアップするんだ!」


「はい、マスターっ!」


 黒崎さんはもう僕の下僕しもべになりきっていた。

 僕は前回のゴブリンとの戦いを思い出し、彼女に指示を出す。


「よし、マコ! マジックアローだ!」


「……はいっ! 我が力よ、光の矢となりて、悪を貫けっ!」


 『マジックアロー』は魔法でできた矢を放つ技だ。

 出力を全開にすれば、高校生クラスの冒険者ならいちどに2~3本、超高校生級ともなると4~5本もの矢をいちどに撃てる。


 しかし、彼女の背中に展開されたのは、


 ……ぶわぁぁぁぁぁぁぁっ!


 翼のように広がる、数え切れないほどの光の矢……!


 黒崎さんは一瞬ビックリしていたが、すぐにキリッとした表情に戻り、ゴブリンの群れに手をかざした。


「マジカルぅぅぅ、アロぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 おびただしい数の光の矢が、まるでポットから放たれるミサイルのように、幾重もの光の筋残しつつ飛び立っていく。

 純白の雨のようになったマジックアローは、一種にしてゴブリンの群れを蒸発させてしまった。


 黒崎さんを置いてさっさと逃げようとしていた、カースト上位のメンバーたち。

 スポットライトに照らされた脱獄犯のように、驚異を顔に張り付かせたまま立ち止まっていた。


「す、すごい……!」


「あれだけの数のゴブリンを、1回のマジックアローで全滅させちゃうだなんて……!?」


「す、すげえ! すげえよマコ! そんなに強くなるなんて、いったい何があったんだ!?」


「それによく見たら、その装備すっごく可愛いじゃん! どこで買ったの!?」


「やっぱりマコは、俺たちのエースだぜ!」


 リア充たちは、わあっ、と歓声とともに黒崎さんを取り囲む。


「私の期待に応えてくれるなんて、マコはやっぱり親友だね! もうズッ友だよ!」


「やっぱり俺たちのパーティには、マコがいなくちゃな!」


「そうだ、マコがパワーアップしたお祝いに、これから『スタダ』に行かね?」


「賛成! いまのマコがいれば、きっと相当いいところまで行けるよ!」


「きーまり、そうと決まればこんなショボイ地下迷宮ダンジョン、さっさと出ちゃお!」


 勝手に盛り上がり、部屋から出て行こうとするリア充たち。

 しかし黒崎さんはその手をすり抜け、群れから離れた。


「ごめんみんな、私、もうみんなとは行けなくなっちゃったんだ」


 「ええっ、どうして?」とハモる、かつての仲間たち。

 黒崎さんは彼らに向かって、星の出るようなウインクを飛ばした。


「私……塚見くんのカードになっちゃった!」

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