突撃? 隣のお屋敷の晩ご飯(後編)
セバスーさん、早く正気に戻ってくれないかな、などと失礼なことを考えていると、そんな俺の心の中を察したのか、セバスーさんがギラリとした目で俺の顔を見つめた。
「……カイセイさん」
「ヒ、ヒィィィ!!!」
怖い。どうしてセバスーさんが低い声でひとことつぶやくだけで、こんなにも恐ろしいのだろう。
「ス、スミマセン! 俺、ほんのちょっとだけ、子爵サンがかわいそうとか思っちゃいました。でも、ほんのちょっとですからね? おっしゃっておられる内容につきましては、そりゃもう、ヒトスジー家のみなさんの方が正しいと心から思っておりますので——」
「大げさなんですよ……」
セバスーさんの低い声が室内に響き渡る。
「ヒェェェーーー!!! も、申し訳ありません! で、でも俺の恐怖心は本物でして、決して大げさに怖がっている訳では——」
「ウナギパイー子爵は、昔から大げさなんです」
「すみません、俺ってば昔から…… え?」
「子爵は昔から、小さな出来事をことさら大げさに言うきらいがあるのです」
「えっと…… どういうことですか?」
「私やホノーノは、必要以上の兵糧は徴発しておりませんし、ましてウナギパイー家の家宝など盗んでおりません。第一、胡散臭さ満点のウナギパイー家に家宝と呼べる珍品奇品などあるわけないではありませんか。ああそれから、もちろん私は子爵の暗殺など企ててはいませんからね。ただ、先代ヒトスジー伯爵の命令でこっそり2〜3発ほど殴ったことなら…… ふふふ」
セバスーさんが正気だったのは嬉しいけど、それでもやっぱり怖いです……
それからウナギパイー子爵、アンタいったい何をやらかしたんだ?
「おっと、話が脱線してしまいましたね、申し訳ありません。ウナギパイー子爵におかれましては、先代ヒトスジー伯爵の時代より、やれ盗賊が出たから助けてくれだの、干ばつが続いているから魔法で雨を降らせてくれだの、いろいろと助力を願いヤガるくせに、『近所のよしみ』がどうだこうだとおヌカしになられまして、まったく謝礼をお支払いになりませんでした」
セバスーさん、言葉の端々に子爵への怒りが滲み出ていますよ?
「先代ヒトスジー伯爵は金銭に無頓着な方でしたから、『金を払わないなら、せめて2〜3発ブン殴っとけ』で事は済みましたが——」
それで済むのも、どうかと思いますが……
「——優れた経済観念をお持ちのホホニナ=ミダ・ヒトスジー新伯爵のもと、今までの貸しを多少なりとも取り返させていただくつもりでいます」
なるほど、そういう事情があったのですね。
それなら子爵もブン殴られるより、お金を返した方がいいだろうな。
ウン、もうそういうことにしておこう。
セバスーさんがそう言うんだから、それがきっと正しいのだ。
それから、今後この両家の関係には、絶対立ち入らないようにしよう。
「まったく、セバスーは雰囲気が怖いから、そんなに悪いことをしてないのに、悪逆非道な行いをしてるように思われちゃうのよネ」
ケチ、いや、優れた経済観念をお持ちのホニーが、なにやらしみじみとした口調で語り始めた。
「でもまあ、アタシたちはセバスーのことをよく知ってるから、そんなことは思わないんだけど。ネエ、カイセイもそうでショ?」
「ももも、もちろんでおじゃりますとも! 寸分違わずその通りでござりまするよ!」
「……アンタ、公家なの? それとも武士なの? 何わかりやすく動揺してんだか。まあいいワ。きっとオジサマは自領の被害を大げさに言って、カイセイの同情を買おうとしてるのヨ。関西人のカイセイにもわかるように言えば、『こすい』のよ、オジサマは」
「……お前、よくそんな言葉を知ってるな」
ひょっとしてホニーは関西弁以外の方言も、すべてコンプリートしているのだろうか?
