設定は守られねばならない
参ノ国のド天然王女レネーゼが撒き散らした妄想のせいで、愛憎渦巻く修羅場になりかけた執務室内であったが、そこは流石我が国随一の切れ者クローニン宰相。
弁舌巧みな宰相のおかげで、俺とレネーゼは男女の関係ではないこと、それからレネーゼが筆舌に尽くしがたい天然であることがキタノ国一行に周知された。
「まあ、なんとなく言ってることはわかったけど…… なんだかレネーゼ王女に先を越されたみたいで、複雑な心境だな」
どうやらシーナの淡い恋心は、いったんサヨナラしたにもかかわらず、再びこの執務室に舞い戻って来たようだ。
「フッ、シーナ王女よ。ワタシは寛容なオンナだから、第一夫人の座は貴殿に譲ってやっても——」
「お前はもう黙れよ! 今、キタノ国の人たちと大事な話をしてるから、もし用件があるなら後にしてくれないか」
「断る! もしどうしても出て行けと言うのであれば、これから街へ行って、あることないこと、エロいことフシダラなこと、とにかくいっぱい言いふらしてやるからな!」
「クッ、お前というヤツは、なんて清々しいクズなんだ…… ねえ、クローニン宰相、どうしましょうか?」
「まあ、レネーゼ王女なら、きっと明日にでもなれば会談の内容など忘れておられると思いますので、構わないのではないのでしょうか」
おや? 宰相から予想外の言葉が返ってきた。
てっきり、反対するものだとばかり思っていたのに。
ひょっとしてこの人、まだレネーゼお輿入れ計画を諦めてないのか?
流石に、それだけはないと思うぞ?
「まあ、宰相がそう言われるなら…… おいレネーゼ、宰相のお許しが出たから、特別に在室を許可してやるよ。でも、もう余計なことを言うんじゃないぞ」
「もう、ダーリンは何を言ってるんだか。ワタシがここへ来たのは、お土産のお菓子を食べに…… って、あああ!!! ミミー、お前、なんでお菓子を独り占めしているのだ!」
お前こそ、なに言ってんだ。子どもと張り合うんじゃねえよ。
「ムムっ…… それなら…… オレっちのお菓子、半分あげるゾ……」
そう言って、ミミーはとても残念そうな顔をしながらも、手元にあった菓子箱のうち半分ほどをレネーゼに差し出した。
それを見た俺は、とても感動した。そう、とても感動したのだ。
「エラいぞミミー!
という俺の言葉に、心優しいシーナも反応する。
「ホント、ミミーちゃんはエラいしカワイイわ! ねえカイセイさん、ミミーちゃんを今すぐ私たちの子どもにしましょうよ!」
あれ? 俺たちもう、結婚してたのか?
そんな俺たちのおバカなやり取りを、冷めた目で見つめる人物がいた。
いつも冷静沈着な善の具現者こと委員長だ。
「あの、委員長…… もう少し穏やかな視線を向けてくれても、俺は一向に構わないと申しますか……」
「ハァー…… 実はカイセイさんにお知らせしたいことがあったのですか。お取り込み中のようですので、出直します」
そう言って
「お待ち下さい。陛下、委員長殿にも同席していただくというのはいかがでしょう?」
と、クローニン宰相が俺に言葉を投げかけた。
クローニン宰相は、委員長の才能をとても高く評価しているのだけれど……
まさか、委員長まで俺の嫁候補として見てるんじゃないでしょうね?
「ま、まあ、いい考えかも知れませんね。委員長に同席してもらえると俺も心強いよ。お願いしてもいいかな?」
俺は純粋に、優秀な委員長には今以上、俺たちを助けて欲しいと思っている。
しかし、シーナには俺の意図は正しく伝わっていないようだ。
頬を大きく膨らませて、不満そうな表情をしている。
委員長もシーナの視線に気付いたようだ。
「誤解がないよう正直に申しますと、私はここにいる岸さんに、まったく、ぜんぜん、これっぽっちも恋愛感情を持っていません。むしろ、どうしてこんな優柔不断な男がモテるのか、私にはサッパリ理解出来ません」
正直に言い過ぎだよ、委員長……
「更に言うと、異世界に転生するとハーレム状態になれるなんて風潮が広まったら、日本にいる恋愛経験の乏しい男子が転生を熱望するようにならないか、私は心配でならないのです」
日本の出版事情にまで懸念を表明する委員長。
委員長はどこまでも真面目だ。
委員長はよくわからない理由から憂いの表情を浮かべつつも、素直に席に着いた。
さて、委員長のおかげ、かどうかわからないが、とにかく執務室内の変な熱気が下がったため、俺は改めてニシノ国の一行に今回の来訪の目的を尋ねた。
「姉上は相変わらずですので、ここは僭越ながら、使節団副使の僕から説明させていただきます」
ここからは、しっかり者のシオスが話を進めてくれるようだ。
さて、シオスから聞いた話をまとめると、だいたいこんな感じになる。
シオスたちと出会った北、西、中、3国の国境地帯において、俺はシーナ、シオス、ブブさんの3人に、『おそらく今から4年後に魔王が復活する。このことはシーナとシオスの兄である皇太子にのみ、伝えても構わない』という、女神の使徒パイセンからのメッセージを伝えた。
このメッセージを重く見たシオスたちは、冒険者修行をいったん中断し、キタノ国の首都にある王宮へと急ぎ戻ったそうだ。
3人が王宮に戻ってみると、王宮内はてんやわんやの大騒ぎになっていた。
俺がナカノ国の国王を追放し、新しい王朝を開いたという情報が入っていたのだ。
「あの時は、僕も本当に驚きましたよ。まさかこんな短期間で、カイセイさんが国王になるなんて」
しみじみとつぶやくシオス。
「別に追放した訳じゃないんだ。国王が勝手に逃げて行っただけなんだよ……」
そう、俺たちはホニーのパンツを取り返しに行っただけなのだ。
取り返してみたら、そのパンツ、いやパンティは、めちゃくちゃキワドいヒョウ柄だったけど、それも今となってはいい思い出だ。いや、そうでもないか?
