ご照覧あれ、女神様!
ウナギパイー子爵の公邸で一夜を過ごした——と言っても、変なことはしてないからな——翌朝。
俺はパイセンやホニー、それからヒトスジー軍の面々と共に東門の上に立っていた。
この城門からは左右に城郭が広がっている。
城郭の上にもヒトスジー軍の強兵たちが陣取り、東の方角からやって来るであろうヒガシノ国の兵団を、今や遅しと待ち構えていた。
だが、俺はヒガシノ国の兵士たちと戦うつもりは毛頭ない。
パイセンとホニーが考えた作戦通り、敵兵が城門付近まで迫ったところでホニーが上級火魔法を地上に放つ。
それで終わりだ。
上級魔法を目にして、それ以上の前進を続ける者などいるはずがない。
はっきり言って、それは自殺行為だ。
戦意を高揚させているヒトスジー軍の皆さんには悪いんだけど、俺はいつもの如くのんびりと敵軍の到着を待つことにしよう。
まあ、一つ心配事があるとすれば、ホニーが魔法をミスることなんだけど……
事前に入手した情報によると、敵の兵力は約3万。
それから、なんとその中にはヒガシノ国の国王も含まれているとのことだ。
王の親征ってヤツだな。
まったく…… いったいどれだけ気合入ってんだか。
「陛下、その…… 本当に大丈夫なのでしょうか?」
俺の隣で、不安そうに俺を見つめているのはウナギパイー子爵。
子爵は人質、もとい戦況を観察するため、俺たちのいる城門の上部に連れて来られ…… いや、自ら進んで危険な場所に身を置いている、ことになっている。
…………まあ要するに、ウナギパイー軍が裏切って、俺たちの背後から襲いかかられてはたまらないからな。
アンタ、どれだけ信用されてないんだよ、というツッコミは、心の中に留めておこう。
「大丈夫ですよ、いつものことですから」
俺は子爵の問いに、軽く答えておいた。
俺としては、むしろいつも通りのやり方過ぎて、また『マンネリ』だの『ネタ切れ』だのと言われないか心配なぐらいだ。
サッサと終わらせて、早くインチキ王国——近々、改名予定。ここ重要!——に帰るとしよう。
♢♢♢♢♢♢
布陣を終えて、もう半日になるだろうか。
やっとのことで、東に広がる平原の彼方にヒガシノ国軍の姿を捉えることが出来た。
一つの大きな塊のようになったヒガシノ国軍が、ゆっくりと城門に近づいて来る。
兵士と兵士との間隔がとても狭い。古代ギリシアで猛威を振るったと言う、重装歩兵を戦闘の主力としたファランクスの陣形って、きっとこんな感じだったのだろう。
フッ、実は俺って日本史だけでなく。世界史もイケるクチで…… なんてことをホニーに言ったら、またウルサそうだから黙っておこう。
とにかく、魔法の攻撃力では圧倒的に劣るヒガシノ国軍は、数に勝る歩兵の力で城門を突破する考えのようだ。
我が軍の攻撃の合図はパイセンが行うことになっている。
なんせ、今回のパイセンは軍師サマなのだから。
「ホニー氏、あと5分ほどしたら詠唱を始めるっス。心の準備は出来てるっスか?」
「もちろんヨ! アタシに任せなさい!」
調子のいいこと言っちゃって…… 本当に大丈夫なのか? ちょっと心配になってきた。
「いいか、ホニー。詠唱はゆっくり焦らず唱えるんだぞ。それから魔法陣の位置もちゃんと考えて、敵兵には絶対魔法を当てないように——」
「ウッサイのよ、カイセイは! アンタはアタシのオカンなの? アンタがソワソワしてたら、アタシまで落ち着かないでショ!」
「す、すまん、つい……」
ホニーの気が散らないよう、俺はコソコソとホニーの側から離れることにした。
また親バカだと笑われるかも知れないが、念のためホニーが詠唱をトチった場合を考慮し、俺もコッソリと上級魔法の魔法陣を発動させておくことにしよう。
ホニーに見られたら、きっと怒るだろうからな。
周囲にいるヒトスジー軍の皆さんが生暖かい目で俺を見ているが、俺は絶対に気にしないからな。
しばらくして——
「そろそろいいっスよ」
パイセンが合図を送ると、ホニーは魔法陣を城門と敵兵の中間地帯に移動させた。そして——
——ドォオオオーーーン!!!
ホニーの上級火魔法が発動した。
敵軍の手前に着弾…… じゃない、着法? とにかくいい位置に決まったようだ。
いやあ、敵兵に当たらないかヒヤヒヤしたよ。
俺の超級魔法に比べれば威力は控えめだが、それでも相手の度肝を抜くには十分な威力だ。
実際、今の魔法を敵軍に落としたら、100人や200人程度の被害では済まないだろう。
いやぁ、ホニーの上級魔法もサマになってきたじゃないか。
これで敵兵はビビって退却する…… あれ?
指揮官らしき男が、何やら大声で叫んでるぞ?
「上級魔法は詠唱に時間がかかる! 次の攻撃はしばらく来ないぞぉぉぉ!!!」
なんだよ。ホニーが上級魔法を使えるようになったこと、知ってたんだな。
情報収集も怠ってないんだ、エラいな。
なんて呑気なことを考えていたら、また敵の将校が何やら叫んだんだけど……
「今だ! 各隊、横に広がれぇぇぇ!!!」
あれ? 今まで大きな一つの塊だった敵軍が、横長の陣形に変わっていくぞ?
