一夜の思い出

『そんなことはさて置き、ねえ、カイセイさん。今度は私と一緒に日本へ行きましょう! 私、日本の温泉にとても興味があるのです!』

 機嫌が直った女神様は、そっとしておくとして……


「なあアイシュー。俺もニシノ国に残っていいだろ?」

 重ねて俺は、ニシノ国への残留を希望する。


「もう…… カイセイさんは心配し過ぎなのよ」


「別に、心配したっていいじゃないか」

 これって、親の心子知らず、というヤツなのだろうか。

 まあ、別に俺が親って訳でもないんだけど……


「わかりますぞ、その気持ち!」

 俺の発言が終わるや否や、間髪いれず教皇が大声で叫んだ。


「父親とは、いつも娘のことを心配しているものなのです! それなのに、父親の愛情が年頃の娘には届かないという…… 嗚呼ああ、何たる悲劇!」

 ほう…… またフザけたことを言うのかと思ったが、たまにはマトモなことも言うようだ。


「よくおわかりですね。教皇さんには娘さんがおられるのですか?」


「いいえ、独身です!」


「紛らわしいんだよ! わかったようなこと言ってんじゃネエよ!」


「今の発言は、ごく一般論です!」


 俺はもう、コイツのことは一切信用しないと固く心に誓った。


「……教皇。あなたはもう黙りなさい」

 低い声で委員長がつぶやく。


「……ちょっとハシャいでしまいました。もうしません」

 青い顔をして反省する教皇。



「あの…… もし私…… やホニーやミミーちゃんのことを心配してくれているのなら、今回はホニーを気にかけてあげた方がいいんじゃないかしら」

 少し改まった様子で、アイシューがそんなことを言うんだけど……


「なんだよ、それ。さっき『ホニーにはパイセンが付いているから大丈夫』って、言ってたじゃないか」


「確かにパイセンさんは、しっかりとした方だと思うんだけど…… ほら、ホニーが絡むと、たまに冗談が過ぎることがあると言うか」


 そう言えばそうだった。

 パイセンのヤツ、童謡をお下品に改ざんしたり、昔話を現代の高齢者問題にアレンジしたりして、ホニーに教えてたからな。


 パイセンは、『ホニー氏は妹みたいに可愛いから、ついイジりたくなるんス』なんて言ってたけど、イジり方が度を超えていることもあるように思える。


 確かに、ヒガシノ国からどれだけの大軍が攻めて来たとしても、パイセンがちょっとヤバめの魔法を披露しただけで、敵は蜘蛛の子を散らすように逃げ去ることだろう。けど……


「日本から帰って来たばかりのパイセンを前にして、ホニーが冷静でいられるとは思えないな。敵のことなんて放ったらかしで、取れたての日本ネタを根掘り葉掘りパイセンから聞き出しそうだ」


「それでパイセンさんが、またホニーに下品なことを…… コホン、あまり好ましくないことを吹き込む…… コホンコホン、ご教授されるんじゃないかしら」

 アイシューのヤツ、本音ではパイセンがホニーに教えるシモネタっぽい話が嫌いでたまらないようだ。


 続けてアイシューは、何やら小声でブツブツと、『ギョウ虫確認便器とか言うの、本当にやめて欲しいわ』とか言っているし。


 俺が日本に行っている間に、またホニーはアイシューの前で余計なことを言ったのだろうか。

 それとも、この世界ではそんな画期的な便器が開発されて…… る訳ないよな。


 なんだか嫌な予感がしてきた。

 ホニーがまた何かやらかしそうな気がしてならない。

「やっぱりホニーが心配になってきたんで、これからヒトスジー領に行って様子を見て来るよ」


 そう言い終えた俺は天井を見上げ、続けて天界にいる女神様に向けて言葉を放つ。


「女神様! 本当にアイシューのこと、よろしくお願いしますよ!?」


『まったく、カイセイさんは親バカなんだから…… 私が全身全霊をもってアイシューさんをお守りしますよ』

 そう言って、女神様は笑った。


「委員長も、ドMどもからアイシューを守ってやってくれよな」

「はい、お任せ下さい。本日ただ今をもちまして、本人だけでなく他人の性癖を口にすることも禁止します! 違反した者は厳罰に処します!」


 それって、『私がBL好きだってことを絶対に話すんじゃないわよ』という、俺への脅しも含まれているような気もするが、まあいい。


 それから、教皇はじめ聖堂会幹部たちが号泣しているが、そっちの方はもうどうでもいいと思えてきた。



「それじゃあ、ちょっくらヒトスジー領に行って来るよ。ねえ女神様、ニシノ国がヤバいことになりそうなら、ちゃんと連絡下さいよ? 俺、直ぐに駆けつけますからね」


『まったく、カイセイさんは親バカが過ぎますね、ふふふ。ちゃんと連絡しますから、安心してヒトスジー領に向かって下さい。ああそれから、お願いしていた日本のお土産の件ですけど、向こうに着いたら一旦パイセンに渡して——』


「あっ!」

 そうだった。確か女神様から『豆餅』を買ってこいと言われて、小遣いをもらっていたんだった。

 でも、実はあの金、飲み代に使っちゃったんだよな……


「あ、あの俺、急ぐんで、これで失礼します! アイシュー、またな!」


 俺はそう言うと、勢いよくこの部屋の窓から外に向かって飛び出そうとしたが……


「うっ、か、体が動かない!」

 なんだよこれ? 女神様におかしな魔法でもかけられたのか?


『カイセイさんのショっぼい風魔法では、ヒトスジー領に着く頃には日が暮れているでしょう』


「自分が付与した魔法をショボいとか言ってどうするんですか…… 女神様からいただいた風魔法は、大変優れたものですって。そういう訳ですので、私めの身体の自由を返していただけないでしょうか?」


『まあまあ、そう言わずに。ここはひとつ、私が風魔法を使い超高速でヒトスジー領まで送ってあげましょう』


「……死にませんよね?」


『嫌だわ。カイセイさんは治癒魔法を使えるじゃないですか。治癒魔法を使いながら飛行すれば、問題ないでしょ?』


「女神様ったら冗談がお上手でいらっしゃる。そんな高速で飛行している最中さなかに魔法なんて使う余裕、ある訳ないじゃないですか」



『……………………パイセンから聞きました。日本ではとても豪華な夕食を召し上がったとか』


「ち、違うんです! あれはパイセンを励まそうと思ったからで——」


『夕食代はパイセンが出したって言ってましたよ? カイセイさんは『自分のお金』でビールやら日本酒やらのアルコール類を、じゃんじゃん注文していたらしいじゃないですか』


「も、もう、嫌だなあ。女神様ったら最初からご存知だったんですね。それならそうと、最初から言って下さればいいものを」


『私、楽しいことは最後に取っておく主義ですので。それでは、ヒトスジー領までの楽しい旅をお楽しみ下さい』


 チクショウ。

 パイセンのヤツ、なんで女神様にチクるんだよ!

 楽しかった一夜の思い出は、二人だけの秘密にしようねって約束したじゃないか!

 あ、もちろん思い出の中に、イヤラシい要素はまったく入っていないからな。

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