幕間(説明回) ニシノ国について(中編)
アイシューからの日本ネタ禁止宣言を受け、ちょっと微妙な雰囲気に包まれた執務室。
そんな雰囲気を打ち破るように、会話再開の口火を切ったのは委員長だった。
「教皇様は女神様のお声が聞こえるとおっしゃっていましたが…… では、教皇様は前女神マエノー様のご神託を聞いておられたということでしょうか?」
「それはありえないっス——」
厳しい顔つきに戻ったパイセンが応える。
「——マエノー様は、もうこの世界にはいないっスから。第三世代女神マエノー様始め、第一、第二世代女神様たちは、他の世界へお移りになられたんスよ。だから、過去の女神様たちがこの世界の人々にご神託を授けることなんてこと出来ないんスよ」
「え? じゃあ、教皇様はテラ様からご神託を受けていたということですか? でも、ニシノ国ではテラ様を崇拝していないのでは? え? それってどういうこと……」
困惑の表情を浮かべる委員長。
「ニシノ国で暮らしてきたキララさんには言いにくいんスけど、ニシノ国の教皇がデタラメなことを言って、市民を支配してたってことっスね」
そんなパイセンの言葉を聞き、俺は少し納得した。
俺は『前回のターン』から、ニシノ国の教皇はとても怪しいヤツだと感じていたのだ。
実際『今回のターン』でも、この世界の事情をよく知らない委員長を聖騎士なんかに仕立て上げ、ニシノ国軍の指揮官として戦争に利用しようとしてたからな。
「なるほどな——」
納得がいった俺は、感想の言葉を続ける。
「——鎖国政策なんてことまでして、テラ様の情報をニシノ国の人々の耳に入れたくなかったんだな。国民の信仰がテラ様に移ってしまったら、自分の立場がなくなっちゃうもんな」
続けて『そんなことしなくても、たぶんテラ様を信仰する人なんてほんの一握りしかいませんよと、教皇に教えてやりたいものだ』と言いたかった。
しかし、ここは大人の対応をとり沈黙を貫くことにした。
きっと天界からテラ様が見ていることだろう。
もうカミナリをくらうのはゴメンだ。
「カイセイ氏の言う通りっスよ。教皇をはじめとする自称『正統聖堂会』の連中は、テラ様を女神だとは認めてないっスから」
「どうしてそんなことに……」
困惑の表情を深める委員長。
「第三世代女神マエノー様の時代、聖堂会の本拠地はニシノ国にあったんスよ。その結果、マエノー様大好き人間がニシノ国に集まったって訳っス。そういう連中たちは、マエノー様を差し置いて新しく女神になったテラ様が大嫌いなんスよ」
「あの、パイセン様。どうして女神がマエノー様からテラ様に変わられたのか、うかがってもよろしいでしょうか?」
「単なる人事異動…… なんて言っても納得してもらえないっスよね。まあ、いろいろあったんスけど、一番はマエノー様が人間族至上主義なんてことを声高らかに宣言したせいっスかね」
「それは俺も聞いたことあるよ。それが元で他の種族たちと争いが起こったんだろ?」
と、俺が尋ねると、
「そうっスね。特に獣人族の反発が強く、両種族から多数の死傷者が出て…… まあ結局のところ、マエノー様は人間族の力を過信してたんスよ」
と、ヤレヤレといった様子でパイセンが応じた。
ここで、俺が以前から感じていた疑問が頭をもたげた。
「なあパイセン、前から思ってたんだけど、女神様を交代させるとか誰を次の女神様にするとか、そういうことはいったい誰が決めるんだ?」
「そんなの、女神様の上司に決まってるじゃないっスか」
「え? 女神様より偉い人っているのか?」
「当たり前でしょ? いったいジブンが何のために天界で書類仕事してると思ってるんスか? ジブンが作った書類はすべて女神様の上司に提出してるんスよ? ホント、大変なんスからね?」
「ちなみに、女神様の上司はなんていう人…… というか神なんだ?」
「ん? 『大天界』にいる『大女神様』っスけど、何か?」
「じゃあ、その『大女神様』の上司は?」
「さあ? ジブンみたいな下っ端の使徒には、更にその上のことなんてわかるずないじゃないっスか」
「なんだかその台詞、日本にいた頃聞いたことあるな。確か取引先だった一部上場企業の地方営業所にいた係長だか主任だかが、同じことを言っていたような……」
「なんだか天界の仕事って、あんまり夢がないんですね……」
「ちょ、ちょっと! カイセイ氏もキララさんも、そんな同情的な目でジブンのことを見ないで欲しいんスけど! 確かに天界はあんまり夢のない職場かも知れないっスけど、サービス残業とかもないホワイトな職場なんスから。有給だってちゃんともらえるんスよ」
「あ、うん…… 確かに良い職場…… だな」
「そ、そうですね…… とっても働きやすそうな環境…… ですね」
「……なんかもうジブンの職場の話はいいんで、早く話を進めることにするっス」
ちょっと涙目になってないか、パイセン?
