今日からは安眠生活

 先ほどからずっと、パイセンは現状についての説明を始める素振りをまったく見せない。

 まあ、周囲に大勢人がいるから、聞かれたくない話でもあるのだろう。


 従って、俺にとっては何が何だかよくわからない状況が、さっきからずっと続いている。

 やはりここはセバスーさんからの申し入れを受け入れ、今の状況を説明してもらうことにしよう。


 ホニーの隣で話を聞いて欲しそうに俺を見つめている涙目の子爵サンは後回しだ。


「それでは——」

 セバスーさんの説明が始まった。


「お嬢様、いえ、お屋形様がインチキ王国の一員になられたため——」

 ほう。ホニーは今やお屋形様と呼ばれるようになったのか。

 ついでに言うと、別にホニーはインチキ王国の一員になっていないような気もするがまあいい、それから?


「——当然、我がヒトスジー領もインチキ王国に帰属することになりました」

 ……いや、別に当然ということはないと思うのですが。


 確か、ヒトスジー領の帰属問題がややこしくなるから、ホニーはインチキ王国の公爵にするなと、パイセンが言っていたような。

 そうだ。だからアイシューだけを公爵に叙勲したんだ。

 一方のホニーは、俺の冒険者パーティの一員という立場のままのはずだ。

 そういう訳なので、ヒトスジー領はヒガシノ国の一部のままで問題はないのだが……


 言えない。目の前にいるセバスーさんに、そんなこと言える訳がない。

 言ったら、とんでもなく怒られるような気がする。

 セバスーさん、目が怖いです……


 隣にいるホニーも、セバスーさんの話をウンウンと当然のようにうなずきながら聞いてるし。

 しかもちょっとエラそうだし。

 領地の帰属問題なんて、全然考えてなかったくせに……


 そんな俺の困惑など知る由もないセバスーさんの説明は続く。

「ヒトスジー家は今後インチキ王国に服属する旨を書状に書き記し、ヒガシノ国の国王に届けたのですが、何故か国王は追討の兵を出すなどと言ってきたのです」


 ……いやまあ、そりゃ、当然そうなるでしょうね。

 そんなのを認めたら、他の領主たちだって勝手に独立したりするんじゃないですか?

 それって、国が崩壊したりしますよね?


「そこで、我々としてはヒガシノ国の国王並びに諸貴族連合軍を迎え撃つべく布陣を行おうと思ったのですが…… 我がヒトスジー領は山が多く、大軍同士で戦うには不向きであるため、ここウナギパイー領を決戦の地と定めた次第です」


 確かに、今俺たちがいる城門の東側には、広大な平原が広がっているんだけど……

 それって、あまりにも自分勝手すぎやしませんか?

 でも言えない。そんなことセバスーさんには言える訳がない。


「黙って聞いていれば、勝手なことばかり言いおって!!! 」

 おお! ついにホニーの隣で泣きじゃくっていたウナギパイー子爵が声を上げた。


「このままでは、私までヒガシノ国軍から討伐の対象とみなされるではないか! 頼むから、もう帰ってくれよ!」

 そりゃ、そうだろう。俺が聞いてても理不尽な話だと思うよ。

 絶対、口に出しては言えないけど。


「……今はカイセイさんとお話ししているのです。少し黙っていてもらえますか?」


「ヒ、ヒィィィ!」

 ……子爵サマがあっさり黙らされてしまった。


「申し訳ありません、カイセイさん。話が中断してしまいました。お邪魔なようでしたら、ここにいる陛下への奏上を中断させた無礼者を、喋れないようにしましょうか?」


「い、いえいえ、大丈夫です! 全然お邪魔じゃありませんから! そちらにおられる方は、是非ともそっとしておいてあげましょう!」

 ……まったく、生きた心地がしないよ。

 どうやらセバスーさんは、ここにいるウナギパイー子爵にはあまり重要性を感じていないようだ。


「チョット、セバスー! カイセイがビビりまくってるじゃない。オジサマにはもうちょっと優しく接してあげなさいヨ」

 オジマサって、ウナギパイー子爵のことだよな?

 ほう。ホニーは子爵に対して、そんなに悪い印象は持っていないのか。


「騙されてはいけません!」

 あ、今度はホノーノさんが声を荒げた。


「ソイツはバカ息子をホニー様、いえ、お屋形様に押し付けようとしてたんですよ!? フザケやがって…… いいか! テメーの変態バカ息子なんぞに、絶対お屋形様は渡さねえからな!!!」

 ホノーノさんは、明らかに子爵のことが嫌いなようだ。


 変態バカ息子ことウナギパイー子爵の三男、ヨルノオ=カシ・ウナギパイーには俺も会ったことがある。

 早く結婚しないとホニーが大人の女になってしまうとか言いながら、冒険者になったホニーを探し回っていたっけ。

 アイツは真性のロリコンだ。

 基本的に初対面の人間には優しいあのアイシューでさえ、アイツのことを変態って呼んでたからな。


「ちょっと待ってくれ! あれはウチのバカ息子が勝手につきまとっていただけだと、何度も説明しただろ!? 私は本当に関係ないんだ。信じてくれよ……」


 ウナギパイー子爵が何やら弁明をしているが、ここはどうしても確かめておかねばならないことがある。


「なあ子爵サマ。実は俺もアンタの息子に会ったことがあるんだ。アイツはまごうことなきロリコン…… 年端もいかない少女を好むヤツだったよ。しかも好むというのは精神的にではなく肉体的に…… クソッ! アイツはホニーの体をイヤラシイ目で見てやがったんだ! まったく、ホノーノさんが怒るのもよくわかるぜ! そこでアンタに質問なんだが、アンタにも同じような趣味があるのか?」


