いよいよニシノ国へ

 ここまでの話をまとめると、どうやらアイシューとホニーは、つい先日我が国と干戈かんかを交えたばかりのニシノ国にいるらしい。

 いや、ちょっと大げさかな。ニシノ国の兵士たちは俺の超級魔法を見て、戦わずに逃げて行っただけだし。

 それでも、そんなヤバいところにいて本当に大丈夫なのだろうか。


 会議に出席している者の多くは、あまり心配していないように見受けられる。

 アイシューとホニーは『女神テラ様からの依頼』により、ニシノ国へ向かったのだから、きっと女神様が天界からサポートして下さっていると考えているのだろう。


 ミミーなんて、『コテラさん…… じゃなくて、女神様がついてるなら、絶対大丈夫だゾ!』とか言って、女神様への愛を爆発させてるし。

 チッ、ちょっと面白くないが、まあいい。


 アイシューがニシノ国の統治者になったという噂についても、アイシュー本人が帰って来てから確認すればいいのでは、という意見が大勢を占めていた。


 確かに俺も、二人には女神様がついていると思っていたから、安心はしてたんだよ。

 でも、さっきからずっと女神様は俺のステータス画面にメッセージをよこさないんだ。


 それに、あの目立ちたがり屋の女神様のことだ。

 いつもなら、天界から直接、俺たちの会話に割り込んできてもおかしくないと思うんだけど。


 それから、ニシノ国には例の黒いフードを被った男が潜伏している可能性もある。

 アイツは女神様の追跡の目をかいくぐって逃走した、トンデモ野郎なんだぞ?

 どんな能力を有しているのか、サッパリわからないじゃないか。

 ここはやはり自分の目と耳で、直接アイシューたちの様子を確認した方がいいのではないか?


 ちょっと過保護な気もするけど……

「やっぱり俺、これからニシノ国に行ってみるよ。万が一の場合は、アイシューとホニーを連れて帰って来るから」

 俺は自分の意志を貫くことにした。するとミミーが、


「オウっ! オニーサンが行くなら、オレっちも行くゾ!」

と、俺の言葉に反応したのだが、


「待てミミー。今回、お前はお留守番だ」

と、俺は真面目な顔でミミーに告げる。


「ムムっ! オレっちはオニーサンの相棒で——」


「いいかミミー。俺とミミーがパーティを組む時に交わした約束を、覚えているか?」


「……オニーサンが留守番してろと言った時は、ちゃんと留守番する」


「エライぞミミー。よく覚えてたな。あのな、ミミー。ニシノ国には黒いフードの男がいる可能性があるんだ。もしかすると、ヤツの仲間の森林族だって、ニシノ国にいるかも知れないだろ? ソイツらが本当にヤバいヤツらだった場合、俺は戦わずにアイシューとホニーを連れて逃げるだけで精一杯だと思うんだ。万が一のとき、ミミーをかばえる自信がないんだよ」


「……………………わかったゾ。オレっち、留守番してるゾ」

 悔しそうな表情を見せるミミー。

 でも、どうかわかって欲しい。

 俺はミミーを絶対に失いたくないんだ。



「そういうことなら、私がご一緒しましょう——」

 委員長が強い意志を含んだ視線を俺に向けてきた。


「——ニシノ国の道案内をする者が必要でしょ? それに、もし森林族と戦闘になった場合、私は聖剣を使えますので少しは戦力になると思いますので」


 聖剣は森林族に対しても有効な武器になると、女神の使徒パイセンは言っていた。

 委員長はニシノ国で、聖剣を扱う技術を体得してきたそうだ。

 俺が聖剣を振るうより、委員長の方がよほど戦力になってくれると思う。


「わかった。でも基本的に、敵と遭遇した場合は撤退することにしよう。どうしても戦闘が避けられない場合のみ応戦する。その場合は俺も魔法で支援するからな」


「ええ、了解しました」


「それじゃあ、キタノ国のみなさんには悪いんだけど、俺たち、ちょっと行ってくるよ。直ぐに帰って来ると思うから、よければ待っていてくれると嬉しいんだけど。ほら、歓迎会みたいなこともやりたいし。それでいいですかね、クローニン宰相?」


「ええ、素晴らしいお考えです。それでは私は、より一層キタノ国の皆様方、特にココロヤサシーナ王女殿下と陛下の親睦が深まりますよう、準備に励むことに致します」

 まったく、宰相はブレない人だ……


「もう…… 夕食までには帰って来てよね」

と、シーナがふくれっ面で、つぶやいたんだけど………

 あれ? 俺たちもう、結婚してたっけ?