「そうだな。まあ、テラ様を崇拝するかどうかは個々人の問題だし、別にテラ様のことを尊敬出来ないという人がいても、それ自体は非難されることではないだろう。ホント、あのポンコツ女神様ときたら…… って、あ、ヤバイ! そういうことが言いたいんじゃないんですよ! 本当ですよ! と、とにかく俺が言いたいのは、『前回のターン』からニシノ国のエライさんたちは胡散臭かったってことなんだ!」
「なに慌ててんスかね、このお調子者は。まあ、それはさて置き、カイセイ氏の言う通り、『前回のターン』では、ニシノ国のヤツらは『聖剣は50年前に紛失した』と調子のいいことを言いやがるだけでなく、なんだかんだと言い訳ばかりして、結局、対魔人族戦役には一人の兵も出しヤガらなかった!!! ……スからね」
「ああ、まったくアイツら調子のいいことばっかりヌかしやがって!!! ニシノ国は魔人族襲撃の被害に遭ってなかったんだ! もし無傷のニシノ国軍が一緒に戦ってくれていれば、あれほど多くの同胞が死ぬこともなかった……………… すまない、少し感情的になっちまったようだ」
「お二人のお話はよくわかりました、それで——」
委員長は冷静に話を続ける。
「——その『前回のターン』で、ニシノ国から来た私も、やっぱり対魔人族戦役には参戦しなかったのですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
思わず言い淀んでしまった俺。
「私は真実が知りたいのです」
真っ直ぐな視線を俺に向ける委員長。
「わかった。じゃあ、正直に話すぞ。魔人族領への進軍が決まった時、ニシノ国だけは人間族連合軍への参加を拒んだことは、さっき話したよな? そんな状況を憂いた委員長は、教皇を説得すると言って、単身ニシノ国に乗り込んで行ったんだ……」
「その後、私はどうなったのですか?」
「それが…… わからないんだ…… 嘘じゃない、本当にわからないんだ」
責任感の強い委員長が逃げ出すはずがない。
監禁されたのか、あるいは殺されたのかも知れないと、当時の俺は考えていた……
「なるほど。なんとなく察しはつきますね。本当のことを教えて下さり、ありがとうございます」
そう言って、委員長は深々と頭を下げた。
「もちろん、教皇が怪しいと断定は出来ないんだけどな。ひょっとすると、教皇の取り巻き連中がなにか悪いことを考えていたのかも知れないし」
今まで『教皇様』を慕っていたであろう委員長が少し気のどくに思えて、俺はそんな言葉を伝えたのだが——
「いいえ、それはないと思います。ニシノ国では教皇様、いえ、『教皇』が絶対的な権力を持っていますから。私は何度か彼に会ったことがありますが、人の意見を聞くような人物には見えませんでした。何より、今回『女神様からの御神託が下った』と前置きした上で、軍を率いて参ノ国を支配下に置くよう私に命じたのは教皇です」
はっきりとした口調で委員長はそう応えた。
そして、ハァーと、ひとつ大きなため息をつき、
「ニシノ国の兵士を率いて参ノ国に攻め込むことが、テラ様のご意志に叶うことだと思っていたのですが…… まさかそれがテラ様のご意志に反することだったなんて」
と、少し哀しげな表情を浮かべて言葉を漏らしたその時——
——ガチャン!!!
執務室の窓ガラスが割れる音がした。
「なんだ、敵襲か!!!」
俺が大声を上げた次の瞬間——
——スィーーー…………
窓の外から謎の物体が、
謎の物体の表面には『花びら餅 6個入り』と書いてある。
——チャラララ〜
ここでテラ様からの着信あり。
「コホン、いいか委員長。今、テラ様からメッセージが届いた。読み上げるぞ? 『私は全然怒ってないからね。これでも食べて、元気を出して』だって」
「
委員長が感動で打ち震えている。そして——
「それではまた、みなさんでいただきましょう! 6個入りですから、ミミーちゃんを呼んでくればちょうど6人になりますね!」
そう言いながら、委員長が興奮した様子で箱を開けたところ、中には花びら餅が——
2個しか入っていなかった……
「あ…………」
委員長の笑顔が凍りついている。
何やってんだよ女神様、と思いつつ箱をよく見てみると、箱の一部がグチャってなっている。
ああ、なるほど。
喜怒哀楽の激しい女神様のことですから、きっと委員長の話を聞いて思わず手に力が入ってしまい、お菓子の箱をグチャってしまったんでしょうね。
ということはアレですか?
あなた、天界から俺たちの話を、お菓子を食べながら聞いてたんですか?
しかも、あなた、もう4個も食べてますよ?
人の話はもっと真剣に聞きませんか?
まあそれでも、きっと委員長に何かしてあげたいと思って、後先考えずに勢いだけで2個しか残ってない花びら餅を送っちゃったんだろうな。
これも女神様のいいところと言えば言えるのかも知れないけど……
あーあ、2個しかない花びら餅をどうやって分けようか、委員長が悩んでるじゃないか。
悩める委員長の姿を見たパイセンが、『まったく……』と一言つぶやいた後、壊れた窓の外に向け声を放った。
「花びら餅は、今度女神様が地上に降り立った時に、ミミー氏たちと一緒に食べるって言ってたじゃないっスか。それなのに、ひとりで4個も食べちゃって…… キララさんだって、食べクサシのお餅をもらって、困惑してるっスよ」
「食べくさしだなんて、そんなことは……」
本当に困惑している委員長そっちのけで、パイセンは更に続ける。
「天界側の入口近くにある戸棚に、ジブンがとっておいた京銘菓『松風』があるんで、それを送ってもらっていいっスか? 言っときますけど、女神様はもう食べちゃダメっスからね? これ以上食べたらお腹壊しますよ?」
なんだかパイセンが、田舎にいるおばあちゃんのように見えるのは気のせいだろうか?
しばらくすると、再び窓の外から小さな箱がとても申し訳なさそうな様子で、ゆるりゆるりと机に向かって入って来た。
箱の上には一枚の紙が貼り付けてある。
『パイセンへ : 次のお給料が出たら、同じものを買って返します。なんだかいろいろゴメンね』
それを見た委員長がひとこと。
「なんと言いますか…… テラ様って、その…… と、とてもユニークな方なのですね!」
物は言いようだな。
それにしても……
割れた窓ガラスの破片を片付けるのは、やっぱり俺なんだろうな。
せめて修理代だけでも、女神様に請求してやろう。
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