「ととと、とんでもありません! あの者の性癖は突然変異でありまして、決して遺伝ではありません! 私は至ってノーマルです。どちらかというと熟女好きです!」


「……そうか、よくわかった。アンタのことを信じることにしよう。『ロリを憎んで人を憎まず』だ」


「……なに言ってんだか」

 パイセンがなにやら小声でつぶやいたが、聞かなかったことにしよう。



「あの、カイセイ殿、いえ、インチキ王。王の裁定に異議を申し上げるのは、大変不敬であるとは存じますが——」

 おや、ホノーノさんが何やら言いたげな様子だ。


「——ここにいる子爵を締め上げてでも、あの変態の居場所を聞き出した方がいいのではないでしょうか? お屋形様の身に何かあってからでは遅いと思うのですが?」


「ああ、それなら大丈夫ですよ」

 だって、アイツは12歳のホニーから、参ノ国の第二王女キサイナレード=ドゥ・テンネン——超絶美少女 8歳——に、乗り換えたんだから。


「アイツならもう、ホニーに興味はない…… うっ!」

 ホニーがスゴく鋭い目で、俺を睨みつけている。


 そうだ。あの時は結果的に、ホニーが振られたみたいな展開になったんだ。

 ホニーとの婚約は破棄すると言い残して、あのバカ息子は一目惚れした第二王女ナレードの後を一目散に追いかけたんだ。


 もともと、婚約の話はバカ息子の勝手な妄想に過ぎなかった。

 それでも、やっとこのバカと本当に縁が切れてせいせいしたホニー。

 しかしその反面、誇り高きホニーにとっては自分が振られたような立場に立たされ、イライラしていたのをよく覚えている。


 ここでホニーがボソりとつぶやいた。

「……カイセイがやってくれたのヨ」


「え? ホニー、いったい何を言って——」


「すべてカイセイが上手くやってくれたの。そうでショ?」


 ……なんだよ、俺に丸投げかよ。

 仕方ない。話を合わせてやるか。


「ま、まあ、俺がちょっと本気を出したら、アイツは涙ながらに『もうホニーには関わりません』なんて言っちゃってさ、ハハ……」


 嗚呼ああ、自分で言っててとても恥ずかしい。

 なんだか自意識過剰な中学生みたいだ。

 しかし、そんな俺の心など露ほども知らぬ人々が賞賛の声を上げる。


 まずはホノーノさん。

「何度火魔法を喰らわせても、次の日には平然とヒトスジー屋敷に乗り込んで来たあのアンデッドみたいな変態野郎をシメるとは。いやはや驚きを通り越して尊敬しますよ」

 結構思い切った攻撃をなされていたのですね、ホノーノさん……


 続いてセバスーさん。

「どれだけブン殴っても、また懲りずにお嬢様にヌメヌメと近づいて来たあのナメクジ野郎を退治されるとは。流石はカイセイさんです。改めて感謝申し上げます」

 結構過激な制裁をお加えなされていたのですね、セバスーさん……


 最後にウナギパイー子爵。

「いくら縄でふんじばっても、部屋に山ほど鍵をつけて監禁しても、どうやってか逃げ出してしまう我が愚息を捕らえてしまわれるとは——」

 アンタの息子はイリュージョニストなのか?

 俺は別に捕らえたんじゃないぞ?

 アイツが勝手にホニーを見つけて近づいて来ただけだぞ?


「——もうホニーに近づかないということなら、あのバカを改心させるためにとっ捕まえる必要もなくなります。今後は捜索費用を負担しなくて済みますよ。本当にありがとうございました」

 子爵サンは胸を撫で下ろした。


 それにしても、あのバカ息子はこれだけの仕打ちを受けて、よく生き残っていたものだ。

 でも、流石にあの頭脳明晰な王女ナレードが、ストーカー行為など見逃すはずはない。

 きっと今頃、参ノ国で臭い飯を食っていることだろう。

 西の空に向かってそっと合掌。



 おっと、ウナギパイー子爵にはまだ話の続きがあるようだ。

「これでやっと、ヒトスジー家との確執がなくなりました。セバスーってば、本当に怖かったんですよ? 嗚呼ああ、これでようやく暗殺に怯える日々から解放されます! このハママツトイ=エバ・ウナギパイー、インチキ国王陛下へ感謝を申し上げると共に、この御恩に報いるため、今日よりヒガシノ国とは絶縁し陛下の忠実なる家臣としてお仕えすることをお誓い致します!」


「「「 うぉぉぉーーー!!!」」」

 子爵の宣言を聞き、歓声に包まれる城門の上。


「「「イーンチキッ! イーンチキッ! イーンチキッ!」」」

 またしても俺を讃えるヒトスジー家の人々。


「クックック」

 またもや、うつむきながら笑い声を上げるパイセン。


 パイセンには後で文句を言うことにして……

 みなさんが盛り上がっているところ大変恐縮致しますが、どうしてもひとこと言わせてもらいたい。


 セバスーさん、いったい何をやったんだろう……

 怖くて聞けない。



「オジサマまで味方にするなんて、カイセイってば最後に上手いことまとめてくれちゃったわネ——」

 ホニーはご機嫌なご様子だ。

「——これが日本で言うところの、『雨降って、ジジイたかまる』ネ!」


 ……それを言うなら、『雨降って地固まる』だよ。

 雨の日になると興奮するジイさんなんて、見たことないよ……

 ヒトスジー家は主君も家臣も、なんだかもうメチャクチャだよ……

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