ヒガシノ国の宝石箱(自称)ホニー 編

ホニー、ヒガシノ国に立つ!

 ここはヒガシノ国の西方に位置するヒトスジー伯爵領。

 日本大好き少女ホニーこと、ホホニナ=ミダ・ヒトスジーがちょっと前に新しい領主となった土地である。


 俺は女神テラ様のありがたくもなんともない風魔法で飛ばされ、ニシノ国の首都からここまで約1時間ほどで着いてしまった。

 徒歩だと数ヶ月はかかるというのに……


「…………俺、生きてる」

 必死に治癒魔法を自分自身に使いながら、生の実感を噛みしめる俺。



 まったく、女神様は滅茶苦茶だよ。

 そりゃ、女神様から預かったお土産代を、飲み代に使ったのは悪いと思ってるよ?

 でも、飛行機並みの速度で吹き飛ばすことはないだろ?

 こんなの、お仕置きの範囲を超えてるよ。


 途中、息が苦しくて三途の川の向こうにいるホニーのバカ兄貴の顔が何度か見えた気がしたよ。

 あれ、アイツまだ生きてたんだっけ?



 命からがらヒトスジー領に到着した俺は、早速ホニーの館を訪ねてみた。

 しかし使用人さんの話では、こちらに進行中のヒガシノ軍を迎え撃つため、隣の領地『ウナギパイー子爵領』に向け進軍したヒトスジー軍の皆さんを追って、既にホニーもこの館を後にしたとのことだった。


 使用人さんにお礼を述べた後、俺も『ウナギパイー子爵領』に向かうため、風魔法を使い空中へと再び飛び舞い上がる。


 地上から、『インチキ国王陛下、万歳!!!』という、使用人さんからの心温かい声援が聞こえたのだが……


 どうしても、悪口を言われているような気持ちになるんだよな。

 もうちょっと世情が落ち着いたら、やっぱり国名の変更を真剣に考えることにしようかな。



 ♢♢♢♢♢♢



 ただ今、ユニークスキル『広域索敵』をオンの状態にして、ウナギパイー子爵領に向け飛翔中。


 どうやらホニーたちヒトスジー軍の皆さんは、子爵領の領都を取り囲むように造営されている城壁の、東側地点に集結しているようだ。


 敵軍の様子は観察されない。まだ戦端は開かれていないのだろう。



 更に飛行すること数分。

 城門と思われる場所が見えてきた。


 城門の上に広がるスペースにはおよそ100人ほどのヒトスジー軍の面々が陣取り、ここから更に東へ広がる平原を睨みつけている。

 ヒガシノ国軍の到来を、今や遅しといった様子で待ち構えているようだ。


 城門の上に、ウナギパイー子爵軍の姿はない。

 おそらく、ホニーたちは既にウナギパイー軍を制圧したのであろう。

 城門の左右に連なる城壁にも、ヒトスジー家の旗がひしめいている。


 ……まったく、パイセンがついていながら、何やってんだよ。

 ウナギパイー子爵軍は大丈夫なのか?

 まさか、これからヒガシノ国軍と本気で戦うつもりじゃないだろうな?