 なにはともあれ、俺は急いで席を立ち、会議室の出口に向かおうとしたところ——

「よし、そうと決まれば、一刻も早く出発しようではないか!」

 なぜか参ノ国の天然王女レネーゼが声を上げた。


「……なあ、レネーゼ。どうしてお前が出発する気満々なんだよ」

 呆れながら、俺が口を開くと、


「ん? ワタシも一緒に行くからに決まっているだろ?」

と、さも当たり前のように応えるレネーゼ。


「お前、今までの話を聞いていなかったのか?」


「ん? ちゃんと聞いていたとも。ニシノ国の統治者が代わるということは、当時その混乱に乗じて、ニシノ国領の旧壱ノ国と弐ノ国で独立の動きがあると思わないのか?」


「え? あ、確かに…… そういうこともあるのかな?」


「ワタシが参ノ国に戻って、父である国王と一緒に独立派の連中をなだめてやろうと言っているのだ」


 レネーゼの発言を聞いた、ここに集う者たち。

 出身地や出自は皆異なるものの、心ならずも一斉に同じ言葉がすべての者の口から飛び出した。


「「「「「「 誰? 」」」」」」


「まったく、ブラックなジョークがお得意な連中たちだ。まあ、任せておくがいい。参ノ国は独立派の連中とはずっと前から裏で繋がっていたのだ。独立に備えて武器なんかもコッソリ渡していたんだぞ。それからニシノ国の兵士たちも買収していて——」


「やっぱりお前はレネーゼだよ。わかったから、もう黙ってくれ。人知れず悪事を働いていたお前のお父さんが可哀想だよ」

 参ノ国の国王に幸あれと願わずにはいられない。


「じゃあ、レネーゼは参ノ国まで送って行くことにするから。それでは、今度こそ本当に行ってくる」

 シーナが頬を膨らませて俺を見つめているが、ここはあえて見なかったことにしよう。

 俺が留守の間、クローニン宰相があまりハシャギ過ぎないといいんだけどな……


「オニーサン、ニシノ国のヤツらをブッ飛ばしてくるんだゾ!!!」


「おうっ! って、いや、ぶっ飛ばしはしないんだけど…… ま、まあ、またお土産買って来てやるから、期待して待ってろよ、ミミー!」



 ♢♢♢♢♢♢



 風魔法を使い、我が国インチキ王国——ハァ…… もう、国名を気にするのは本当にやめにしよう——の首都を飛び立った、俺と委員長、レネーゼの3人。


 途中、参ノ国でレネーゼを置き去り、もとい、優しく降ろした後、俺は委員長と共にニシノ国を目指し大空を飛行していた。


 性格はさておき、顔だけは無駄に美しいレネーゼを参ノ国に帰すと、美を愛でることを生き甲斐とする貴族セイレーン卿——別名、ただの女好きともいう——が、またダメ人間に戻るかも知れないけど……

 セイレーン卿はここから少し離れた旧北西郡にいることだし、しばらくの間なら、まあなんとかなるだろう。



 上空からニシノ国の街や村を眺めてみると、どこもかしこもお祭り騒ぎだ。

 時々、『マエノー様、万歳!』『アイシュー王に幸あれ!』という声が聞こえてくる。


「なあ、委員長。アイシューのヤツ、本当にニシノ国の王様になったのかな?」

 俺は風魔法で作成した上昇気流に揺られながら隣を飛行する委員長に尋ねる。


「それはわかりませんが…… とにかく、アイシューさんの人気はすごいですね」


 前代女神マエノー様を讃える声と同じぐらい、アイシューに期待を寄せる人々の叫び声も聞こえてくる。


 でも時々、『え、今の女神様って、テラっていう名前だったの?』とか、『まあ、マエノー様がおっしゃるんだから、テラって人も崇拝しようじゃないか』みたいな声も、オマケ程度に聞こえてくるのだが……


「まったく、今までテラ様の存在を知らずにいた人たちがこんなにいたとは…… でも近い将来、ニシノ国にもテラ様の偉大さが広まるでしょうね」

 うっとりとした表情で委員長がそう言うんだけど、俺はそうならない方に、テラ様シールを100枚賭けてもいいぞ。


 そう言えば、テラ様の偉大さが広まったら、今までハズレ扱いだった『移動式駄菓子屋 女神様印の御利益堂』が配布していたテラ様シールの価値も上がるのかな?


『なんだよ、またテラ様シールかよ。こんなハズレシール、いらねえよ』とか言って、みんなテラ様シールをその辺に、ペッて捨ててたっけ。


 おっと。自称この世界一のテラ様信者である委員長にこんな話をしたら、女神様印の御利益堂をぶっ壊しに行きかねないから、この話はこれで終わりにしよう。


 さあ、ニシノ国の首都はもう目の前だ。

 待ってろよ、アイシュー、ホニー!

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