正体がバレたけど、もういいや

 ウチとホニー、アイシューの3人は、只今宙に浮いたまま、教皇側近の男の頭上で審議中。

 審議の内容は、実はホニーってお利口じゃないのか疑惑について。

 ……ウチら、いったい何やってんだか。


 ウチらの話し声が聞こえたのだろう、ひとりの男が聖堂会の建物の中から飛び出して来た。

 ヒョロッとした貧相な体格で、オドオドした様子の冴えないこのオッサン。

 コイツこそ、ウチらが探していたニシノ国の最高権力者、聖堂会——今は正統聖堂会って言うんだっけ——の教皇である。


「教皇様! マエノー様がお戻りですぞ!」

 側近の男が興奮気味に、教皇に声をかける。


 教皇ったら間の抜けた顔してウチの方を見てるじゃないか。

 あーあ、教皇に見つかっちゃったよ。


 でも——

 ……ホニーと喋ってたら、なんだかもう、全てがどうでもよくなってきたわ。


 そんなウチの心の内など知らない教皇が感極まった表情で、

「マエノー様! 間違いない、あなた様はマエノー様ではございませんか!!! 窮地に陥った我々を救うため、この世界に戻って来て下さったのですね!!!」

と、言うんだけど……


「え? 違うよ? ウチは業務命令で、仕方なくここに来ただけだから」


「おぅふ! いつもながら、なんとも素っ気ないお言葉…… まるで私のことを、そこら辺に落ちているゴミか、便所に湧き出る虫かのごとく扱われるその態度…… でも、それがいい! それがいいのです!!! やはり、あなた様は間違いなくマエノー様です!!!」


 もうおわかりだろう。教皇とかエラそうに名乗っているコイツは——

 そう、ドMなのだ。



「おい、お前!——」

 教皇が、近くにいた側近の男に言葉を向ける。

「——建物の中に入って仲間たちに今すぐ伝えろ! マエノー様が我々のため、この世界にお戻り下さったと!!!」

 まったく教皇のヤツ、余計なことを言ってくれちゃって……

 ウチは業務命令で仕方なくここに来たって言っただろ?


 そう、ウチが受けた仕事は教皇たち幹部の居場所をつきとめること。

 だから、これでウチの仕事は終わったのだ。

「ねえ、アイシュー。教皇を見つけたからこれで——」


「ははぁぁぁーーー!!!」


「うわっ、ビックリした!!! ちょっとホニー、急にどうしたのさ? なんで活きの良い車海老くるまえびみたいなポーズしてるのよ?」


「チョット! アタシのどこが甲殻類こうかくるいなのヨ! いえ、ですか! これは土下座してるのヨ! いえ、しているのでございます!!!」


「土下座って…… ここ空の上なんだけど」


「これまでの数々のご無礼、どうぞお許しください!!!」

 ウチの言葉など耳に入っていない様子のホニー。

 やっとウチの正体に気付いたようね。

 でも、どうやら空中では土下座ってやりにくいみたい。海中のワカメみたいにクネクネしながら、ホニーが必死に謝っている。


 昔のウチだったら、きっとこんな風に敬ってもらうのが当然だと思っただろうな。

 でも、ウチはもう女神じゃないんだ。


「いいよ、今更…… 実際、ウチはもう女神じゃないんだから」


 ウチの言葉を聞いた教皇が、

「何を言われますか、マエノー様! 我々の女神はあなた様だけで——」

と、地上から叫ぶが、その声をかき消すようにホニーが、

「我がヒトスジー家は、マエノー様が考案された火魔法のおかげで、伯爵位を得ることが出来まして——」

と、空中で大声を上げる。

 『今、アタシが喋ってんだから教皇は邪魔すんなよ』って感じだな。


「二人ともちょっと待ちなよ。二人同時に話すと話の内容がよくわからないじゃない」



 ウチがそう言ったにも関わらず、ホニーに自分の話をさえぎられた教皇がムッとした表情で、

「あなたほど我々に興奮と快感を与えて下さる、ドSな方は他になく——」

と、声を荒げれば、


 両眉をつり上げたホニーも、

「マエノー様の性格の悪さを差し引いても、我がヒトスジー家が受けたご恩は甚大で——」

と、腹の底から声を放つ。


 二人ともどれだけ負けず嫌いなんだか……

 ああもう、二人同時に喋ると…… って、あれ?


「ちょっと待てえぃ!!! 二人同時に喋ったら話の内容がわからないって言ったことをいいことに、なにドサクサに紛れて、ウチの悪口言ってんのさ! ウチはドSでもなければ、性悪女でもないからな!!!」


「「 またまたぁー、ご冗談でしょ? 」」

 今度は二人の声が重なった……


「なんだよ…… アンタら実は仲良しなのか?」

と、ウチがあきれながら言葉をもらすと、二人はハッとした表情を浮かべ、


「「 申し訳ありません! 調子に乗りましたぁぁぁーーー!!! 」」

と、教皇は地上で土下座し、ホニーはまた空中でクネクネし始めた。


「アンタら、本当は親戚だったりしないの?」

と、ウチは再びため息混じりに口を開くと……


 あれ? 今度はなぜかアイシューが初級水魔法の詠唱を始めたんだけど?


「ウォーターボール!!!」

 なぜかアイシューが絶叫。

 彼女の手のひらから放たれた水の塊が、ホニーと教皇の顔面にクリーンヒット。


「「 ごぶっ! 」」

 今度は二人仲良く変な声を上げた。


「マエノー様! どうかこれで、この不敬なる者どもを、どうかどうか、お許しいただきすよう、お願い申し上げます!!!」

 そう言いながら勢いよく頭を下げたアイシューであったが、ここは足場のない空中であったため、勢い余って逆立ちのような格好になってしまい……


「アイシュー、パンツ見えてるよ…… なんだかここまで怒涛どとうの展開すぎてイマイチついて行けないんだけど…… ウチ、そんなに怒ってないから、あんまり気にしなくて良いよ?」


「あ、ありがとうございます!!!」

 逆立ち状態のアイシューが必死にローブを手で押さえ、パンツを隠しながらお礼の言葉を述べた。


 ふと地上を見下ろすと、教皇の野郎が土下座しているくせに視線だけは宙に向けている様子が目に入った。

 アイツ…… アイシューのパンツをガン見してやがる……


 ウチは結構キツめの風魔法を教皇にお見舞いしてやることにした。

「ごぶぅぅぅ!!!」

 風魔法を受け、今度は教皇が絶叫した。

 ちょっとは反省しろってんだ、この変態め。


 しかし、教皇のヤツは、

「ご褒美ありがとうございます!!!」

なんて、嬉しそうに言ってるし……


 しまった…… 確か教皇は、精神的にはもちろんのこと、肉体的にも厳しめの攻撃が大好きな、筋金入りのドMだったな……

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