あれだけはきっとガチ

「ち、ちょっと待ってよ、アイシュー。ウチさあ、説明が下手なんで、上手く伝わらないかも知れないんだけど——」

 ウチはアワアワしながらも、なんとかアイシューへの説得を試みる。


「——ウチはいい加減な気持ちで、アイシューにニシノ国を任せたいと思ったんじゃないんだよ? アイシューはウチが今まで出会った人たちの中で、ダントツでしっかりしてるんだよ。それでいて優しいし、テラにも真っ当な意見を言えるし」


「そんなの、テラ様に真っ当な意見を言える人なんて、いっぱい…… あれ?」


「ほらね。ホニーはテラのボケにツっこんだりあおったりしてるだけで、まともなことは全然言ってないでしょ?」


「……確かに」


「チョット! アタシだってたまには…… あれ?」

 さっきまで爆笑していたホニーが、勢いよく口を挟んできたけど……

 やっぱり、真っ当なことを言った覚えはないようね。


「女神にちゃんとした意見を言えるヤツなんて、きっとアイシューしかいないと思うよ」


「わ、私は意見を言っているのではなく、テラ様がお調子に乗りすぎていらっしゃる時に、お止めしているだけで……」


「そうそう、テラはお調子者だから、アイシューみたいにテラを諌めてくれる人が必要なのさ」


「そ、それなら、私たちのパーティリーダーのカイセイさんが適任だと思います!」


「チョット、アンタなに言ってんのヨ! テラ様とカイセイがオモシロ口喧嘩を始めたら、全然止まらないじゃない!」


『痴話喧嘩だなんて、そんな——』


「テラ様はちょっと黙っていて下さい」

 アイシューが冷静に、テラの言葉をさえぎる。


『……ハイ』

 テラのお口、封殺。

 ほら、やっぱりアイシューはスゴいじゃない。


「でも、私にそんな大役なんて……」

 アイシューはまだ困惑している様子だ。


 そんなアイシューを見たホニーが、また大声を上げる。

「ああもう! アンタ、なにウジウジしてんのヨ! アンタはインチキ王国の公爵でショ! ニシノ国をアンタの領地『アイシュー公爵領』にして、インチキ王国の一部にすれば良いだけじゃない! そんでもって、領地経営はクローニン侯爵あたりに丸投げして、アンタはデデーンと偉そうにしとけばいいのヨ!」


「えっ! アイシューって公爵だったの? なら、ホニーの言う通りにしたらいいじゃない。なんだ、ホニーもたまにはいいこと言うのね」


「チョット! たまにはって、どういうことですカ! って、あれ、マエノー様? なんでそんな残念そうな顔をして、アタシを見てるんですカ?」


「いや…… ウチはてっきり、『そうそう、アタシもたまにはいいことを…… って、なんでたまになんだヨ!?』とか、ノリツッコミするのかと思っていたんだけど……」


「ぐぬぬ…… ひょっとして、今のはマエノー様からのナイスパスだったのかしら……」


「いや、そんなに悔しがらなくても……」


 そんなおバカな会話を続けていたウチとホニーに、アイシューがまた眉を吊り上げ、

「もう! 今はよくわからない日本ネタを披露し合っている場合じゃないでしょ!」

と、お怒りの言葉を投げつける。


「ゴメンよ、アイシュー。ホニーがいいことを言ったから、ちょっとご褒美でもあげようかなって思ったのよ……」

 でも、どうやらホニーはもう少しお笑いの勉強をした方がいいようね。

 なんてことは置いておいて。


「アイシューは元女神のウチに対しても、そうやってはっきりモノが言えるんだ。アイシューなら、世の中のどんな権力者に対してもちゃんとノーって言えるだろうさ。だからホニーの言う通り、細かな政策なんかは誰か有能な行政官に任せてもいいから、アイシューにはニシノ国の舵取りというか…… 国が間違った方向に進まないよう、大きな針路を示して欲しいなって思うんだよ」


 思案顔のアイシューを横目に、なぜかまたホニーが口を開いた。

「……マエノー様。今度はどの部分に、アタシへのナイスパスが含まれているのでしょうカ? 嗚呼ああ、アタシは日本文化マスターのはずなのに、まったくわからないワ……」


「1ミリたりとも含まれてないよ…… ご褒美は1回だけだよ。悪かったね、ちょっと期待させちゃって。ほら、アイシューが怒ってるから、もう日本ネタはやめようね」


「ああもう、わかりましたヨ! ねえ、アイシュー。アンタが断ったら、また変態教皇たちがこの国を支配しちゃうじゃないのヨ! アンタ、それでもいいの?」


「おい、奇妙奇天烈なる赤毛の小娘よ。マエノー様が後事を託されたのは水の聖女アイシュー様であって、キサマではないのだからな? あまり調子に乗った物言いをしていると——」


