きっと俺は永遠に恋なんて出来ない

 なんとか興奮状態のミミーを落ち着かせ、俺はキタノ国からの特使一行に着席するよう促した。


 執務室にやって来たのは全部で5人。

 シーナ、シオス、ブブさんの他に、知らない顔が二人いた。

 テーブルを挟んでシーナたちと向き合うように、俺、ミミー、クローニン宰相も席に着く。


 今日は非公式な会見なので、お互い堅苦しい言葉使いはやめるよう提案した上で、俺はキタノ国の一行に向かって口を開いた。


「久し振り…… って訳でもないのかな。なんだかここのところ激動の毎日なんで、3人と会ったのがずいぶん昔に思えるよ。シーナもシオスも元気そうで何よりだよ。ブブさんもお変わりないようで」


「な、なんで俺の、いや私の話がここで出るんですか! わ、私のことなど、その辺に落ちてる石っころの、更にその陰に隠れていそいそと仕事をしているフンコロガシだとでもお思い下さい!」


「もう! ブブズケ=デモ・ドウドス団長、しっかりしなさい! フンコロガシの仕事を賞賛する人なんて、あなたぐらいよ!」

 ブブさんがシーナに怒られた。


「こ、これは申し訳ありません……」


「相変わらず、ブブさんは謙虚な方ですね」

 ブブさんがちょっと気の毒に思えたので、俺はフォローの言葉を口にしておいた。


「さて、今日は何か俺に用事があって、ここに来てくれたってことでいいのかな?」

と、俺が来訪の理由を尋ねると、


「……もう。理由がなきゃ、来ちゃダメなの」

と、言いながら唇を尖らせるシーナ。


 あれ? 俺たちって、実は付き合ってたのか?

 なんてボケたことを言っている場合ではないな。


 確かパイセンから仕入れた情報だと、シーナは俺と結婚してもいいかな、みたいなことを言っていたような……


 ヤバい。顔がニヤニヤしそうだ。

 ここでニヤけた顔なんてしてみろ、きっと『うわ、このおっさん、調子に乗ってちょっとキモい』と思われるに違いない。

 我慢だ。俺は世界中のおっさんを代表して、ここはニヤニヤするのを絶対に我慢しなければならないのだ。



「姉上、いい加減にして下さい」

 ここで冷静沈着な弟のシオスが、天真爛漫な姉をたしなめた。


「いくらカイセイさんと姉上がご昵懇じっこんの間柄だとはいえ、失礼ですよ。ほら、クローニン宰相殿もお困りで…… って、あれ?」


 宰相を見ると、なぜかとても喜んでおられるではないか。


「陛下があまりにも王妃探しに消極的であられたので、家臣一同心配していたのですが…… いやはや、そういうことだったとはつゆ知らず」


 クローニン宰相閣下はとても大きな勘違いをなされているようだが、ここは面倒なのでスルーしよう。


「ゴメンな、シオス。ウチの宰相って、ちょっと恋愛脳なんだ。気にしないでくれ」


「陛下、私は別に、恋バナが好きな訳ではありませんぞ?」

 はっきり言おう。

 クローニン宰相閣下は、今とても、ハシャいでおられると。



「えっと、何の話をしてたんだっけ…… そうだ、来訪の目的だよ。もちろん二人が遊びに来てくれるのは大歓迎なんだよ? でも二人とも王族な訳だし、きっと何か外交的な話があって来たのかなって思ったんだけど、違うの?」


「はい、実は——」

と、口を開いたシオスをさえぎように、シーナが、


「私、カイセイさんのお嫁さんになるために来たの!」

と、元気いっぱい答えちゃったんだけど……


「えぇぇぇ!!!」

 驚く俺。


「姉上、気が早いですよ!」

 焦るシオス。


「ああもう、何で今、それを言うかな……」

 嘆くブブさん。


「…………」

 お菓子を食べ続けるミミー。


「ヨッシャァァァーーー!!!」

 えっと…… クローニン宰相、あなた、キャラが変わってますよ?



「あの…… いいかシーナ。シーナの言ってることが唐突過ぎて、よくわからないんだよ」

 自分を落ち着かせるためにも、俺はシーナに説明を求めることにした。


「えー! どうしてわからないの? そんなの簡単じゃない。私とカイセイさんが結婚して——」



 ——バタン!!!

 このとき突然、執務室のドアが乱暴に開けられた。

 そのため、シーナの発言がさえぎられてしまった。


 開いたドアから勢いよく、人が入って来たと思ったら——


 凄艶せいえんなるド天然の二つ名を持つ、参ノ国の王女レネーゼこと、シンジラレネーゼ=マジ・ドゥテンネンだった……

 コイツ、参ノ国の大使になったのをいいことに、この執務室のある館にずっと住み着いているんだよな。


「なんだ、帰っていたのかマイ・ダーリン。新妻を置き去りにして何日も家を空けるとは、まったく新婚早々イヤラしい男だ!」


 まあ…… きっと、こんなことになるんだろうな、とは思っていたよ。

 サヨウナラ、シーナの淡い恋心。


 フッ、別にいいのさ。どうせ俺がモテるシチュエーションなんて、誰も望んでないだろうよ。所詮しょせん俺は道化師と書いてピエロなのさ。カタカナで書いてもピエロなのさ。ああもう、なに言ってんだろう、俺。


「でも、ワタシはそんなイヤラしいダーリンも大好きだから、何の問題もないぞ。いや、むしろ好都合だ! なんなら今すぐ、レッツ・プレイだ!」


「おい、お前、いい加減にしろ! 俺が一人で黄昏たそがれてるからって、好き勝手なこと言ってんじゃネエよ! 俺とお前は赤の他人だろ!? ほら見ろ、キタノ国のみなさんが勘違いしてる…… あっ!」


 シーナが忿怒ふんぬ形相ぎょうそうで俺を睨んでいる……

「この浮気者!!! 私という者がありながら、いったいどういうことよ!!!」


 え? やっぱり俺たち、付き合ってたのか?

 そんなボケたことを言っている場合ではないのはよく理解している。


 ここで、更によくない報告をしなければならない。

 ドア付近をよく見てみると、『ケッ、やっぱりハーレム展開になるんじゃない。これだから男の異世界転生者は……』とでも言いたげな、とても冷めた目で俺を見つめる委員長こと、女性転生者、前田綺蘭羅キララの姿があった。


 もう、どうにでもなれ。

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