極悪女神

「マエノー様、準備ができました」

 そう言って、教皇はウチにマイクのような形をした魔道具を差し出した。


 教皇たちが聖堂会の建物の中に入って行ったのは、今からだいたい5分ほど前。

 通信機器の準備をするには、あまりにも時間が短すぎるような気もするが……


「ご安心下さい。マエノー様をたばかったりはしていません。我々はいつマエノー様が戻られてもいいように、いろいろと準備をしていたのです」


「……ありがとう。でも、これからウチは——」


「皆まで言われずとも、わかっておりますよ。それではどうぞ、マエノー様の胸の内を全ての聖堂会へお伝え下さい。我々ニシノ国の聖堂会は『正統聖堂会』と名称を変えましたが、もちろんヒガシノ国はじめ、すべての人間族領にある聖堂会にマエノー様のお声が届くよう準備しておりましたので」


 そう言って教皇は笑った。不覚にも…… 素敵な笑顔だと思った。


「……わかった。じゃあ、ウチはテラに高評価をつけてもらえるよう、最後の仕事を頑張ることにするよ。なんてったって、ウチの人事異動がかかってるんだからね」


『あの、ヒビキさん? そのように気合いを入れていただかなくても、私は高評価を——」


「もう、テラ様! 少しは空気を読んで下さい!」

 テラがアイシューに怒られた。

 まったく、困った女神様だこと。


 それにしても、アイシューは本当にしっかりした子だと思うよ。

 うん、アイシューなら、きっと大丈夫だ。

 アイシューなら、きっとこの後に起こるであろう全てのことを、上手くやってくれるはずだ。



「あー、テステス。みなさん、ウチ…… いえ、私の声が聞こえますか?」

 ウチはマイクに向かって、自分の言葉を投げかけた。


 本当に聞こえているかどうかわからないけど、きっと教皇たちが上手くやってくれたと信じよう。


「私はマエノー。元女神のマエノーです。今日はみなさんにお詫びしたいことと、お願いしたいことがあり、皆様の元へ私の言葉をお届けさせていただきます」

 よし、出だしはこんな感じでいいだろう。


「本当はみなさんの元へ直接うかがいたいのですが、私がこの世界に留まることを許された時間はあまり長くありません。どうかご理解下さい」

 さあ、挨拶っぽい話はこれで終わりだ。


「それでは本題に入ります。みなさんご存知のように、以前私は新しい魔法を考案しました。しかしその魔法を付与したのは人間族だけでした。これは人間族がこの世界の支配者になることを望んだためではありません。私の力が及ばず、他の種族に付与することが出来なかっただけなのです」

 そう、ウチの『神聖力』が足りなかっただけなんだ。


「私の責任で、種族間の争いが起こってしまったことをとても申し訳なく思っています。皆様、本当に申し訳ありませんでした」

 そう言った後、ウチは少し間を空けた。そして——


「現在の女神テラは、私とは違いとても力のある女神です。私では成し得なかった、すべての種族への新魔法の付与を成し遂げてくれました。私はテラにとても感謝しています」

 これは偽りのないウチの気持ちだ。テラには直接言えなかったけど……


 ウチの言葉を聞いた教皇の側近から、

「マエノー様は、テラ様を憎んではいなかったのですね…… それなのに、我々は……」

 そんな声が聞こえた。

 アンタたちが悪いんじゃないよ。見栄を張って自分の本心を隠してきたウチが悪いんだよ。だから誤解させちゃったんだよ。


『ゴメンね……』と心の中でつぶやいた後、ウチは更に話を続けた。



「テラは少しポンコツ…… いえ、少しユニークなところがありますが、その心根はとても清らかで、この世界の平和と安定を心から望んでいます」

 言葉の選び方って、難しいものね……


「みなさん、どうかテラを信じて下さい。テラの元で、この世界に平和がもたらされることを、私は心から願っています」

 よし、ここまでは自分の気持ちを素直に表現出来たんじゃないかな。

 さあ、いよいよここからが本番だ。


「これはニシノ国の方々に申し上げます。天界への信仰はテラへ、そして地上での信頼はどうか………… どうか水の聖女アイシューに向けて下さい」


「えええーーー!!!」

 アイシューが驚いた声をあげているが、ウチは構わず話を続ける。


「水の聖女アイシューは、テラと志を同じくする者です。必ずニシノ国に平安をもたらしてくれるでしょう。皆様にご迷惑をおかけした身ではありますが、皆様がこの世界で平和に暮らせるよう、遠い場所からいつも願っています。この世界に住む全ての者に幸福あれ!!!」