鶴翼の陣形って言うのかな?
とにかく、小学生の頃に使っていた30cmモノサシみたいに、横長の形なったと思ったら——
「突撃ぃぃぃ!!!」
あっ、兵士たちの歩速が上がった……
マズイ! これはとてもマズイんじゃないか?
仮にもう一度ホニーの上級火魔法が火を噴いたとしても、横長の陣形で突撃して来るすべての兵を、その射程に捉えることは出来ない。
敵軍は、最悪一部の兵を犠牲にしてでも前進するつもりだ。
クソッ、まんまと敵に騙されちまったじゃねえか。
誰だよ、こんな作戦を考えたヤツは!?
パイセンが慌てて超級火・水・風魔法を次々と上空に放ち敵を威圧するが、ヒガシノ国軍は進軍を止める気配を見せない。
脅しがまったく効かないというのか?
ありえない……
これまでなら、俺が超級魔法をチョイと披露しただけで、敵は戦意を喪失していたのに。
敵兵のある者は憤怒の表情で、またある者は悲壮感溢れる面持ちで、こちらに向かって突進して来る。
今までの相手とは違い、戦意が著しく旺盛だ。
これは本当にマズイぞ。
「パイセン、どうすんだ! 超級魔法を地面に向けて打った方がいいのか!?」
俺は慌ててパイセンに尋ねる。
「ダメっス! 上級魔法もダメっスよ! 敵兵と城門までの距離が近いんで、もう上級魔法を地上に叩き込むスペースがないんっス! 今使ったら、敵兵を巻き込むし、城門・城壁もブッ壊れて大変なことになるっス!」
「じゃあ、どうすんだよ!」
「上空から敵の頭上まで進んで、中級水魔法を使いましょう! カイセイ氏お得意の『スノーシャワー』っスよ!」
「上空から、敵兵の頭を目掛けて『スノーシャワー』をぶちかますんだな!?」
「そうっス! 敵の足を止めるんスよ! 自分は中央から右翼軍までをやるんで、カイセイ氏は反対側を頼むっス!」
「了解だ!」
俺はそう言うと、パイセンと共に城門上部にあるヒトスジー軍の陣地から上空へ踊り出す。
二人で中央の敵頭上まで飛翔した後——
「「え?」」
左右に分かれるはずが、なぜか二人とも左方向へ——
「アンタ、バカなんスか!? アタシが右翼軍をヤるって言っただろ!」
「あ、そうか。俺は敵左翼軍担当だから右に曲がらなきゃいけないのか」
「アンタの担当は、アンタから見てお箸を持つ手の方にいる敵だよ! わかったか、このバカ! ……っス!!!」
なんだよ…… それなら最初から右側の敵をヤれって言えばいいじゃないか。
お箸を持つ方ってなんだよ。
俺が左利きだったらどうするつもりだ?
でもまあ、パイセンも相当焦っているようだ。
俺は高速で右方向に旋回しつつ、『スノーシャワー』を敵の頭上にお見舞いして行く。
よし、いいぞ。
最前線にいる兵士たちの足が次々と止まっていく。
俺は高速で、かつ上空から魔法を放っているため、敵兵士たちは俺の姿を見つけることが出来ないようだ。
どこから攻撃を受けているのかわからず、周囲を見回しオロオロしている者がほとんどだ。
俺から見て一番右端の敵兵に魔法をお見舞いしたところで左方向へ折り返し、今度は少し後方の兵士たちの頭上に向け、また『スノーシャワー』を浴びせて行く。
地上からは敵兵士たちの哀れな声が聞こえてくる。
「さ、寒い……」
「体が動かない……」
「バナナ——」
で、釘は打てないからな。
大多数の敵兵を足止め出来たものの、何人かは『スノーシャワー』をかいくぐり前進したようだ。
クソッ、城門付近まで接近を許しちまったじゃねえか。
俺は城門の上に陣取っているヒトスジー軍に向かって叫ぶ。
「ホニー、聞こえるか!!! そっちに何人か敵兵を近づけちまった! 悪いが、初級魔法で対応してくれ! 魔法の威力は抑えめにして、絶対に殺すなよ!!! これは女神様の『ご意向』だからな!!!」
「わかってるワ!!!」
そう応えたホニーは、ヒトスジー軍に向け更に大声を上げた。
「全ヒトスジー軍に告ぐ!!! 現状は圧倒的に、我が軍が優勢ヨ! だから、魔法の威力は少なめにして、今は敵の足止めだけに専念すること! 女神様は殺し合いなんてお望みじゃないんだからネ! 今こそ我がヒトスジー軍が、平和を愛する慈悲深き女神テラ様の『ご意向』を、世界中に示すのヨォォォ!!!」
「「「 うぉぉぉーーー!!! 」」」
なんだよ、ホニー。お前、女神様のお心をとてもよく理解してるじゃないか。
なんだか俺、ちょっと泣きそうだよ。
ウソだよ。もう泣いてるよ。
かなり泣いてるよ。
よし、やってやろうぜ、ホニー。
普段はかなりポンコツだけど、人の命をなによりも尊ばれる心優しい女神様の『ご威光』を、俺たちで世界に示してやろうじゃネエか!
「女神様のご威光を!!!」
そう叫んだ俺は、再び敵左翼軍の頭上を目指し旋回した。
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