話を戻そう。
当時ナカノ国と同盟関係にあったキタノ国では、逃亡した国王を救出するため、ナカノ国に軍を進める計画が立てられていた。
国中から兵士が集められていたそうだ。
しかし、シーナたち3人が帰国したことで状況は一変。
シオスたちは皇太子にパイセンからのメッセージ伝えるだけでなく、俺の魔法の威力が桁違いであること、俺が女神様の意志に基づき行動していることなどを伝えた。
これを聞いた皇太子は直ちに出兵の中止を宣言。
旧ナカノ国とは絶縁し、新しい王朝と友好的な関係を築くべきだと主張した。
「いやぁ、あの時は本当にホッとしましたぜ。カイセイさんと戦うなんてヤベーこと言ってる連中は全員あの世に送ってやろうかって、本気で思いましたからね、ハッハッハ!」
ブブさんが何やら物騒なことを言っているが、相当焦ったんだろうということは、その話し振りからも伝わってくる。
さて、これでこの件についてはすべて円満解決…… という訳にはいかなかったようだ。
キタノ国の国王は高齢であるため、実質的には皇太子がこの国の頂点に立っている。
しかし、こと今回のような国の行く末を左右する事件に関しては、流石の皇太子でも重臣たちから噴出する不満から目を背けることは出来なかったらしい。
その後、連日のように会議が続いた。
シーナ王女をはじめとするインチキ王国支持派と、伝統を重んじる貴族たちが中心となった旧ナカノ国支持派に分かれて、意見、臆見、時には暴言も飛び出した。
「聞いてよ、カイセイさん! 貴族の中にはね、『こんな能天気な王女の言うことなど、聞くに値するものか!』なんて言う人もいたのよ!」
「ちょ、ちょっと姉上、落ち着いて下さいよ」
「ま、まあ、そんなこと言われたら誰だって腹が立つと思うけど…… それでシオス、その後はどうなったんだ?」
俺はシーナを落ち着かせつつ、話の続きを尋ねたのだが……
「窓ガラスが割れたんです」
「え?」
「そして壊れた窓の辺りから、とても大きな声が聞こえて来たのです」
「えっと…… それってまさか……」
「はい! 女神の使徒コテラ様の声です! コテラ様は会議室に集う者たちに向け、こうおっしゃいました。『私の友人を侮辱する者は許しませんからね!』と」
あー、わかるよ。喜怒哀楽の激しい、あの女神様のことだ。
きっと天界から会議室の様子を見ていたんだな。
それで仲のいいシーナのことを悪く言われて、イラっとしたんだろう。
でも、それにしたって、窓ガラスを割っちゃダメだよな。
もし、ここにホニーがいたら、『きっと女神様は、ス◯ール・ウォーズや、ビー◯ップ・ハイ◯クールを見て育ったに違いないワ!』とか言うんだろうな。
そして、すかさずアイシューが、『もう、日本ネタは禁止だって言ったでしょ!』とか言うんだよ。
ハァァァ…… なんか俺、今ちょっと寂しい。
おっと。中学生の娘が修学旅行に行ってしまい、心にポッカリ隙間の空いたお父さんみたいな心境になっている場合じゃなかった。
目の前の話に集中しよう。
「私、女神様に『友人』なんて言ってもらえて、本当に嬉しかったの!」
天真爛漫なシーナが、心から嬉しそうにそう言ったのだが……
「姉上! 女神様ではなく、女神の使徒コテラ様です! 臣下の者たちもみな、その『設定』を受け入れておりますので、発言にはお気を付け下さいと、いつも言っているではありませんか!」
おいシオス、『設定』ってなんだよ……
今回もまた、女神様はキタノ国の家臣のみなさんの優しさに支えられているのか……
家臣のみなさんに、心から『ご配慮ありがとうございます』って、言いたいよ。
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