第2話

 僕は黒崎さんを救うべく、クイックドローでカードを放り投げる。


「こいっ、トムっ!」


「シャァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーッ!」


 トムは女の子が危険な目に遭っているとわかるや、いつもとは大違いのやる気を見せていた。

 矢のような速さでゴブリンたちに飛びかかっていき、「ニャニャニャニャニャニャッ!」とゴブリンたちの顔を引っ掻きまくる。


 僕はそのうち1匹に体当たり。

 押し倒して逆エビ固めを決めた。


「「ギャアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーッ!?!?」」


 2匹のゴブリンの悲鳴がこだまする。

 しばらくして1匹は降参、もう1匹はトムに首に噛みつかれ、黒い霧となって消え去っていった。


 複数のゴブリンを相手に珍しい快勝だったが、喜んでるヒマはない。

 僕はすかさず尻もちをついている黒崎さんに駆け寄った。


「黒崎さん、大丈夫!?」


 黒崎さんは、ふわっとした茶色いポニーテールに魔女の格好。

 顔はぜんぜん化粧っ気がないのに、お人形さんみたいにパーツが整っていて可愛い。


 宝石のようにキラキラな目が彼女の最大のチャームポイントなのだが、今は襲われた恐怖のせいか輝きが失われている。

 瞳が小刻みに揺れているので、軽いショック症状を起こしているようだ。


 彼女は顔全体に不安をありありと浮かべながらも、なんとか声を絞り出す。


「あ……ありがとう。塚見くん……」


 そして僕はこんな時だというのに、ドキンとしてしまった。


 まさか、僕みたいな底辺の名前を覚えていてくれるだなんて……!


 僕は心臓の高鳴りを抑えつつ、黒崎さんを案じる。


「大丈夫? 他のみんなはどうしたの?」


「みんなと一緒にゴブリンの群れと戦ってたんだけど、あまりに数が多くて逃げようってことになったの。

 でも途中で私だけが転んじゃって、置いてかれちゃって……」


「そうなの? よく逃げ切れたね」


「近くに『転移の罠』があったの。

 どこに飛ばされるかわからない罠だけど、ゴブリンにやられちゃうよりマシだと思って、必死に飛び込んだんだ」


「そっか、だからひとりだったんだね」


「うん、そしたらこの近くに飛ばされたんだけど、その場にいたゴブリンに襲われちゃって……。

 なんとか逃げようとしたんだけど、また躓いて転んじゃったの。

 両足とも捻挫しちゃって、とうとう歩けなくなっちゃって……

 塚見くんが助けに来てくれなかったら、いまごろ私は……」


 そのときの恐怖がぶり返してきたのか、瞳に涙をいっぱい浮かべる黒崎さん。

 女の子の涙なんて見たことのない僕は、それだけでパニックになる。


「わあっ、泣かないで黒崎さん!」


 女の子の扱いに慣れてるようなカースト上位の男子なら、こんなときに気の利いたセリフでも言えるんだろうけど……。

 僕にそんなボキャブラリーがあるわけもない。


 僕は混乱のあまり、なにかないかとあたりを見回す。

 ダンジョンなんかに女の子をなぐさめられるアイテムなんて落ちてるはずがないのに、落ちてた。


 張り切りすぎて、べたーっと横になっているトムを抱き上げると、黒崎さんに差し出す。


「はい、黒崎さん」


「ね……猫……?」


「うん、落ち着くと思うから、抱っこしてみて」


 黒崎さんが手を伸ばすより早く、すすんで飛び込んでいくトム。

 いいベッド見つけたとばかりに、黒崎さんの胸のなかで気持ち良さそうに目を細めている。


 彼女と握手するためには金を払わないといけないっていうのに、まさかタダでハグしてもらえるだなんて……!

 この時ほどトムをうらやましいと思ったことはない。


 でもおかげで黒崎さんもだいぶ落ち着きを取り戻したようだ。


「うふふ、かわいい。この子、名前はなんていうの?」


「トムだよ。アゴの下を撫でてあげると喜ぶよ」


「あっ、なんかグルグル唸りだしたよ? 怒らせちゃったのかな?」


「違うよ、撫でられたのが嬉しくて喉を鳴らしてるんだよ」


「へぇ、そうなんだぁ……。うふふ、かわいいーっ」


 トムをギュッと抱きしめる黒崎さん。

 すると、彼女の擦りむいた剥いた膝小僧が、柔らかな光に包まれた。


「……これは……?」


「ああ、それは『ホームキャット』の技のひとつ『ゴロゴロ』だよ。

 自分のほかに、抱っこしている人の傷を癒す効果があるんだ」


「えっ? トムくんって、グループヒールが使えるの?」


「そんなにいいものじゃないよ。『ゴロゴロ』の回復はグループヒールよりもずっとゆっくりなんだ。

 それに、トムが飽きてどっかいっちゃったらそれで終わりだしね。

 僕もたまに傷を治してもらうことがあるけど、飽きさせないようにするのに苦労するんだ。

 マッサージしたり、ダンスをさせたりしなくちゃいけないから大変なんだよ」


 その様を想像したのか、クスッと笑う黒崎さん。

 それはテレビで見るのとは違う素顔の微笑みに見えて、僕の鼓動はよりいっそう高鳴る。


「うまくいけば、足の捻挫も『ゴロゴロ』で治ると思うよ。

 30分……下手すると1時間くらい抱っこしてなきゃいけないかもしれないけど」


「トムくんだったら、ずっと抱っこしてても平気だよ。

 あ、でも塚見くんは忙しいよね?」


「いや、僕はヒマだよ。トムも喜ぶから、黒崎さんがよければ抱っこしてあげてよ」


「そう? ならお言葉に甘えちゃいまーす」


 いつもの元気で明るい黒崎さんが、少しずつ戻ってきているようだ。

 僕は彼女の隣に腰掛けて、ここぞとばかりにおしゃべりをした。


 トップアイドルとふたりっきりでおしゃべりなんて、僕の人生では一生ありえないほどのチャンスだったから。


 黒崎さんは動物が好きらしくて、ゆくゆくは犬か猫が飼いたいそうだ。

 でも家族がアレルギーらしくて飼えないらしい。


「私、みっつの夢があるんだ。

 ひとつはアイドルになるのと、もうひとつはワンちゃんか猫ちゃんと一緒に暮らすこと」


「もうひとつは?」


「えへへー、ナイショ!」


「そのナイショの夢、叶うといいね」


「うーん、その夢がいちばん難しいんだよね。

 いったいどうやったら叶えられるのか、見当もつかなくて……」


 アイドルになる夢だって相当大変だと思うのだが、黒崎さんは叶えてしまっている。

 そんな彼女がへの字口になるということは、相当難しい夢なのかな。


「それよりもさ、塚見くんの夢ってなに?」


「今は別にないかなぁ……。強いて言えば、戦いに使えるカードを増やすことかな。

 せめて強いカードが1枚でもあれば、だいぶ楽に戦えるようになると思うんだけど……」


「ギャーッ!」


 せっかくいい雰囲気でおしゃべりしてたのに、ヒステリックな雄叫びが割り込んできて一瞬にして台無しになった。

 僕らのいる部屋に3匹のゴブリンたちが入ってきたんだ。

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