「もう、教皇は大人げないよ。ホニーはまだ子どもなんだから大目に見てやりなよ」


「チョット、マエノー様! アタシを子ども扱いしないでよネ!」

 プリプリした様子で、ホニーが叫び声を上げると、


「ほら、ホニーだって、マエノー様にはっきりと意見しているじゃないですか!」

と、アイシューが反論めいたことを口にしたんだけど……


「これは意見じゃなくて、癇癪かんしゃくみたいなもんじゃないの」

 うーん…… どうすれば、アイシューがウチのお願いを聞いてくれるのだろうか。


 ウチがそんなことを考えていると——

『お取り込み中、大変申し訳ありませんが——」

 天空からテラの大変申し訳なさげな声が聞こえてきた。

『——そろそろ時間がなくなってきましたので、話をまとめさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか』


 そう、ウチはあくまで羽伊勢の交代要員なのだ。

 有給を使って日本へ行った羽伊勢がこの世界に戻って来たら、ウチはこの世界から去らねばならない。


『ねえアイシューさん、あなたがニシノ国で宗教的な指導者になるべきなのか、それとも政治的なリーダーになった方がいいのか、私にはまだよくわかりません。でも、私にとってアイシューさんが必要なことに変わりはないのです。ねえ、アイシューさん、ザックリした言い方しか出来ず申し訳ないのですが、どうか私と一緒に、ニシノ国のみなさんのために働いて下さいませんか?』


「そんな…… そんなことをテラ様に言っていただいたら、断ることなんて出来る訳ないじゃないですか……」

 うつむきつつも、少し頬を染めらがらアイシューはそう答えた。


 いいな、テラは。

 アイシューみたいな、いい子に尊敬されて。

 いや…… でもウチにだって性癖はちょっとアレだけど、ウチのことを第一に考えてくれる人たちがいるじゃないか。

 もう、テラを羨ましがるのはやめよう。


「もう時間がないってことは、そろそろ羽伊勢が帰って来るんだね。よかったね、ホニー。アンタが大好きなパイセンが帰って来るってさ。きっと取れたてホヤホヤの日本ネタを持って帰って来ると思うよ。これからも、羽伊勢と仲良くしてやってね」


「チョット、なに言ってるんですか、マエノー様!」

 あ、ウチってば、ちょっとエラそうな物言いになってたかな?


「アタシはマエノー様のことも大好きですヨ! 今度この世界に来られた時には、もっと日本の話を聞かせて下さいネ!!!」


「ありがとう、ホニー。じゃあ、ひとつだけ言っとくけど、日露戦争後に結ばれた条約は、下関条約じゃなくて、ポーツマス条約だからね!」

 実を言うと、ずっとホニーの間違いを訂正したくてウズウズしていたのだ。


「あああっっっ!!! シマッタ!!! アタシってば、得意げに正露丸の説明をしておいて、こんな肝心なことを間違えてたなんて…… マエノー様! 今度会った時には、もっとスっごい日本文化マスターになってますからネ!」


「ふふ…… まあ、ほどほどにね」


「あ、あの、マエノー様! 私にこんな大役が務まるかどうかわかりませんが…… でも、マエノー様のご期待に少しでも応えられるよう、精一杯頑張ります! わ、私にご期待いただき…… 本当は嬉しかったです!」


「ふふふ…… アイシューなら、きっと出来ると信じてるよ」


「では我々は、マエノー様がまたこの世界に来られる日に備えて…… そうですね、まずはイチゴシロップの研究に励むと致しましょうか」

 微笑みを浮かべた教皇が、ニシノ国の幹部たちを代表するように、ウチの向かって別れの言葉を手向けてくれた。


 ウチは両まぶたをグッと閉じる。

 そして教皇たちをしっかりと見つめ、お腹の底に力を込める。


「今まで素直に言えなかったけど…… ウチはみんなのおかげでなんとかやって来れたんだ!!! 本当に、心からありがとう!!!」


「「「「 マエノー様ぁぁぁ!!! 」」」」


「なんだぁぁぁ!!!?」


「「「「また、キャラが崩壊していますぞぉぉぉ!!!」」」」

 そう言いながら、教皇たちニシノ国の幹部たちは、涙ながらにウチの瞳に笑顔を届けてくれた。


「ウッセエんだよぉぉぉ!!!」

 そう叫びながら、ウチも笑顔で涙を流した。



 そうだよね。湿っぽくお別れするよりも、気合いの入ったサヨナラをする方がウチらしくていいのかも知れないね。

 まったく…… アンタたちはウチの心をよく理解してるよ。


 ウチを楽しませるための演出をさせたら世界一だね、アンタらは。

 教皇たちとドタバタ過ごす毎日は、本当に楽しかったよ。


 大方、性癖がドMだってのも、ウチを楽しませるための演出だった…… いや、違うか。あれだけはきっとガチだな……

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