 そんなことを考えながら、俺はゆっくり周囲の状況を観察しつつ、城門の真上目指して上空を進むと、そこには——


 エラソーに両腕をチッコイ胸の前で組み、これでもかというほど背筋せすじを反り返してフンゾリかえっているガキンチョの姿があった。


 ……あれは、間違いなくホニーだよな。

 本人は精一杯威厳を発揮しているつもりなのだろうが、年齢的に見てちょっとカワいく見えてしまうのはご愛嬌あいきょうといったところか。



 ホニーの右隣には、おいおいと泣き崩れているおっさんがひとり。

 俺はユニークスキル『人物鑑定』を使用する。

 おっさんの名前は『ハママツトイ・エバ=ウナギパイー』。


 あれ? 確かこの人、子爵様じゃないのか? ホニーのヤツ、なに子爵サマを泣かしてんだよ。


 俺がため息をついた瞬間、ホニーの左隣にピタリと張り付いているパイセンと目が合った。

 パイセンのヤツ、ホニーの警護はちゃんとしているようだ。


 そのパイセンが、俺に向かって降りてこいと、手招きをしている。


 それに応じてホニーの目の前に着地すると、俺を見てとても驚いている様子のホニーが大声で叫んだ。

「チ、チョット! なんでカイセイがここにいるのヨ! 誰もアンタなんて、呼んでないんだからネ!」


 ハァ……

 今度こそ、夜汽車に乗って旅に出ようと思ったが、ちょっと待て。

 ホニーのヤツ、言葉とは裏腹に、嬉しそうな顔をしているじゃないか。

 アイシューとは違い、ホニーはわかりやすくて本当に助かる。


 なんだよ、もう。

 もっと素直になればいいのに。

 ホニーの照れ屋さんめ。


「カイセイ氏、なんだか嬉しそうっスね」

 ニヤニヤしながら、ホニーの横にいるパイセンがつぶやいた。


「バ、バカなこと言ってんじゃねえよ。お、俺は別に喜んでなんて…… はっ、しまった!」

 素直になるのって、意外と難しいものだな……



 さて、ホニーの周りには、パイセン以外にも、ホニーの親代わりであるセバスーさんや、ホニーの信奉者ホノーノさんの姿があった。


 俺の姿を認めたホノーノさんが、興奮した様子で俺の前に歩み出て来たと思ったら——


「こ、これはカイセイ殿、いえ、インチキ国王陛下ではありませんか! 我らの危機に際し、御自おんみずから救援に駆けつけて下さったのですね!」


「あ、えっと、何と言いますか、その……」

 口ごもる俺を気にもとめず、再びホノーノさんの口が大きく開く。


「うぉぉぉーーー!!! インチキ陛下が来られたからには、我らの勝利に間違いないぞぉぉぉーーー!!!」

 ホノーノさん、興奮気味に絶叫。


「「「「「 イーンチキッ! イーンチキッ! イーンチキッ! 」」」」」

 それに続いて、兵士たちの大合唱が始まったんだけど……


 いや、皆さんのお気持ちは本当に嬉しいんですよ?

 でも何度聞いても、なんだか不正を追及されているような気がして、心から喜べないんだよ。


「クックックッ」

 パイセンのヤツめ…… うつむきながら笑ってやがる。

 俺が国名を変えようとしているのに、改名に反対するようお前が裏で手を回しているのはわかっているんだからな。


 それにしても、パイセンはいったい何を考えているんだ?

 本当にヒガシノ国連合軍が攻めて来ているのであれば、自分一人でコッソリ追い払えばいいじゃないか。



 インチキコールが鳴り止まない中、セバスーさんが、

「皆、静マレェェェ!!!」

と、低い声で叫んだ。


 怖い。とても怖い。この世のものとも思えないぐらい怖い。

 セバスーさんは小声でスゴんだだけでも怖いんだ。

 それなのに大声で叫んだのだ。

 チビってる人がいないか心配だ。


 一瞬にして静寂が訪れる。

 セバスーさんがゆっくりと俺に向かって歩みを進めた。


 あれ? ひょっとして俺、殺されるのか?


「カイセイさん。今の状況がよくわからないといったお顔をされていますね。説明が必要ですか?」


 どうやら俺は殺されなくて済んだようだ、なんて冗談はやめておこう。


「流石はセバスーさんですね、助かります。俺、ついさっきアイシューから『ヒガシノ国軍がヒトスジー領に攻めて来るんで、ホニーが自分の領地に帰った』って、聞いただけでして、何が何やら……」

と、俺が言うや否や、


「チョット! なんでアタシより先にアイシューに会いに行ってるのヨ!」

と、プリプリしながらホニーが叫ぶ。


「……ちょっと待ってくれよ。俺、ホニーがヒトスジー領に帰ったなんて、本当に知らなかったんだよ。アイシューからホニーのことを聞いて、すぐに飛んで来たんだぜ? ニシノ国からここまで、たったの1時間で来たんだから」

と俺が言うと、


「フ、フーン…… 急いで来てくれたのね。ま、まあアタシは来ても来なくても、どっちでもよかったんだけどネ」

と、ちょっと恥ずかしそうにホニーは応えた。


 まったく……

 本当に、ホニーはかわいいヤツだと思うよ。


 あ、でもこれは恋愛対象としてかわいいのではなく、娘とか妹的にかわいいということだからな!


 誤解したり、変に勘ぐったり、衛兵さんを呼んだりするんじゃないぞ!

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