突撃? 隣のお屋敷の晩ご飯(前編)

 わずかな見張りだけを城門の上に残したヒトスジー軍の面々は、明日の決戦に備えウナギパイー領で休息を取ることになった。


 ここはウナギパイー子爵公邸。

 晴れて軍師ヤマダとなったパイセンと、彼女を晴れて軍師ヤマダにしてやった俺、そしてホニーやヒトスジー軍の幹部数人は、ただ今ウナギパイー子爵と共に少し遅めの夕食をいただいている。


 もちろん今夜は全員ここに泊めてもらうことになっている。

 どうやら子爵は太っ腹な御仁のようだ。


 そんな子爵が食事中であるにもかかわらず、なにやらたまりかねた様子で語り出した。


「これで私も晴れてインチキ王国の一員となり、ヒトスジー家との敵対関係は消滅した訳だ。だからホニーよ。セバスーやホノーノたちが我が城からふんだくった食料やら金品やら、その他諸々はきっちりと耳を揃えて返してもらうからな。まったく…… 陛下や軍師殿はともかく、何でヒトスジー家の連中が勝手に我が家の夕食を食ってんだか」


 どうやら子爵はあまり太っ腹な御仁ではなかったようで、セバスーさんとホノーノさんは、もはやなんと申しますやら……


「セバスーやホノーノは、そんなことをしてたのネ」

 子爵の話を効いたホニーが、淡々とした口調でつぶやいた。


「そうだとも。ホニーがここに来る前、コイツらは我が城から盗めるだけ盗みやがって——」


「まさか、人を殺めたりしてないでしょうネ?」

 子爵の話を途中でさえぎったホニーは、鋭い目つきでセバスーさんに言葉を向ける。


「ご安心下さい。我々は紳士ですので暴力すら振るっておりません」

 でも、子爵暗殺は企ててたんですよね? いえ、なんでもありません。


「あら、そうなの。なら、何の問題もないじゃない」


「え?」

 あんぐりと口を開けて、驚いた表情を見せるウナギパイー子爵。


「セバスーたちは金品をふんだくったんじゃなくて、戦費を調達したのヨ。これからヒガシノ国軍を迎え撃つんだから、お金や兵糧は必要でショ?」

 ……ホニー、お前ってヤツは。


「いや…… それなら、ヒトスジー家にもせめて半分負担してもらわないと……」

 うん、俺も子爵サマの言う通りだと思うぞ。


「オジサマってば、いったい何を言ってるのかしら。我がヒトスジー家が貧乏なのは、よく知ってるでショ?」

 コイツ…… 家臣と共謀の上、ドサクサに紛れてウナギパイー家の財産を根こそぎいただくつもりだな。


 どうやらホニーは、この機会に困窮するヒトスジー家の財政を立て直そうという腹づもりのようだ。



 子爵は助けを求めるような目で、ホニーの近くに控えるホノーノさんを見つめるが——


「火魔法を使って蔵や倉庫を焼かなかったんだから、感謝して欲しいものだ」

 ですよね…… ケチ、いや、質素倹約を尊ぶヒトスジー家が戦費を半分負担する訳ないですよね。



「なんということでしょう。どうやらヒトスジー家には、まともな者がいないようです……」

 子爵はそう言いながら、今度は俺に向け助けを求めるような視線を投げかけたが……


「うっ!」

 ホニーはもちろんのこと、セバスーさんやホノーノさんたちヒトスジー家の重臣たちが一斉に俺の目を見る。

 おそらく、余計な助け船なんて出すんじゃねえぞ、ということなんだろう。

 あの…… 俺一応、王様なんですけど。


 金の亡者たちのプレッシャーに押され無言でいる俺を、諦め顔で見つめる子爵サマ。

「ああもう、わかりましたよ! 兵糧は我が家が負担することにします。ただ、我が家に先祖代々伝わる家宝だけは返してくれ! 頼むよホニー」


「なあホニー。それだけは返してあげろよ……」

 思わず、俺の口から慈悲の言葉がこぼれてしまった。


 しかし、経済観念がとても優れていらっしゃるホニーさんは気に食わないようだ。

「ウッサイわネ! ヒトんの家計に口出しすんじゃないわヨ! アンタ、そんなんだからハゲるのヨ!」

