場の空気を読める人

 疲れた。

 ウチは本当に疲れたのだ。

 それと同時に、なんだかすべてが、もうどうでもいいやと思えてきた。


 女神だった頃、みんなにナメられてはいけないと思い、虚勢を張って生きて来た自分がバカみたいに思える。


「あのさあ、ウチは本当に疲れたんだよ。なんだかすべてがどうでもよくなったんで、もうこれまでのことをみんなぶっちゃけるよ。あ、教皇、そんな期待した顔しても、お前が期待してるような特殊ワードは出てこないからな?」


 此の期に及んでまで、このドMは何を期待してるんだか……


「アイシュー、ホニー、そろそろ地上に降りようか。もう顔を見られちゃったんだし、高速で逃げる必要も無くなったからね。さあ、教皇も幹部たちも早く立って。もう正座はしなくていいから」


「「「「 いいえ、お構いなく 」」」」


「早く立てって言ってんだろ!!!」


 教皇たちが歓喜の表情を浮かべながら立ち上がり始めた。

 ちょっとキモチワルイので、ウチらは教皇たちから少し離れた場所へと降り立つことにした。


 そして、ウチは教皇たち聖堂会幹部に向けて話し始める。

「あのさあ、実は女神には『神聖力』ってものがあって、ウチは火・水・風の新魔法を作るのに、ほとんどの神聖力を使っちゃったんだよね。神聖力は女神の力量に応じて大天界から付与されるんだけど、なんせウチは、女神の使徒から昇格したばかりの駆け出し女神だったから、元々神聖力はちょっとしかなかったんだ」


「あの、マエノー様。そこまでぶっちゃけて、いいのですか?」


「いいのよ、アイシュー。それでさあ、下界の人々にこの新魔法を付与するのにも、神聖力が必要だって後から知ったんだけど…… 気付いた時にはもう、神聖力がほとんど残ってなくてさあ…… なんとかウチを信仰する人間族に魔法を付与するだけで精一杯だったんだ。そういえばあの時、羽伊勢のヤツにエラく怒られたっけ……」


「あっ、やっぱりパイセンがここで登場するのネ! きっとパイセンは——」


「黙って、ホニー。それでさあ——」

 ホニーがムッとした顔をして、『アタシの扱いが雑だ』と言ってけど、ここは放置だ。


「——なんだか人界がヤバい状態になっちゃったけど、ここで気弱なところを見せちゃいけない! なんて思っちゃってさ…… だから、魔法を付与した人間族が多種族を指導・監督して行けばなんの問題もないなんてこと言っちゃんたんだ。だからウチは、初めから人間族だけを贔屓したかった訳じゃないんだよ。でも…… 最終的には種族間の紛争に発展しちゃって…… ホント、この世界を混乱に陥れたのは、虚栄心と自分の保身しか頭にない、心の弱いウチのせいなんだ」


「そんなことはありません!!! マエノー様は——」


「待って、アイシュー! ありがとう、でも最後まで言わせて。いい? 教皇とそれから聖堂会の幹部たち。ウチはみんなにナメられてはいけないと思って、虚勢を張ってエラそうなことを言ってただけなの。だから本当はドSでもなんでもないのよ。結局のところ、ウチはアンタらにも嘘をついてたの。本当にごめんね。あ、でも、こういう言葉は、アンタたちにとってはあんまり嬉しくないのかな? あれ? どうしたの、アンタたち? 体をプルプル震わせちゃって——」



「「「「 ギャップ萌え、キターーー!!! 」」」」



「……………………まったく、テメーらときたら」

 ウチの心の底からほとばしる後悔の告白を台無しにしやがって……

「テメーらはナニか? 新しい性癖にでも目覚めたのか? ああもう、真面目な話はヤメだ!!! テメーら全員お仕置きしてやる!!! もう一度正座だ、全員そこに並びやがれ!!!」


「「「「 はいっ! 喜んで!!! 」」」」



「ねえアイシュー。やっぱり正統聖堂会の信者って、みんなドMなのよね?」

「もう! こ、この場面でそんなこと、私に確認しないでよ……」


 ウチはドSじゃなくて、単に短気なだけなんだろうな……



 さて、今まで誰にも言えなかった後悔のような感情をすべて吐き出し、ウチはスッキリしたんだけど、そんなウチの顔を、アイシューがなんとも言えない表情で見つめている。


「もう…… そんな顔しないでよね。ウチは思ってたことを全部ブチまけて、スッキリしたんだから。なんなら笑ってくれてもいいのよ? 女神なんて大層なことを言っても、所詮はそんなものかってね」


「……そんなことは」

 あ、余計にアイシューを萎縮させちゃったかな?


 それから、『笑ってもいいのよ?』なんてことを言うと、全身ギャグマシーンみたいなホニーが『ここはアタシの出番ネ!』って感じで、大笑いするかと思ったんだけど……

 流石のホニーも、そこまで非常識じゃないみたいね。


 そんなことを考えていると……



『アハハハハハハーーー!!!』


 ……とても非常識な笑い声が、遥か頭上の某天界あたりから聞こえてきた。


「ふう……」

 ウチは一呼吸入れた後、大空へ向け言葉を放つ。

「このポンコツ女神!!! 今のは物の例えでしょうが! 本当に笑ってどうすんのよ!!!」


『え? 今、マエノー様が笑えとおっしゃったのに、誰も笑わないから…… ここは場の空気を読める私の出番かな、と思いまして』


「全然、出番じゃないわよ! アンタが一番、場の空気を読めてないんだよ! それにしても、なんでアンタがここで登場するのさ。ニシノ国にはアンタの信者がいないから、この土地の様子は天界からは見えないんじゃ…… あっ、そうか! アイシューとホニーはアンタの信者だから、二人の周囲の様子は見えるのか! あああっっっ、だから冒険者パーティをお供に連れて行けって言ったのね!」


『ピンポーン!』


「まったく…… アンタの物言いは、相変わらずイラっとするわね……」

 テラは相変わらずポンコツ全開のようだ。

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