キャラチェン
ナミダーメさんってば、俺のこと覚えてないんだ……
ま、まあ、俺と彼女が親しくなったのは前回のターンでのことだから……
そ、そうさ、今回のターンでは、たったの1日だけしか会ってないんだから、覚えてなくても仕方ないさ。
いや、待てよ。普段のナミダーメさんはドジっ娘だから、ひょっとするとこの後突発的に思い出したりして……
俺が最後の可能性に藁をもすがる思いでいると——
「お、おいお前! そんなイヤラシい顔して、ナミダーメちゃんを見るんじゃネエよ!」
と言いながら、ナミダーメさんの隣にいる魔導士らしき男が初級火魔法を放ってきた。
「べ、別にイヤラシい顏なんてしてネエよ!」
と応えつつ、俺は初級水魔法を放ち火魔法を打ち消す。
まったく失礼なヤツだ。
本当にイヤラシい顏なんてしてない…… と思うんだけど。
さて、肝心のナミダーメさんはと言うと、『むむむ……』というカワイイ
きっと今、彼女は自分の頭の中にある記憶の引き出しを引っ張り出しまくりつつ、トッチらかしているのだと思う。ガンバレ、ナミダーメさん。ファイトですよ、ナミダーメさん。
一方、ナミダーメさんの周囲にいる他の男たちは、彼女が無言でいることをいいことに、なにやら勝手にザワザワし始めた。
「コ、コイツもしかして、ナカノ国の国王を追放したっていう……」
「そういえば、ソイツは風魔法で空を飛ぶとか言う話だったぞ……」
「コイツは確か…… そうだ! 『インキン・チキチキ王』だ!」
帰ったら早急に国名を変えよう。
俺は今度こそ固く心に誓った。
病原菌がチキチキするって、どんな感じなんだか。
他の兵士たちは、ちゃんと『インチキ王』って言ってただろ?
お前はバカなのか?
それともワザとなのか?
「そうだ!!! ——」
ここで、ようやくナミダーメさんが口を開いた。
「——あなたはハジマーリの街で一緒にダンジョンに入った、異邦人さんですね!」
「覚えていてくれたんですね! 俺、スっごく嬉しいです!」
俺も大声でナミダーメさんに応える。
「当たり前です! あなたはその後トントン拍子で出世され、今ではなんと『インキン・チキチキ王』になられたとか!」
病原菌がチキチキするレーサーチックな名前の発生源は、ナミダーメさんなのかも知れない……
いや、仮にナミダーメさんから病原菌がチキチキ発生したとして、いったい何の問題があるというのだ。
病原菌の正体がインキンであろうとなかろうと、ナミダーメさんなら何も問題ないのだ!
「いや、ナミダーメちゃん、ちょっと待て!!!」
ここでまた、ヒガシノ国の魔導士らしき男が声を上げた。
「そのチキチキ王ってヤツは、『ろりこん』のはずだ。成人女性であるナミダーメちゃんをイヤラシい目で見るのはおかしいんじゃないか!?」
……………………ふぅ、落ち着け、俺。
なんだよ、ヒガシノ国ではもう、日本語のロリコンって言葉が定着してるのかよ。
そして俺は、そのロリコンの代表者として認定されてるのかよ。
ロリコンって言葉を聞くと、『ああ、あの日本から来たカイセイって男ね』とかいうぐらい、俺はロリコンなのかよ。
ふふ、まったく怒りを通り越して笑えてくるな。
ふふふ、ふふ、ふ…………
「って、笑ってられるわけネエだろぉぉぉ!!! おい、今、俺のことをロリコンって言ったお前! その話はバインバイーンっていう、ロクでもネエクソ神官から聞いたのか!?」
という、怒りにまみれた俺の声を聞く前に、
「て、撤退だ! みんなでナミダーメちゃんを守れ!!!」
という言葉を残して、魔導士らしき風貌をした一団がナミダーメさんを取り囲むように、後方の兵士を押し分けながら城門に背を向け走り出した。
「えっ? あの、みなさん、あの、えっ!? あれ? なんで私、今走ってるんですか?」
なんだかよくわからないまま周囲の状況にのまれて、なんかこう、一生懸命みんなと一緒に走っていたナミダーメさんが、我に返り驚きの声を上げている。
しかし、ナミダーメさんの困惑など御構い無しといった様子の男どもは、絶妙な連携プレーを見せ彼女の姿を完全に覆い隠してしまった。
一糸乱れぬ連携、誠に素晴らしい、と思ったのだが……
「おいお前、どさくさに紛れてナミダーメちゃんに触るんじゃねえよ!」
「お前こそ、まさかイヤラシいことを考えてるんじゃねえだろうな!?」
「お前ら、ちゃんと会員規約を守れよ! ナミダーメちゃんはみんなのものだろ!?」
……間違いない。コイツら絶対、ナミダーメさんのファンクラブに所属するハジマーリの街の冒険者どもだ。ナミダーメさんへの愛が無駄に溢れてやがる。
「おい、ちょっと待てよ! いや、待って下さいナミダーメさん!!!」
俺が急いで、空中からファンクラブメンバーたちを追いかけようとしたところ——
「カイセイ氏!!! ——」
左後方からパイセンの声が聞こえた。
「——追撃は不要っス! ジブンらも一旦城門近くまで下がりましょう!」
な、なんだと!!!
ぐぐぐ…… い、今はまだ戦闘の最中だ……
俺一人だけが勝手な行動を取る訳にはいかない。
ああもう、仕方ない!
「ナミダーメさーーーん!!! ロリコンの話はすべてバインの陰謀なんですぅぅぅ!!! 俺は本当に…… ロリコンじゃありませんからねーーー!!! 」
去りゆくファンクラブメンバーたちの背に向けて、俺は力の限り大声で叫んだ。
すると——
なんということであろうか!!!
男たちに隠されナミダーメさんの姿を見ることは出来ないが、彼女の声が俺に向けて届けられたではないか!
「わかっています! あの噂は、エロくてチャラくて…… あ、しまった。えっと、と、とにかくそのエロチャラい神官のバインバイーンさんが、持ち前のフシダラな妄想を勝手に炸裂させただけで…… って、ちょっと誰ですか! ドサクサにまぎれて、私のお尻に触ったの!?」
「テメエ!」
「俺じゃネエよ!」
「お前は除名処分だ!」
とまあ、こんな感じで、ナミダーメさんからの心温まるお言葉が、お尻タッチ疑惑にかき消された後も、この賑やかな一団は『あーでもない・こーでもない』と
ナミダーメさんの話は途中までしか聞けなかったものの、それでも彼女は俺のことを思い出してくれたし、それから何より、ちゃんとバインバイーンの悪事にも気づいていてくれたのだ。
「ヨォッシャァァァーーー!!!」
俺は心からの勝鬨を上げた。
俺の歓喜の声を聞いたのだろう。左後方から近づいてきたパイセンが、低い声で質問を放ってきた。
「まったく…… 戦場でなに大声でヘンなこと叫んでんスか? 頭、大丈夫っスか? 情緒不安定なんスか? それとも、今後はメンヘラキャラでいくつもりなんスか? それって、キャラチェンってことでいいんスか?」
パイセンの呆れた声が、俺の心を突き刺した。
どうでもいいけど、俺を現在進行形のロリコンキャラみたいな言い方するの、止めろよな!
俺はロリコンキャラになった覚えなんて、一度もないんだからな!
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