 ホニーの悪口の引き出しには、『ハゲ』と『チビ』と『腹黒』しかないのかよ。

 現在髪の毛がフサフサで、将来にわたって何ら育毛の心配がない俺が反論しようと思った矢先——


「私はハゲてなどおらん! ただちょっと、ひたいの面積が広がってきただけだ!」

 ウナギパイー子爵が声を荒げた。


 よく見れば、子爵サマの頭髪は少し寂しげに見える。

 ホニーの口から出た『ハゲ』という言葉は俺に対して放った悪口なのに、心当たりのある頭髪をしている子爵サマは、自分に向けて言われていると思ったようだ。



「おいホニー、あんまり調子にのるなよ! そういうお前など、6歳になってもオネショをしていたではないか!」


「チョ、チョット! 昔のことをいつまでも言ってんじゃないわヨ! 火魔法を使う魔導士は、みんなオネショをするのが宿命なんだからネ!』

 ウソつくんじゃねえよ。火遊びをするとオネショするって言い伝えみたいなことを、勝手にアレンジするんじゃねえよ。


 見てみろ、火魔法使いのホノーノさんが、『マズい、このままでは俺までオネショ仲間になってしまう』みたいな顔して、アサッテの方を向いちまったじゃないか。



「なにヨ! オジサマなんて、ミズムシがエゲツなく痒いからって、父さまに治癒魔法をかけて欲しいって泣きついたくせに!」


「あああっ! その話は二人だけの秘密にしようねって約束したんだぞ!」


「フン! それは父さまとした約束でショ? アタシはそんな約束してないんだから」


「娘のお前に秘密を漏らしているではないか!」


 この二人、仲が良いのか悪いのか……

 なんだかんだ言って、昔馴染みのご近所さんなんだな。



 困ったことに、子爵サマの先代ヒトスジー伯爵への悪口はまだ続くようだ。

「アイツは昔から口の軽いヤツだったんだ……」


「チョット! なに父さまの悪口言ってんのヨ! アンタ、父さまに爵位を抜かれたことを、いつまで根に持ってんの!? まったく、出世欲に取り憑かれた俗物は醜いわネ!」


「な、なに根も葉もない戯れ言を! 確かに私は出世したいという高貴な願望を心の奥底に住まわせている男だが、別に先代のヒトスジー伯爵のことを、羨ましいだなんて思ってないんだからな!」

 そうか。ホニーの親父さんは、一介いっかいの冒険者からから伯爵の地位にまで上り詰めたんだったな。


「ふーんだ、そんなこと言ってもダメなんだから。アタシ、ちゃんと知ってるのヨ。昔アンタのバカ息子がウチのお屋敷に遊びに来た時、洗いざらい話してたんだからネ!」


「なんと! お前の父親が5年ほど前から急にヨソヨソしくなったと思っていたら、そんなことがあったのか!」


「なに言ってんのヨ! 父さまは、そんな狭量な人じゃないワ!」


「いいや。毎年お歳暮に送られていたケーキとクッキーが、5年ほど前からワカメと昆布に変わったのだ!」


「それは、アンタがハゲてきたからでショ! 父さまの配慮がわからなかったの!?」

 俺、もし将来ハゲることになったら、ホニーにイジり倒されるのかな……


「お嬢様、いえお館様、少しお待ち下さい」

 ここで冷静沈着なセバスーさんが止めに入った。

 そうだよな。このままじゃ子どもの口喧嘩みたいなやり取りが終わらないからな。



「それは少し違いますよ、お館様。先代様は配慮されたのではなく、ストレートに子爵の頭髪をイジりたくて仕方なかったのです。だからワカメとコンブを送られたのです」


「なーんだ。そういうことなら、しょうがないわネ」

「ええ、そういうことですので、仕方ありませんね」


「アハハハハ!」

「フフフフフ!」


「……ヒトスジー領に、まともなヤツは一人もいないのか?」

 ひとり虚しく言葉を吐き出すウナギパイー子爵。

 まったくその通りだと俺も思うよ。

 セバスーさん、普段はいい人なんだけどな……

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