事なかれ主義者

 羞恥心のため、俺の顔面は京都の名刹東福寺の紅葉のごとく真っ赤に染まってしまった。

 会議室内は気まずい雰囲気に包まれている。


 しかし、そんな中でも同盟交渉は粛々と進んで行く。

 いや、そんな中だからこそ、交渉がスムーズに進んで行くのだ。

 ……そうだよ。気まずい雰囲気になったから、みんな気を使って余計なことを言わなくなったんだよ。



「では、攻守同盟は成立、キタノ国の皇太子選定についてインチキ王国は干渉しない。これでよろしゅうございますな」

 キタノ国の随員の一人——この人は文官のようだ——が、我が国の宰相、クローニン侯爵に尋ねる。


「もちろんです。後ほど文章にして確認しましょう。それでは改めまして、インチキ国王陛下とココロヤサシーナ王女殿下との御婚約について——」


「お待ち下さい!!!」


 まるで、近所に住む縁談大好き世話焼きババアかと見紛みまごうばかりのクローニン宰相に待ったをかけたのは、意外にもここまでまったく言葉を発してこなかった、もう一人のキタノ国の随員だった。


 声の主は、オンコウデス=ケド・エラインデス公爵。

 現国王の弟だと、先ほど自己紹介で述べていた。


「両国は晴れて同盟関係になったのです。もうそろそろ、真実をお話しいただいても宜しいのでは!? 」


 真実って何のことだ? この人ってば何を言っているのだろう?


 ここでレネーゼが、コホンと一つ咳払いをした後——

「すまない。お土産のお菓子を半分以上食べてしまった。ミミーには悪いことをしたと思っているよ。しかし、まさか貴殿が真実に気付くとは」


「レネーゼ王女、ふざけるのも大概にして下さい!!!」

 

 レネーゼってば、余計なこと言ってくれちゃって……

 公爵サマを怒らせちゃったじゃないか。


 名前から察するに、この人っておそらく『温厚』な性格持ち主なのだろう。

 そんな人が感情を荒げて大声を上げるなんて、よっぽど怒っているんだな。


「叔父上、おやめ下さい。失礼ですよ」

 シオスが止めに入るが……


「わかっている。わかっているが、もう我慢の限界だ! インチキ国王陛下、もう腹の探り合いはやめようではないか」


「……すみません。先程申し上げた国王になった経緯いきさつにつきましては、わたくし、かなりカッコつけようとしてシマイマシテ、つい……」


「その話ではない! パンツの話はどうでもいいのだ!!!」

 え、違うの? パンツは大事だと思うぞ? なんてことはさて置き……

 うわぁ、どうしよう。せっかくウヤムヤになったのに、また自分で恥ずかしい話を蒸し返しちゃったよ。


「ムムっ! オニーサン、顔が赤い——」


「その話も先ほど聞いたから、もうよい!!!」

 ミミーの話をさえぎりったオンコウデス公爵。その時——


「いい加減にするのはアンタの方だ!!!」

 そう言って、勢いよくブブさんが立ち上がった。


「いいですか? カイセイさんはクッソツエーくせに、性格はホント、温厚な人なんだ。でも、ことお嬢さん方、特にミミーさんを溺愛することこの上ない人なんだからよう、ミミーさんに失礼なことしてみろ、ホントにキタノ国が潰されかねないぜ!」


 ブブさんの発言に対し、オンコウデス公爵は変わらず怒りの感情をブチまける。

「ドウドス団長は、ずっとこの男の力が桁違いであると言っているが、こんなつまらない冗談ばかり言っている男のどこが…… な、なに!?」


 一瞬の出来事だった。

 風魔装を身に帯びたミミーが目にも留まらぬ早さで公爵の背後に回り込み、短剣を公爵の首筋に突きつけた。


「オニーサンの悪口を言うヤツは、オレっちが許さないゾ。それから、オニーサンの冗談は世界一面白いゾ」


「お、おいミミー! お前、何やってんだよ! まったく、お前ってヤツは………… なんていいヤツなんだぁぁぁ!!! うおーーーん!!! 俺は今、とてつもなく感動しているぞォォォーーー!!! 俺、これからはもっとミミーの期待に応えられるよう、いっぱいオモシロいことを言うからなぁぁぁ!!!」


「ちょっと、カイセイさん、なに言ってやがるんですか…… そこは『早く首から短剣を離せ』って言うとこでしょ? ほら見ろ、お嬢さん方をぞんざいに扱うと、こういうことになるんだよ……」


「何を言っている! ドウドス団長、早くなんとかしてくれ!」


 オンコウデス公爵からの救援要請を受けたブブさんであったが、彼はあきらめ顔で言葉を漏らす。

「無理っスよ。俺、ミミーさんの動きなんて、まったく目で追えなかったから。アイシューさんがいてくれたら、きっとミミーさんを止めてくれたんでしょうけどね。まあ、運が悪かったと思って諦めて下さいよ」


「そう、そのアイシュー、いや、アイシューさんのことだ! そのアイシューさんとやらが、ニシノ国の統治者になったというのは、誠のことなのか!?」

 流石は国王の弟だ。

 首筋に短剣を突きつけられても、毅然とした態度で質問してくるじゃないか。

 言っている内容はよくわからないけど。


 そんな王族然とした態度の公爵に向かってシーナが、

「叔父様が『殿』とか『卿』という言葉を使わずに、『さん』なんて言うの、初めて聞いたかも。アイシュー『さん』だって。ププッ、叔父様ったら、なんだかカワイイ』

 などと、天真爛漫な感想を述べているようだが……


 まったく、シーナってば…… 公爵サン、ちょっと顔を赤らめているじゃないか。

 フッ、でも、これでおあいこだな、なんてことはいいとして。


 公爵は今、アイシューについて、何かおかしなことを言わなかったか?

