久し振りの火魔法

 のちにキタノ国のみなさんのご配慮により、女神の使徒コテラであるということにしてもらったポンコツ、もとい、女神テラ様の声を聞いたキタノ国の貴族や家臣たちは、パニックに陥ったという。


 しかし、壊れた窓から暖かな光が差し込んで来ると、みんな一様に穏やかな表情になったそうだ。

 女神様がヤラかしちまった後によく出す、あのヒール的な効果のある光だな。


 こんなことになるぐらいなら、初めから『シーナの言う通りにしなさい』って命令すればいいのに。

 あ、でも、女神様は人界の営みに介入してはいけないんだったな。

 でも…… 結果を見ると、もう今まで散々介入しちゃってるんだから、その『設定』、もういいんじゃないかと思うんだけど。



 さて、俺の目の前では、シオスが再び口を開いたところだ。説明を続けるみたいだな。

「姉上が女神の使徒コテラ様の友人ということであるならば、ここは姉上の意見に従おうということで、君臣一同の意見がまとまったのです」


 ほら、やっぱり。

 女神様ってば、人界に影響を与えまくってるじゃないですか。


「この話には、まだ続きがありまして……」

 シオスが、ちょっと困ったような顔になる。


「兄上が、『天界の御意志に従う』と言って、皇太子の座を姉上に譲ると言い出したのです。そしてあっという間に某男爵家の養子に入ってしまわれたのです」


「ちょっとシオス! 言っておくけど、それは私のせいじゃないんだからね。兄上はもともと、とある男爵家の令嬢と恋仲だったのよ。でも、身分が違うからって、王妃に迎えることが出来ずに悩んでいたの。だから、兄上は今回の件を上手く利用しただけなんだから」

 へえ…… この世界にもラブロマンスみたいな話があるんだな。

 ということは、シーナが皇太子になるのか?


「でも、私はカイセイさんと結婚して、インチキ王国の王妃になるじゃない?」

 あれ? 俺たちもう、結納とか交わしてたっけ?


「だから、皇太子の位はシオスに譲ることにしたの」

 そんな簡単に、皇太子の位って譲っていいものなのか?

 バスの車内で、お年寄りに席を譲るのとは訳が違うんだぞ?

 席を代わるタイミングって、結構難しいんだよな…… って、それは今、関係ないか。


 でも…… これはキタノ国にとっては、決して悪い話ではないのかも知れない。

「結婚の話は置いておくとして…… シオスはしっかりしているから、皇太子に向いているんじゃないか?」

 おおっぴらには言えないが、将来シーナが国王になったらと思うと、キタノ国の人たちが大変な目に合うような気がしてならない。まあ、俺も人のことは言えないんだけど。


「……お二人の口からは言いにくいと思いますので、俺が…… いや私が説明させていただきます」

 ブブさんが緊張気味に言葉を発した。

 ブブさんは、真面目な話をしようとすると、いつも砕けた話し方になってしまう。俺としてはそっちの方が接しやすいんだけど、まあ、立場上いろいろあるんだろう。


「おそらくカイセイさんは、シーナ王女が将来王様になるなんて、『え? コイツら、なにバカなこと言ってやがるんだ?』と思っておられる…… あ、いえ、申し訳ありません。若干の不安をお持ちかな、とか思ったりしてます」

 宮仕えって大変なんですね。まあいいや、それから?


「でもね。実はシーナ王女って、国民からめちゃくちゃ人気があるんですよ。飾らない感じって言うんですかね、自然体なところが庶民からの人気を集めてまして」


「ワタシはいつも自然体だが、国民からはまったく人気がないぞ?」


「……おい、ナレード。お願いだから静かにしておいてくれよ。同じ自然体とはいえ、天然と天真爛漫では、その本質的な何かが違うんだよ、たぶん。ほら、まだお菓子が残ってるぞ? すみませんね、ブブさん。続けてもらえますか?」


「カイセイさんとそちらの王女様は、本当に仲が良いんですね…… あ、いえ、なんでもありません。自分はシオス王子と共に旅をしたんで、王子のお人柄や能力についてよくわかってるんです。だから王子が次の国王になってくれれば万々歳なんですけどね。でも今はまだ、民衆は王子のことをよく知らないからなあ……」

 なるほど。今シオスが皇太子になると、国民が不安を感じてしまうってことだな。


「ここからは、僕が話をさせていただきます」

 口元を引き締めたシオスが再び話し始める。


「お聞きいただきましたように、我がキタノ国では現在皇太子も決められないほど、混乱した有り様です。しかしながら、なんとかカイセイさん、いえ、インチキ王国のカイセイ王に我が国との同盟を結んでいただきたく、ここに参上した次第です!」