 ♢♢♢♢♢♢



「ふぅぅぅーーー」

 マイク型の魔道具を口元から離し、大きく息を吐いた。

 そして、教皇たちニシノ国の重臣たちに顔を向ける。


「みんなには、本当に悪いと思ってるよ。ウチのことを本当に心配してくれてたのに…… でも、ウチはこの世界のことは、全てテラに任せたいと思ってるんだ。だから、これは命令とかじゃなく——」


 ウチの言葉をさえぎるように、教皇は微笑みを浮かべながら『シッ!』と言って、人差し指を唇に当てた。


 あっ、しまった。

 まだマイクっぽい魔道具がオンの状態(?) のままなのか?


 教皇はゆっくりとした足取りでウチに近づき、ウチからマイクっぽい魔道具を受け取ると、無言で——


 ——バッキィィィ!!!


 魔道具を破壊した……


 なんだか、エラくワイルドな壊し方なんですけど。

 ひょっとして、教皇ってば怒ってる?


「まったく、マエノー様は相変わらずそそっかしいですな。最後の一言も、信徒たちに聞かれてしまいましたぞ。ですが…… マエノー様をよく知る者なら、きっとマエノー様らしいと懐かしく思ったことでしょう」

 そう言って笑う教皇。


 ウチって、そんなに凶暴なヤツだと思われてたのかよ…… って、いや、それは今、どうでもいいか。


「我らが聖堂会高位の役職を与えられたのは、ひとえにマエノー様への忠義によるもの。ゆえに、我らはどこまでもマエノー様のご意志に従います。マエノー様がお望みになられる世界の実現には、もはや我らは必要ないでしょう」

 教皇の後ろに控えている幹部たちもうなずいている。


「みんな…… すまない、いや…… ありがとう!」

 涙が出そうな瞳にグッと力を入れ、そしてウチはお腹の底から次の言葉を放つ。


「あのさあ、ウチは史上稀に見る極悪女神だからさあ、ソコの建物の中にはウチの隠し財産が結構あるんだよね。それ、退職金代わりにアンタらにあげるから、ウチせいで職を失う他の幹部連中たちにも分けてやってくれよ。なあテラ、聞いてるんだろ? それぐらいの悪事には目をつむってくれよ」

 ウチが大空に向かってそう言うと——


『うおーーーん!!! 私は何も聞いていませーーーん!!! 今日から私も極悪女神の仲間入りですぅぅぅーーー!!!』


 いや、別に仲間入りとかしなくていいよ。

 というか、ウチが極悪女神ってことは確定なのか?


「まったくテラは喜怒哀楽が激しいんだから…… まあ、テラも納得してくれたってことで——」

 ウチはこれで話を終わらそうとしたんだけど……

 あれ? なんだかウチの背中に悪寒が走ってるんですが……


 振り向くとそこには——


「いい話になりつつあるところ申し訳ないのですが、そろそろ私のことも思い出していただけますか?」

 ——顔面を真っ赤に染めた、怒れるアイシューの姿があった……


 その隣には、怒れるアイシューを見て腹を抱えて笑っているホニーがいた……



「どういうことか説明して下さい!!!」

 憤怒の表情でアイシューが食ってかかる。


「い、いやさあ、アイシューってしっかりしてるから、きっとニシノ国の治世って言うの? なんて言うか…… そう、総理大臣みたいなポジション? みたいな感じでちゃんとやってくれるかな、とか思って、ハハハ……」


「なんてザックリとした説明なんでしょう!? そんなヤッツケ仕事みたいな感じで、一つの国をどうにか出来る訳ないじゃないですか!!!」


「いやほら、さっき自分で『水の聖女』って呼ばれてたって言ったじゃない。きっと聖女なんだからなんとかなるよ。なあ、みんなもそう思うだろ?」

 ウチは教皇たちに助けを求める。


「ええ、その通りだと思います!」

と言った教皇に続いて、


「ヨッ、水の聖女様!」

「水の聖女様、サイコー!」

「俺、最初から水の聖女様がこの国を治めるべきだと思ってたんだよね」

と、幹部たちも口々にそういうのだが……


「あなたたち! 退職金がもらえるからって、浮かれてるんじゃないわよ!!!」

 アイシューに怒られた……


 ホニーはまだ爆笑していた。

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