軍師ヤマダ
セバスーさんは良い人なんだけど、ホニーを大切に思うあまり、どうも周囲の状況が見えなくなっているようだ。
もうこうなったら、ホニーの横で澄ました顔して突っ立っていやがるパイセンを頼るしかない。
今回も女神の使徒であることは隠しているのかな?
ならば……
「えっと…… ホニーの横にいる…… ごく普通の一般人さん! なんとか言ってくれよ!」
なんとも曖昧な俺の発言を聞いたセバスーさんが、少し驚いたようにつぶやいた。
「ほう…… カイセイさんは、『軍師ヤマダ』殿をご存知なのですね」
……なんですか、そのふざけたネーミングは?
でもまあ、インチキ王国では、『どこにでもいる普通の娘さんで、絶対に天界とは何の関係もないパイセンさん』と呼ばれていたから、それよりはマシなのかも知れないけど。
「これはアタシが付けた名前なのヨ!」
ここでなぜか、『ここはアタシの出番よネ!』とばかり、ホニーが大声を張り上げた。
「今回はパイセンの名前と正体は語らずに、軍師って肩書きにしたから——」
今、思いっきり『パイセン』って言ったじゃねえか。
あ、でも本名じゃないしいいのか?
「——伝説の軍師、
どうやらホニーは『スケベ』あるいは『助平』という日本語を知らないようだ。
ニヤリ。
これは来たんじゃないか?
パイセンに仕返しする絶好のチャンス到来じゃないのか?
そうだ、俺はみすみすチャンスを見逃す男ではないのだ!
「みんな聞いてくれ! ——」
俺もホニーに負けないぐらいの大声を張り上げた。
「——こちらにおられる軍師ヤマダ・スケベェ殿は、なんかスッゲエお方なのだ! 軍師スケベェ殿がおられれば、我が軍の勝利は間違いなしってヤツだぜ! という訳だから、みんなでスケベェ軍師殿を讃えようではないか! スケべェ! スケべッ! スケべッ!」
「「「「「スケべッ! スケべッ! スケべッ!」」」」」
心優しいヒトスジー軍のみなさんが、俺の呼びかけに応じて大声を上げる。
どうだパイセン!
多くの人から笑顔で悪口を言われる気まずさを味合うがいい!
「いいぞみんな! スケベッ! スケベッ! スケ…… って、おい、パイセン、ちょっと待てよ。なんで魔法陣を展開させてんだ? しかもそれ、上級風魔法の魔法陣じゃ……」
マズイ!
パイセンが激怒している。
なんだよ、お前だってみんなに俺のことを『インチキ』って呼ばせてるくせに!
「退避ィィィ!!!」
俺は慌ててパイセンと東の荒野を背にして逃げ出すがもう遅い。
——ドォォォーーーン!!!
「ゲェェェ!!!
俺の背中に上級風魔法が直撃。
俺は城門の上から吹っ飛ばされた……
♢♢♢♢♢♢
危うくウナギパイー領にある街の中心部に頭から突っ込みそうになったところを、なんとか自分で風魔法を発現させ体勢を立て直した。
500mぐらい飛ばされたんじゃないか?
「まったく…… 冗談の通じないヤツだよ」
眼下に街を見下ろしながら空中を浮遊しつつ、独り言をつぶやいていると——
「女の子に『スケベ』とか、信じられないっス。アンタの半分はシモネタで出来てるんスか?」
「人をバファ◯ンみたいに言うなよ…… って、うわっ! なんでパイセンがこんなところで浮いてんだよ?」
「トドメを刺しに来たんスよ」
「え? 冗談だよな? 冗談ですよね? もう、嫌だなあ。どうやらパイセンさんの半分は冗談で——」
「話をしに来たんスよ」
「…………俺にもボケさせろよ。自分だけズルいぞ。俺、さっきちゃんとツッコんだだろ?」
「まったく…… 日本ではちょっと見直したのに、この世界に戻って来たらやっぱりいつも通りのお調子者に戻るんスね」
なんだよ。俺、日本に行く前は、ちょっと見損なわれてたのか?
「ジブンは別に怒ってないっスよ。あそこじゃ人が大勢いたから話しにくかったんス。だからほんのちょっと風魔法を使って、カイセイ氏をここまで飛ばしただけっスから」
……わかりやすい嘘をついてんじゃネエよ。お前だって、この世界に帰って来たら、やっぱりいつも通りの、怪しさ満点腹黒使徒に戻ってるじゃネエか。
うーむ…… 日本では、俺とパイセンとの間に結構深くて強い絆みたいなものが生まれたような気がしたんだけど。
あれを絆と言うのか愛情と言うのか考えてみたりして……
今となっては、ちょっと恥ずかしいような気もするし……
べべべ、別に、変に意識なんてしてないからな!
ああもう、なに言ってんだよ、俺は!
36歳独身のモテないおっさんが、19歳の超絶美人を意識してどうすんだよ!
ハァ…… やっぱり、今まで通りの関係が一番良いよな。
女神様同様、パイセンとも口喧嘩9割、日本ネタ1割ぐらいの関係がしっくりくるよ。
よし! やっぱりパイセンとの関係は、今まで通りで行くことにしよう!
そうと決まれば、早速パイセンとの交渉に取り掛かるとするか。
これは俺にとって、とても大切な交渉になるはずだ。
「おいパイセン、ここはひとつ取引をしようじゃないか。お前が『インチキ王』の改名に賛成するなら、今後はお前のことを『軍師ヤマダ』と苗字だけで呼ぶよう、ヒトスジー軍のみなさんにお願いしてやる」
「……無垢なヒトスジー領の兵士を利用して、何という鬼畜な取り引きを持ちかけてんスか。わかったっスよ。自分の負けっス。インチキ王改名に賛成するっス。だから本題に入っていいっスか?」
「もちろんだ。それなら少し高度を上げようか。上空なら誰にも話を聞かれないだろうから」
俺はそう言うと、風魔法を使い大空へ向かって飛翔する。
パイセンはというと…… 俺との距離を少し空け、俺の後に続いて上空を目指した。
微妙な距離感だが…… まあ、きっとこれでいいんだろう。
太陽は地平線まであと少しのところまで落ちていた。
夕日がパイセンの顔を赤く照らしているのだが……
ひょっとして、俺と二人きりだから照れて顔が赤くなってたりして、なんてことを考えていると——
「カイセイ氏、顔が赤いっスよ。またイヤラシいことでも考えてるんスか? まったく、結婚経験のないオッサンの妄想は、お下品なること火の如しって感じっスね。もしまたゲスいこと言ったら、今度こそ訴えるっスから」
…………ま、まあ、そういうリアクションの方が、俺も何かとやりやすいから、それでいいんだけど。
べ、別にちょっと残念だとか思ってないし。
そうだよな。日本でほんのり甘酸っぱげな雰囲気になったと思ったのは、きっと俺の勘違いだったんだろうよ。
でも、俺の心の中にある清純恋愛ダイヤリーの1ページに、しっかりと甘い愛の記憶として刻んでおいてやるからな!
——なんてことを言ってみたものの、やっぱり俺が『スケベ』とか無神経なことを言い出したのが悪いんだろうな……
ハァ…… 俺、やっぱり恋愛に向いてないや。
よし、俺はこれからも笑いの道を突き進んで行くことにしよう。
別に、泣いてなんていないからな。
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