なんてことを考えていると——
「あああっ!!!」
「うわっ、ビックリした! どうしたんだよ、ホニー。突然、叫び声なんか上げて」
「アタシ、今わかったワ! さっきオジサマの名前が、なぜか『ハママツトイ=エバ・ウナギパイー』って翻訳されてるってカイセイは言ってたでショ?」
そうなのだ。いつもの自動翻訳機能さんなら、その人の性格や特徴をさり気なく名前を通して表現してくれるんだけど、今回のはよくわからないのだ。
「まあ確かに浜松と言えばウナギパイが有名なのはわかるのヨ?」
わかるのかよ。まあいいや、それで?
「でも、浜松と言えばやっぱり浜名湖じゃない!!!」
そんな当たり前のように言われても…… まあいい、それから?
「浜名湖は湖だから『湖水』で満たされてるの。だから湖の『湖水』が、オジサマの『こすい』性格にかかってるのヨ! 流石、カイセイの自動翻訳機能さんだワ!」
「うーん、それはどうだろう…… 浜名湖は海水も混じってるから、水質的には『
「ウッサイわね! アタシだってキスイぐらい知ってるわヨ! 言おうと思ったけど、言わなかっただけなんだからネ!」
そう言うと、ホニーは意味ありげにニヤリと笑った。
フゥ…… 仕方ない、付き合ってやるとするか。
「それを言うなら『
「チョット、カイセイ! アンタやっぱりカンサイ人だワ! カイセイってば何だかんだ言って、結局はオイシイところを自分の方へ持っていくよう仕組んでるのネ!」
「……そんなつもりはまったくないが、それを言うなら『
「でもいいのヨ、気にしないで。カイセイみたいにまずはオモシロイことを自分で言ってみせて、それから言って聞かせて、アタシにさせてみるのって大切だと思うの。アタシのオモシロ具合も急上昇中だし」
「……お前にオモシロいことを言わせるつもりなんてサラサラないが、なんだかそれっぽいことを言ったのは、確か『
なんでホニーは大元帥閣下の名前まで知ってんだよ。
これならもう、お前には『日本文化強化合宿』なんて必要ないと思うぞ。
「陛下!!!」
おっと。さっきから放ったらかしにしていたウナギパイー子爵が、なぜか感極まった様子で叫び声を上げたんだけど……
「陛下とホニー、いえ今代ヒトスジー伯爵が何を語り合っておられるのかサッパリわかりませんが、不肖、このハママツトイ=エバ・ウナギパイーも陛下の臣下となりましたからには、必ずや『にほんぶんか』を理解してご覧に入れますぞ!」
「いや、これは単なるホニーの趣味ですから……」
「早速ではありますが、私も『日本文化強化合宿』に参加させていただきます!!!」
…………あーあ。合宿の開催が決定しちゃったよ。
せっかく、ウヤムヤにしてやろうと思ってたのに……
「クックックッ」
食事会場の端っこで、ひとり優雅に夕食を食べながらパイセンが他人事のように笑っていやがる。
言っとくけど、お前も合宿に参加するんだからな。
さて——
後でパイセンに聞いたところによると、ウナギパイー子爵は婿養子だそうで、元々の名前は『ハママツトイ=エバ・ハママツジョー』だったそうだ。
浜松城は別名『出世城』とも言うため、出世欲旺盛なこの人物の性格を自動翻訳機能さんは、ちゃんとさり気なく表現してるんだと。
でも…… それって難し過ぎないか? ホニーにアテられて、自動翻訳機能さんの翻訳難易度も上がってきている気がするのは、俺だけだろうか?
俺にしたら、『バインバイーン』みたいに、バカっぽくてわかりやすい命名の方が好きなんだけど。ああでも、バイン本人は言うまでもなく大嫌いだからな。
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