あの人は今

 ナミダーメさんをはじめとするハジマーリの街の冒険者たちが、戦線から離脱した。


 これをきっかけに、これまでなんとか戦場に踏み止まっていたヒガシノ国の兵士たちも、雪崩を打ったように敗走を始めた。


 これで戦いは終わりだな。

 まったく…… 今回は本当に疲れたよ。


 俺が空中に漂いながらそんなことを考えていると、パイセンが浮遊したまま背後から近づいて来た。


「これだけ戦意旺盛な敵の心を打ち砕くなんて…… いったいどんな鬼畜な手を使ったんスか?」


「……人聞きの悪いこと言うなよ。俺はただ、自分の気持ちを素直にナミダーメさんに伝えただけだ」

 若干イラッとしながら、俺はパイセンにありのままを伝える。


「ああ、さっきの女の人、どこかで見たと思ったら、ハジマーリの街の魔導士・ナミダーメ氏っスね」


「……お前、本当に何でも知ってるんだな」


「もちろん、カイセイ氏がナミダーメ氏を前にして、ソワソワしてたことも知ってるっスよ。ああそうか、大好きな人と再会出来て、カイセイ氏ってば、浮かれちゃったって訳っスか」


 おや?


『大好きな人』という言葉を聞いて、俺の頭の中にはなぜか女神様の顔が浮かんできた。


 あれ? どうしてここで女神様の顔が浮かんでくるんだ?


 確かに女神様は美人だと思うよ?

 それから、尊敬はしてるし敬愛もしてるけど、『大好き』っていう恋愛チックな言葉からは程遠い存在だよな?

 第一、性格がポンコツだぞ?


「……なあパイセン。俺、ひょっとして、疲れてるのかな?」


「……ホント、大丈夫っスか? ロリコンキャラから脱却しようとして、無理にメンヘラキャラになろうとしなくてもいいんスよ? みんな違ってみんないいんスから」


「いや、ロリコンは良くないだろ。あれ? 頭の中だけで考えてるだけなら良いのか? というか、そもそも俺をロリコンキャラ認定するんじゃネエよ。ああもう、面倒くせえ。サッサと城門の上に戻ろうぜ」


 そう言って、俺はソソクサと城門目指して飛行した。



 城門の上に戻ると——


 ホニーが鬼のような表情で待ち構えていた。


「チョット、カイセイ! アンタ、なに敵兵を城門に近づけてんのヨ! 軍師ヤマダことパイセンなんて、ちゃんとすべての敵を足止めしてたんだからネ!」


「もう普通にパイセンって呼べよ…… 俺だって一生懸命やったんだけど、やっぱりパイセンサマにはかなわなかったみたいだな」


「そうネ! 流石はパイセン、いえ、軍師ヤマダだワ!」


「重ねて失礼するけど、もう普通にパイセンでいいと思うぞ。まあそれはさて置き、城門の上から魔法でフォローしてくれて助かったよ。流石はホニーだな」


「フフーン、なんてったって、アタシはカイセイのパーティメンバーだからネ。アンタとの連携はバッチリなんだから!」

 ホニーの機嫌が直ったようだ。

 チィロイ。とてもチョロいぞ、ホニー。


 俺がそんなことを考えていると、不満そうな顔をしたホニーが唇を尖らせながらつぶやいた。

「……アンタ今、アタシのことをチョロいヤツだって思ったでしょう?」


「え!!! な、なんでわかるんだよ!?」


「フン、カイセイは感情が顔に出やすいのヨ。まあいいワ、今回は我が軍の快勝みたいだし、今日だけは大目に見てあげるワ」


「それはどうも…… って、ちょっと持て。俺ってそんなに感情が顔に出やすいのか?」

 俺の問いに対する答えは、ホニーの代わりにパイセンが告げてくれるようだ。


「気づいてなかったんスか? バレバレっスよ? さっきだって、ナミダーメ氏の顔をニタニタしながら見てたし」


 え、そうなのか?

