無念の涙

「いい加減にしなさい!!!」


 ここまで言いたい放題ドMネタを撒き散らしていた教皇に対して、ついに倫理観の権化こと委員長がブチ切れた。


「アイシューさんのお話の邪魔をしてはいけないと思い、ここまで黙っていましたが…… あなたは私を騙して、テラ様のご意志に背く行いをさせたことに対する謝罪がないばかりか、さっきからフザけたことばかり言って! まったく反省の色が見えないじゃないですか!!!」


 そう言って、委員長が聖剣のつかに手をかけた。


「ヒ、ヒィィィーーー!!!」

 恐れをなした教皇がパイプ椅子から滑り落ちる。


「ま、待て委員長、早まるな!」

 聖剣を抜かせてはならぬと、俺は慌てて委員長を手を掴む。


『カイセイさん!』

 慌てた様子で、女神様も天界から叫ぶ。


「大丈夫ですよ。俺がちゃんと委員長の手を押さえてますから——」


『今すぐ、その手を離しなさい! セクハラで訴えますよ! ホント、カイセイさんはイヤラシいんだから』

 まったく、状況判断が苦手な女神様だこと……

 だいたい、この世界に裁判所なんて無いじゃないか。

 ホニーに負けず劣らず、女神様も日本が大好きでいらっしゃるようだ。


 ここで、苦笑いした委員長の唇が動く。

「大丈夫ですよ。本気で聖剣を抜こうとした訳ではありませんから。ちょっとした脅しです。これでも反省しないようでしたら、聖剣ではなくちゃんとグーで殴りますから」


「それだと教皇があの世に逝っちまうよ…… 委員長は自分のユニークスキルが、筋力増強系であることを、ちゃんと理解すべきだよ」


 俺たちの会話を聞いている教皇が、死ぬほど怯えている。

 久々に、混合魔法ドライヤーの出番かなと思ったぐらいだ。

 教皇がチビってなくて、なによりだ。


「ま、待ってくれ! 確かに我々は貴殿に偽りの情報を伝えたが、あれはマエノー様の御為おんためにやったことだ!」

 死にそうな顔をした教皇が、必死に弁解を始める。



「あの、委員長さん——」

 発言しようかどうしようかと迷っている様子のアイシューが、躊躇ためらいがちに口を開いた。


「——私は、教皇はじめここにいる人たちをかばうつもりは微塵もありませんが…… この人たちはこの人たちなりに、マエノー様のために行動してきたということは、残念ながら本当のようです。ただ、その考えはマエノー様のご意志をまったく反映していませんでしたが」


 なんだよ、アイシューのヤツ。庇うつもりはないとか言いながら、しっかり庇ってるじゃないか。

 やっぱりアイシューは、基本的に優しい性格をしてるんだよな。

 俺に対しては毒舌だけど。



 微笑みを浮かべた委員長が、ふう、と、ひとつ息を吐いたあと、

「アイシューさんがそう言われるのなら、私はこの人たちを許すことにしましょう」

と言い、聖剣のつかにかけていた手をゆっくりと離した。


「あ、いえ、私は決して、この人たちを許して欲しいと言いたいのではなくて——」

 という、アイシューの言葉をさえぎるように、教皇と幹部たちは席を立ち、そして地面に片膝をつけ感謝の面持ちでアイシューを仰ぎ見る。


「も、もう! そういうのはやめて下さいって、何度も言ってるじゃないですか! 理由はどうあれ、委員長さんを騙したことに変わりはないんだから、ちゃんと謝って下さいよ? それから、今後はマエノー様のご意志をたがえないよう、しばらくの間になるかも知れませんが、とにかく一生懸命ニシノ国のために働いて下さい!」


 教皇たちは口々に謝罪の言葉を委員長に告げたあと、皆それぞれ自分の両手を胸の前で組み、アイシューに向けてうやうやししくこうべを垂れた。


「だから、そういうのはやめて下さいって! マエノー様からお預かりしているあなたたちの退職金を、他の事業費に回しますよ!?」

 今まで神妙な顔つきをしていた教皇たちが、一瞬『あ、これはマズい』みたいな顔になったかと思うと、とても不安そうな表情を浮かべながら、無言でパイプイスに着席した。


 どうやらここに集う教皇をはじめとする聖職者の方々は、退職金の行方ゆくえがとても気になって仕方ないようだ。

 なんだよ。ちょっといい話だったのが台無しじゃないか。



 さて、教皇たちが大人しくなったのを確認した委員長が、

「アイシューさん——」

と、とても真剣な眼差しをアイシューに向けつぶやく。


「——マエノー様の本当の願いとは、いったいどのようなものだったのですか?」

 そうだよな。俺もそれ、気になってたんだ。


「マエノー様はこうおっしゃいました。『戦争という手段を用いずに、全ての種族が平和に暮らせる世界を築く』という女神テラ様のご意志に従い、テラ様と共にどうかその理想をこの世界で実現させて欲しい』と」


「マエノー様の願いは、テラ様の願いと同じということですね?」

 真剣な表情のまま、アイシューに尋ねる委員長。


「はい。その通りで間違いありません」


 アイシューの言葉を受け取った委員長は、しばらく目を閉じて考え込む様子を見せたあと、意を決したように言葉を放った。

「アイシューさん。私をあなたの元で働かせていただけませんか!?」


「え? それはどういうことですか?」

 アイシューがとても驚いている。


「私は今までニシノ国で暮らしてきました。お世話になった方々も沢山います。私は女神テラ様の理想を実現させるためこのニシノ国で力を尽くし、ニシノ国の人々に恩返しがしたいんです」


「いいんですか!? 委員長さんが側にいてくださるなんて、私、本当に嬉しいです! 私の元で働くなんておっしゃらず、どうか私と一緒にニシノ国のために働いて下さい!」


「もったいないお言葉、感謝します。女神様、カイセイさん、どうかアイシューさんと共に、私もニシノ国で働かせて下さい!」

 女神様はともかく、別に俺の許可はいらないと思うんだけど。

 まあ、それはいいとして、それよりも俺ははもっと大切なことを言わなければならないのだが……


「ちょっと待ってくれ、委員長。俺はアイシューを連れて、インチキ王国に帰るつもりだったんだ…… こんな数日前まで敵地だった場所にアイシューを置いて、俺一人だけで帰れないよ」


『まったく、カイセイさんは過保護ですね』

「もう、カイセイさんったら! 私は子どもじゃないのよ!?」


「いやいや、ここにいるおっさんたちだって、さっきは殊勝な態度だったけど、基本的に変態じゃねえか」

 そう、アイシューがこの特殊な性癖を持つおっさんたちから、悪い影響を受けないか、俺は心配でならないのだ。



「そういうことでしたら、もし教皇たちがアイシューさんに無理難題、特に変態的要求を行った場合は、私が然るべき指導を行います」


 委員長の言葉を聞いた教皇たちが哀しみの涙を滝のように流しているが、見なかったことにしておこう。

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