アイシューだけが頼りだから

「ねえ、アタシはホニーって呼ばれているんだけど、あなたのことは、いったい何て呼べばいいの?」

 赤毛のヤバそうなガキが笑顔でウチに尋ねてきたんだけど……


 あのさあ、ウチらは今、ニシノ国の上空を飛行してるんだよ?

 ニシノ国と言えば、アンタにとって敵国みたいなもんじゃないの?

 まったく緊張感のない娘だこと。


「好きに呼べばいいわ」

 面倒なのでウチはそう応えた。すると——


「じゃあ、せっかくだから『ギョウ虫確認便器』から一字をとって——」


「なんでそんなところから一字とるのよ! アンタ、単に『ギョウ虫確認便器』って、言いたいだけでしょ!!!」


「もう、ホニーったら失礼でしょ! いつもみたいに、ここからは日本ネタ禁止だからね!」

 青髪の少女アイシューが、なにやら当たり前のようにそう言ったんだけど……

 なんだ、日本ネタって?

 私の故郷はこのイカれた赤髪の娘に、いつもネタにされているのか?

 まあ、それはさて置き——



 ここではウチが前代の女神だなんてことは、口が裂けても言いたくないんだよね。なにせウチはヤラかし女神なんだから。

 それに、女神から降格させられたなんてことが知られたら、このオカシげな娘の格好のネタにされそうだわ。


「ああもう、わかったわよ。私のことはひびきって呼んでくれたらいいわ」

 疲れきったウチは、素直に日本にいた頃の名前を口にしたんだけど……


「えっっっ! それって日本人っぽい名前なんだけど、もしかして——」

「もう、ホニーったら! 日本ネタは禁止だって言ったでしょ! あなたは他人のプライバシーに対して無頓着すぎよ!」


 ……まったくアイシューってば、なんていい子なんでしょう。

 これ以上詮索されると、ウチが日本から来た転生者の元女神だってことがバレちゃうじゃない。


嗚呼ああ、アイシュー。ウチはアンタのような子と一緒に仕事が出来て、本当に嬉しいわ。そこのホニーって子の面倒はアンタに任せたから、後はよろしくね!」


「そんな、面倒なお荷物を押し付けるようなことを、とびきりの笑顔で言われましても…… あ、いえ、なんでもありません。あの、ヒビキ様、先程から少し質問したいと思っていたのですが、よろしいでしょうか?」


「ええ、良いわよ。なんでも聞いてよね!」


「チョット! なんかアタシとアイシューで、全然態度が違うと思うんですけど!?」


「さあアイシュー、早速出番よ! ちゃっちゃとホニーを黙らせて! さあ速く!」

 ウチは力強く、アイシューに丸投げした。


「あの…… ホニーは見た目ほどバカじゃないので、静かにするよう伝えるだけで良いと思うのですが…… そんなことより、私はパイセンさんから、ヒビキ様が偵察のエキスパートだとはうかがっているのですが、それにしても、こんなに無警戒で大丈夫なのですか? 地上から魔法の攻撃を受けたりしませんか?」


 偵察のエキスパートって、いったい何のことなのかしら……

 まったく羽伊勢のヤツめ、適当なことを言ってくれちゃって。


 ウチにとってニシノ国は勝手知ったる土地。ただそれだけのこと。この国の防衛拠点ぐらい記憶しているわ。

 ウチが女神だった頃は、ニシノ国の首都が人間族の中心だったのよ。だから他のどの国よりも、ニシノ国のことは熟知している。

 だから羽伊勢のヤツは、この面倒な仕事をウチに押し付けやがったんだろうけどね……


 大天界から伝えられた業務内容は、ニシノ国の調査並び教皇をはじめとする幹部たちの所在確認だった。

 ニシノ国の土地や重要人物をよく知るウチに、ピッタリの業務内容だと思ったよ。



 それにしても、ウチが女神だった頃は、本当にやりたい放題やってたわ。ニシノ国の首都にある聖堂会の大正殿で、ウチはエラそうに踏ん反り返っていたっけ。


 ……やめだ。昔のことを思い出すとなんだか切なくなってきた。

 ここは適当に誤魔化そう。

「ウチぐらいのエキスパートになると、どこに敵がいるかなんてあっという間にわかるから大丈夫よ。さあ、ニシノ国の首都はもう直ぐよ! 急ぎましょう!」

 フッ、うやむやにしてやったわ。

 でも、お子様たちには絶対に気付かれることはない————


「チョット、アイシュー! この人、女神の使徒のクセに適当なことを言って、アタシたちをたぶらかすつもりヨ! それにしても、なんて下手くそなお芝居なのかしら。この人ってば、きっと学芸会では木の役みたいなポジションしかさせてもらえないと思うワ!」


「もう、ホニーったら、なんてこと言うのよ! ヒビキ様は日本人じゃないでしょ! 『ガクゲイカイ』なんて、ご存知な訳ないじゃないの!」


 いや、その…… ウチ、日本から来た転生者でして……

 確かに学芸会では、村人とかその他大勢の役しかやらせてもらったことないんだけど……

 ウチってそんなに演技が下手クソだったのか?