 だからナミダーメさんのファンクラブの男から、『いやらしい顔してナミダーメちゃんこと、見るんじゃねえ』って言われたのか?


 あれ?


「おい、パイセン! テメエ、適当なこと言ってんじゃネエよ! お前は俺の後方の空にいたんだから、俺の顔が見える訳ネエだろ!!!」


 危ない。また危うくまたパイセンの策略にハマるところだった。


「なに言ってんスか? イヤラシい顔してた自覚があるから、一瞬、考え込んだ——」

 パイセンがフザけたことをヌカし始めたそのとき、ホニーがパイセンの言葉をさえぎるように叫んだ。


「チョット! そのナミダーメって誰なのヨ!?」


「それはっスね、カイセイ氏が想いを寄せる、ハジマーリの街に住む女性っスよ」


「おい、パイセン! 余計なこと言うんじゃネエよ!」


「えええっっっ!!! ひょっとして、カイセイって——」

 驚くホニー。俺はホニーに最後まで言わせまいと言葉を重ねる。


「いや、そんな大げさなモンじゃない——」


「再婚を考えてるの!!!?」


「…………俺は一度も結婚したことねえよ。悪かったな、モテなくて」


「え? あの、そういうつもりで言ったんっじゃなくて…… でもカイセイは、ロリっ子にモテモテだから、別にいいじゃない」


「…………今の言葉、俺の中ではギリでアウトだからな」


「なにヨ! せっかくまたフォローしてあげたのに!」


「そんなフォローはいらねえよ! 俺はロリコンじゃネエって、何度言えばわかるんだよ!」

 まったく、ホニーのヤツめ。ちょっと優しくしてやったら、すぐ調子に乗りやがって。


「まあまあ、カイセイ殿、いえ、陛下。敵も逃げて行ったことですから、ここは穏便に行きましょうや」

 ホニーの隣にいるホノーノさんがそう言うんだけど……


「うーん…… でもなあ……」


「カイセイさん。お嬢様の無礼はお詫び致しますので、ここはひとつ、今後の行動について検討しませんか?」

 今度はホニーの反対側の隣にいるセバスーさんがそう言ったので、


「わかりました。直ちに検討に入りましょう」

と、俺は即答した。


 相変わらず、セバスーさんはとても怖いのだ。



 こんな調子で、俺たちが城門の上で緊張感のない会話を続けていると——


「申し上げます! ヒガシノ国軍から一騎、いや、騎馬ではないようですが、とにかく城門に向かって来る者がいるようです!」

 ヒトスジー軍の兵士の叫び声が聞こえた。


 なんだよ…… まだやろうってのかよ。

 戦闘狂の相手なんて、ゴメンだからな。


「ヒガシノ国軍からの使者かも知れないっス! 攻撃したらダメっスからね!」

 パイセンがそう言ったため、ヒトスジー軍の兵士達は攻撃を控え、こちらに向かって来る兵士の動向を見つめていた。


 その男が城門のすぐ近くまでやって来ると——


「あああっっっ!!!」

 ホニーが大声を上げた。


 俺もユニークスキル『人物鑑定』で、相手の素性を調べてみたところ——


「あああっっっ!!!」

 思わず叫び声を上げてしまった。


「あ、あ、あ…… あの人は……」

「あ、あ、あ…… アイツは……」


「間違いないワ!!! あの人は…… あの人は『師匠』ヨォォォ!!!」


「間違いない!!! アイツは、田所文蔵、61歳だ!!! ヒトスジー家に散々たかったあげく、ホニーを中二病をした張本人だ!!! それから、えっと…… そうだ! アイツの息子の彼女は、『サンクチュアリ・エインヘリアルさん』だ!!!」


 眼下に見える初老の男の声が聞こえてきた。

「…………最後の情報、必要ですか? それ絶対、言いたいだけですよね?」

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