「アイシューがどうかしたんですか? おい、ミミー、もういいからこっちに戻って来いよ」

 俺がそう言うと、『フッ』っと勝ち誇ったように笑いながら、トテトテと自分の席に向かって歩き出した。

 男前のようでいてカワイイミミーに、出席者は皆、メロメロになっているはずだ。きっとそうに違いない。


「冷静さを欠いてしまい申し訳ない。国王陛下やミミー…… さん、に失礼を働いたこと、ここにお詫び致します」


「おい、シーナ。公爵さんを茶化すのは、もうやめてあげろよな。それで、アイシューがニシノ国の統治者になったとは、いったいどういうことなんですか?」


『え?』という顔をするオンコウデス公爵。

 公爵だけでなく、シーナはじめキタノ国から来た全員が同じような顔をしている。


「あれ? あ、すみません。実は俺、日本に帰って…… いえ、特殊任務でここ数日、この国にはいなかったんです。ついさっき帰って来たばかりなのもで…… クローニン宰相は、なにかご存知ですか?」


「確かその…… 某女神の巫女様に誘われたからと言われ、数日前にヒトスジー嬢と共にどこかへ出かけられましたが、それ以降のことは何も。女神の巫女様とご一緒ということでしたので、別段心配はしていなかったのですが」


 その報告は事前に宰相から受けていた。

 宰相は気を使って『女神の巫女』と言っているが、本当は女神テラ様からのお願いで、ホニーと一緒に出かけて行ったらしい。行き先は秘密とのことであった。


「あの…… ちょっといいかしら?」

 そう言ったのは委員長。


「私がここに来た理由も、実はアイシューさんのことを確認したかったからなんですけど…… ここで話しても構いませんか?」

 そう言って、委員長は俺の顔を見た。

 すぐさま俺はクローニン宰相の顔を見た。よくわからないことは、すべて宰相に丸投げだ。


「構わないと思います。キタノ国は只今同盟国になりました。ここで変に隠し事をしてしまうと、同盟国から不信感を持たれることになると思いますので」


「その通りですね、宰相。俺もそう思ってましたよ。じゃあ、委員長、そういうことだから知っていることをすべて話してくれ」


「……まったく、調子のいい国王様ですこと。まあいいわ。私、さっきまで街にいたんだけど、なんだか街中がアイシューさんの話題で持ちきりだったの。きっと、オンコウデス公爵も、そのことをおっしゃっているのだと思いますが」

 という委員長の発言に、公爵はすぐさま反応する。


「その通りです。こちらの王宮…… でいいのでしょうか? とにかくここに来る途中、聖堂会の周りでは、多くの市民が前女神マエノー様の御神託を聞いたと大騒ぎでした」


「なんでも、マエノー様がニシノ国の統治者にアイシューさんを指名したとか。ねえ、カイセイさん、これはいったいどういうことなの?」


 委員長からの視線を受け、俺はやはりクローニン宰相の顔をうかがう。


「い、いえ、そのような話は初耳です。私はずっとこの館に詰めておりましたので」

 宰相も、この件についてはまったく知らないようだ。



 俺は再び、委員長からの視線を浴びる。

 正直に言おう。

 俺の頭の中は今、パニック状態であると。

 何か言わないといけないと思い、とにかく頭の中に浮かんだ疑問をアワアワしながら口にした。

「え、えっと、委員長。マエノー様って、もうこの世界にはいないんじゃないの?」


「御神託を聞いた人の話では、マエノー様は一時的にこの世界に戻られたんですって。それから、この世界に留まるための時間がもうないからって、ニシノ国の統治をアイシューさんに任せるとおっしゃったそうよ」


「な、なあ、委員長。アイシューって、マエノー様と知り合いだったのか?」


「……知りません。それを聞きたいから、ここに来たんです」


 どうしよう。俺はまた宰相の顔を見る。


「陛下のご様子から察しますに、陛下ご自身はこの件に関してご存知なかったということが、キタノ国の皆様にもご理解いただけたと思います。付け加えますと、陛下はお芝居が下手クソ…… いえ、嘘がつけない誠実な方であると、我が国ではもっぱらの評判であります」

 うっ、確かに芝居下手云々については、心当たりがある。

 オソレナシー将軍やケッパクー長老たちからは、芝居が壊滅的に下手クソだと散々言われたっけ……


 クローニン宰相の発言を聞いたオンコウデス公爵は、しばらく考え事をする素振りを見せた後、ゆっくりとした口調で言葉を放った。

「わかりました。インチキ国王陛下が嘘をついておられないということは理解しました。では、この件の真相はいったい——」


「もう、いいじゃないの、そんなこと」

 シーナが公爵の言葉をさえぎった。


「女神の巫女様からのお願いということですから、きっと何か特別な理由があるのでしょう」

 シオスもシーナの意見に同調する。


「そうですぜ。我が国とインチキ王国との同盟が成立したんですから、もうややこしいことに首を突っ込むのはやめましょうや。いやぁ、アイシューさんがニシノ国を統治するって聞いた時は、ひょっとしてキタノ国にはホニーさんが攻め込んでくるんじゃないかって、ヒヤヒヤしたんスから。あ、いえ、ほんのちょっと心配しただけですよ? ほんのちょっとっスからね?」

 ブブさんは相変わらず、事なかれ主義者であった。

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