 先生、友だちのみんな、迷惑かけてゴメンね……


 あれ? なんでウチ、こんなことで落ち込んでるんだ?

 ダメだ…… ホニーという少女と関わっていると、こっちまでおかしな気分になってしまう。


「…………アイシュー、後はよろしくね……」

 ウチはガックリと肩を落としながら、またアイシューに丸投げした……



 ♢♢♢♢♢♢


 それから大空を飛翔すること数分。ウチらはついにニシノ国の首都上空にたどり着いた。上空から街を見下ろすと、とても豪勢な建物に目を奪われる。あれが聖堂会の本部だ。

 まったく、無駄に贅沢なものを作っちゃって…… って、まあ、アレを作れって命令したのはウチなんだけど……


 上空から聖堂会本部眺めてみたところ、なんだか建物の周りで騒ぎが起こっているみたい。

 周囲を取り囲んでいる民衆が、口々にわめき立てているんだけど、何かあったのかな? 民衆の言葉に耳を傾けてみると——


「教皇様はどこへ行かれたのだ!」

「参ノ国への出兵が失敗して以来、側近の方々も含めて、教皇様のお姿が見えないらしいぞ?」

「ひょっとして、参ノ国からの反撃を恐れて逃げ出されたのか? まさかそんなことあるはずが…… いや、あの教皇ならあり得るかも知れん」


 そうなのだ。これは十分ありえる話だとウチも思うのだ。

 ウチは教皇とは親しい間柄だった…… というより、ウチがアイツを教皇に指名してやったんだ。だからウチはアイツのこと、よく知っているんだ。


 アイツを教皇にしてやったのは、ウチへの愛情が、そりゃもう異常すぎるほど深かったから。ただそれだけの理由。

 だからアイツは、ウチの言うことには何でも素直に従ったのよ。そう、どんな命令にも従ったわ。


 でも、性格はイマイチぱっとしない臆病なヤツだったから、もし自分の身に危険が迫ったと思ったら、間違いなく逃げ出すだろうね。


 ——ということは……


 参ノ国があるのは東の方角だから、逃げるとしたら西ということになるわね。

 確か、森林族との境界線になっている大山脈のふもとには、以前ウチが使っていた隠し資金の貯蔵庫…… コホン、聖堂会の重要拠点があったから、逃げるとしたら多分あそこね。


 よし、じゃあ更に西の方角へ向けサッサと出発して、この面倒クサイ案件を、チャッチャと終わらせてやろう。

 では、これから西へ向かうことを、お嬢様方に伝えるとしましょうか。


「アイシュー、聞いて。それからホニー…… は、まあ出来たらでいいから聞いて欲しいかな、あ、いや、そうでもないか……」


「チョット! なによ、その言いグサ! アイシューだけ依怙贔屓えこひいきしないでよネ! あ、ちなみに依怙贔屓の『え』の漢字は、さっきの『行にんべん』じゃなくて、ただの『にんべん』だから注意してネ。でも、これは特に何かの略になってるとか、そういうのはないの。しいて言うなら『人間の便——』」


「ああもう、うるさい! アンタはこれから日本ネタ禁止だけじゃなくて、シモネタも禁止だからね! いいか、ウ◯コ関係の話は二度とするんじゃないわよ!!!」

 まったく羽伊勢は、いったいこの子に何を吹き込んだのやら……


「とても素晴らしいお言葉です! 私、ヒビキ様を心から尊敬します!」

 そう言って、アイシューが尊敬の眼差しを向けて来た。


嗚呼ああ、アイシュー。アンタはいつもホニーと一緒にいるんだよね。アンタも苦労してるんだね、わかるよ、うんうん」


「チョットーーー!!! 二人で勝手に共感し合わないでよネェェェ!!!」

 ホニーの叫び声は、虚しくニシノ国の空へと消えていった。

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