ご褒美は人それぞれ
それにしても、教皇のドM野郎は別として、アイシューとホニーはウチに対してちょっとビビり過ぎだと思うんだけど。さっきまでの態度とは大違いじゃない。
やっぱり元女神って、そんなに威厳のある存在なのかしら。
……いや、違うわね。
ウチの評判が悪過ぎたんだ。
勝手気ままに権力を振るってきた悪名高い元女神を怒らせたら、とんでもないことをされかねないって思ってるんだろうな。
よし、それなら、ここは『ウチだってちょっとは優しいところもありますよ』的なアピールでもしてみますか。
「教皇、土下座は中止だ。早く頭を上げな。それからホニーもクネクネしなくていいから」
と二人に告げ、風魔法を使ってアイシューを元の体勢に戻した。
「あのさあ、アイシュー。ウチってそんなに怖がられてたのかな? まあ、ウチが女神だった頃はロクなことをして来なかったから、自業自得と言えばそれまでなんだけど——」
「そんなことはありません!!!」
うわっ、ビックリした!
今度はアイシューが大声をあげた。
「私はマエノー様が怖くて、ホニーや教皇に魔法を向けたのではありません。二人があまりにも失礼だと思ったのです。私はこれでも第三世代女神マエノー様と現世代女神テラ様にお仕えしていた元聖堂士です。今はもう聖堂士ではありませんが、それでもマエノー様を崇拝する気持ちに変わりはありません」
アイシューは毅然とした態度でそう言い放ち、自信と慈愛に満ちた笑顔をウチに向けた。そして——
「確かにマエノー様がこの世界を統治なされた時代、人間族以外の種族から不満が出たことは存じています。でも、マエノー様が考案され、そして私にお与え下さった水魔法のおかげで、少なくとも人間族の生活は飛躍的に向上しました。慢性的な水不足や干害で苦しむ村々が、どれだけ救われたことか!!!」
興奮気味に話すアイシュー。
きっとこの子が水不足で悩む村々を訪れ、水魔法を使って村人たちを救って来たんだろうな。
なんだろう…… ウチ、ちょっと涙が出そうだ。
いや、もう出てると思う。
かなりいっぱい出てると思う。
ウチがやってきたことも、まんざら悪いことばかりじゃなかったのかな。
ありがとう、アイシュー。
ちょっと救われた気分だよ。
涙を流すウチの様子を見た教皇が、
「どうしたのですか、マエノー様!?」
と、地上から声を上げた。
なんだよ…… お前、ウチのことを心配してくれてるのか?
ウチのことを気にかけてくれる人間もいるんだな。
なんだかちょっと嬉しいよ。
ウチの心を知ってか知らずか、教皇は真剣な表情でウチの目を見つめ、そして重々しく口を開いた。
「……マエノー様、キャラが崩壊していますぞ?」
「……………………は?」
「我らは人を虫ケラのように扱われるマエノー様のお人柄に惹かれたのでして、そんな穏やかな表情をされましては、拍子抜けと言いますか……」
「テッメェェェーーー!!! ウチのちょっとイイ話が台無しじゃネエか!!! テメーに人の心を期待したウチがバカだったよ、チクショウめ!!! テメーはそこで正座しながら反省だ! そうだな、ついでに人間に生まれてきたことを後悔しつつ、『来世は排泄物にたかる、うんこバエにして下さい』って心の中で祈ってろよ、このクソ野郎!!!」
「はい! 喜んで!!!」
嬉々とした表情で正座を始めた教皇。
しまった…… 逆効果だった。
コイツはドMだったのだ……
喜ばせてどうすんだよ。
おや? なんだか嫌な視線を感じるんだけど……
あ…… アイシューがとても冷たい目で、ウチのことを見ている……
「違うの、ねえ、本当に違うのよ、アイシュー。ウチはそんなに下品な人間じゃないの。コイツと喋ると、ついイラッとして、若干お下劣な言葉が出ちゃうの。本当よ、信じてよ、ねえ、アイシューってば!!!」
「べ、別に、マエノー様を下品だなんて思ってないと言うか…… あ、いえ、ちょっと驚いただけですので、どうかご心配なく」
アイシューってば、顔を引きつらせながら、無理やり言葉をひねり出しているようにも見えるけど……
顔をヒクヒクさせながら、アイシューが話を続ける。
「き、教皇は珍しい性癖を持っているようですが、マエノー様をお慕いする気持ちは本物のようですし…… わ、私同様、もっとノーマルな人々も、きっとマエノー様のことを愛していると思います! そうに違いありません!」
なんだかアイシューに気を遣わせてしまったような気がする……
「ほら、ご覧下さい、マエノー様!——」
アイシューが聖堂会の建物を指差している。
「——建物の中から、マエノー様を慕う方々が息を切らせて出て来ましたよ!?」
本当だ。さっき建物の中に戻って行った側近の男が、大勢の者を従えて戻って来たみたいだ。
ウチを見たソイツらが驚いた顔をして、口々に何か叫び出した。
何を言っているのだろうと思い、耳を澄ませてみたところ……
「マエノー様! どうか私めも罵倒して下さい!」
「私には辱めの言葉を!」
「
別に大事なことでもなんでもないが、念のためもう一度言おう。
聖堂会の幹部とか言ってエラそうにしているコイツらも……
そう、やっぱりドMなのだ。
「ねえアイシュー。ひょっとして聖堂会の信者たちって、みんなドMなの?」
「も、もうホニーったら、そんなこと、私に聞かないでよ! 少なくともヒガシノ国の聖堂会には…… その…… ど、ど、ドMの人なんていなかったわよ!!!」
まさか聖堂会の一般信者まで、不当な誤解を受ける事態になろうとは……
「これ以上の醜態を晒すのは、もうやめてくれ! 恥ずかしいだろ!?」
ウチは幹部たちに向かって心からお願いをし、そして大事なひと言を付け加える。
「特に最後のヤツ! ウチは鞭なんて使ったことないでしょうが!」
ウチは必死に我が信者たちと自分の尊厳を守ろうと思ったのだけど、そんなウチの発言を聞いたアイシューがひとこと。
「……じゃあ、言葉責めは、なさっていたのですね」
「
「チョットォォォーーー!!! マエノー様は日本から来た転生者だったのぉぉぉ!!!? ?? アタシ、初耳なんですけどぉぉぉーーー!!!」
「うるさいんだよ、ホニー! 今、大事なところなんだよ! いちいち日本ネタに反応すんなよ! それから、ウチが元女神だってわかった時より、なんで驚きの度合いが大きいんだよ!!! ちょっと落ち込むぞ!!! 人の話は最後まで——」
「マエノー様! なにとぞ、この教皇めにも、そのキツめのお叱りを下さいませ!」
「「「私どもにも、どうかご褒美を!!!」」」
「うるせえなあ! ああもう、お前らみんな今からお仕置きだ! ここに並んで正座しろ!!!」
「「「 はい、喜んで!!! 」」」
アイシューの氷のように冷たい視線が、ウチの背中に突き刺刺さった。
アイシューは目からも水魔法が出せるのだろうか?
そんな訳あるもんか…… でも、それほどアイシューの視線は冷たかったのだ。
さっきまでの自信と慈愛に満ちたアイシューの笑顔よ、早く帰って来ておくれ……
「疲れた…………」
精根尽き果てたウチの口から、虚しいひと言が溢れた。
何だかとっても疲れたんだ。
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