「もう、ちょっと待ちなさいよ、シオス! 同盟よりも、私の結婚の方が先でしょ?」


「姉上! ここに来るまでの道中で、散々説明したでしょ? まずは不戦同盟を取り付けることが先決だと」


「えー、兄上だけ恋の道を選んじゃうなんて、なんかズルくない?」


「今、姉上に結婚されたら困るって、何度言えばわかるんですか! カイセイさんが認めて下さるなら、今回は婚約の約束をさせていただくに留め、結婚は僕が一人前になるまで待つってことにしてたじゃないですか! まったく、姉上はいつも僕の話をちゃんと聞かずに、先走ってばかりなんだから!」


「なによ! シオスはいっつもカッコつけちゃって——」


「まあまあ、ちょっと待てよ二人とも。ここで喧嘩しても、どうにもならないだろ? 重ねて結婚の話ははしの方にそっと置いておくとして、俺は皇太子がシーナになってもシオスになっても、もちろん兄君が再び皇太子の座に返り咲いても、キタノ国とは仲良くしたいと思ってるよ。不戦同盟じゃなくて攻守同盟でもいいと思ってるぐらいだし」


「本当っスか!!! それって万が一、魔人族が攻めて来た場合、カイセイさんが助けに来てくれるってことっスよね!?」

 ブブさんは4年後に魔王が復活することを知っている。

 魔人族領と接している、祖国キタノ国のことが心配で仕方ないのだろう。


「もちろんですよ。女神様の願いは、話し合いでこの世界に平和をもたらすことですが…… あ、もちろん、俺も女神様のお考えに共感していますよ?」

 これは嘘偽りのない、俺の本心だ。

 しかし…… ここからは俺とパイセンの考えだ。


「しかしながら、我々の力及ばす交渉が決裂した場合でも、魔人族の人間族領への侵攻だけは絶対に阻止します!」


 俺は前回のターンで、キタノ国が魔人族の攻撃を受け、街や村が灰燼かいじんに帰し、それと共に多くの命が失われる様をこの目で見たのだ。

 女神様の御意志に反するかも知れないが、どんな手を使っても魔人族の侵入だけは絶対に阻止してやる。

 これだけは絶対に譲れないからな!


「オニーサン、顔が怖いゾ……」

 心配そうな顔をしたミミーが、隣の席から俺の顔を覗き込んできた。


「え? あ、俺ちょっと熱くなっちゃったかな。ゴメンよミミー。大丈夫だ、魔人族と戦わない方法はちゃんと考えてるさ。ほら、俺が王様になったのだって、魔人族と仲良くするための準備って意味合いもあるんだからさ」


「「「「「 えええっっっ!!! 」」」」」

 俺の言葉を聞いたキタノ国の一行が、一斉に驚きの声を上げた。


「そんなに驚かなくてもいいじゃないか…… ひょっとして、みんなは俺が権力欲に取り憑かれたクズ野郎にでもなったと思ってたのか? 」


「いや、そんなことはネエと申しますか、内心若干ビビってたと申しますか……」

 まったく、ブブさんは正直者だ。


「あのさあ、今後、魔人族と交渉する機会があったとして、その時、俺が一介いっかいの魔導士であるのと、一国の王であるのとでは、どちらの方に言葉の重みがあると思う?」

 まあ、これは成り行きで王様になった後、パイセンから『王様になるとこういうメリットもあるっスからね』みたいな感じで言われただけなんだけど……



「ほらやっぱり! 私、カイセイさんは、ちゃんと考えがあって王様になったって思ってたんだから!」

「何か理由があると思っていたのですが、そういうことだったのですね。流石はカイセイさんです、尊敬します!」

 まぶしい、眩しすぎるよ、二人とも。

 本当のところは、ホニーのパンツのおまけで王様になったようなモンなんだよ。


「俺ぁ、てっきりカイセイさんやホニーさんが、怒り狂って旧ナカノ国にパンツを取り返しに行っちゃったもんだから、恐れをなした王様が勝手に逃げ出したのかと思ってましたよ!」

 ……流石は我が心の友、ブブさん。おおむね正解です。でも、怒り狂ったりはしてませんよ?


「おや? ダーリンはホニーのパンツを取り返しに行った際に皆で遂行した『王様げえむ』なる賭け事で負けたため、罰ゲームとしてこの国の王になったのではなかったのか?」

 ぽかーんとした顔つきの天然王女レネーゼが、この場面では絶対に言ってはいけないことを口にしてしまった。

 詳細は若干異なるが、概ね間違いないのがとても悔しい


 レネーゼの隣に座る委員長が、バツの悪い表情で天然王女様の耳元でなにやらささやいている。


 どうやら委員長は、小声でレネーゼをたしなめてくれているようだが、『せっかく、カイセイさんがカッコつけているのに……』とか、『ここは黙っておいてあげた方が……』とかいう言葉が聞こえてくるんですけど。


「ムムっ! オニーサン、顔が赤いゾ?」


「……たぶん、火魔法を使ったせいだろう。ミミーよ、俺のことは、しばらくそっとしておいてくれないか?」

 なんだかこの台詞を口にするの、久し振りだな……

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