幕間(説明回) ニシノ国について(後編)

「オニーサン、次はニシノ国をやっつけるのカ?」

 俺の隣の席で京銘菓『松風』をもしゃもしゃと食べながら、ミミーが俺に尋ねてきた。


 パイセンがまたお菓子をくれたので、ミミーも交えて雑談に興じていたところ、いつものごとくミミーから物騒な話題が飛び出したのだ。


「さて、どうしたモンかな」

 ミミーの話を軽く聞き流すと——


「ねえ、カイセイさん。ニシノ国の情報はまったく手に入っていないんでしょ? それなら今までのように、簡単に問題が解決すると思わない方がいいんじゃないかしら」

と、とても真面目な顔つきのアイシューが口を開いた。


 うーむ…… アイシューは本当に真面目だ。

 正直に言うと、今日はもう疲れたのだ。

 今後の話はまた後日、日を改めて考えればいいじゃないか。


「もしニシノ国に入国されるのであれば、私が道案内を務めますよ?」

 これまた真面目な委員長が、アイシューの発言に乗ってきた。


「ねえ、ニシノ国には委員長さんの他にも日本人がいるのかしら?」

 いつも通りのホニーは、いつも通りの発言をした。

 ホニーはいつだってブレないのだ。


「まあまあ、みなさん。ここは一つ、ニシノ国の件についてはジブンに任せてもらえないっスかね」

 なんだ、珍しくパイセンが面倒くさそうな仕事を引き受ける気になってるじゃないか。


「どういうことだ? なにか秘策でもあるのか?」


「実は現在、天界における仕事量がハンパなく多くて困ってたんスよ。そこで期間限定でもいいんで新たな人員の補充を『大天界』に申請してたんスけど、どうやらその申請が通りそうなんス」


 そういえば、この世界の天界には女神テラ様と、女神の使徒パイセン2人しかいないんだよな。

 どちらかが天界で留守番しなくちゃならないから、2人揃って下界に遊びに…… もとい、視察に来ることが出来なかったんだ。


「それはおめでとう、でいいのかな? それで、人員が増えることとニシノ国の問題がどう関係するんだ?」


「今度来るその人はなんというか…… 探索のエキスパートみたいな感じの人なんで、その人に直接ニシノ国に行ってもらうつもりなんスよ。今日キララさんから聞いたニシノ国の情報も、ちゃんと伝えておくんで」


 天界からニシノ国の様子が見えないんなら、直接地上から乗り込めばいいって訳か。


 まあ、いずれにせよ、ニシノ国の情報が圧倒的に不足していることは事実なのだ。

 アイシューの言う通り、これまでのように無策で敵地に飛び込んで行くのは危険だから、その探索のエキスパートさんにお願いするに越したことはないな。


 なにより、ニシノ国は怪しいのだ。

 前回のターンだって、ニシノ国の行動にはおかしな点が多かったのだ。

 俺の頭の中で、教皇に対する疑問が駆け巡る。

 もしかすると、『教皇は裏で魔人族と取引していたのでは』とか、『人間族連合に協力しない代わりに、キタノ国には攻め込まないで欲しいと魔人族に頼んだのでは』とか、『そもそも、教皇自身が魔人族ではないのか』等々、疑いだしたらきりがない。


 でもまあ、それはさて置くとして——

「じゃあ、しばらく俺たちの出番はないってことでいいのかな?」

 俺はパイセンに確認する。

 わかっていると思うが、俺は別に休みが欲しいわけではない。

 お近づきになりたかった元伍の国の王女に婚約者がいたことを知って、意外と精神的ダメージを受け、しばらく心の洗濯をしたいなんてことを考えているわけでは決してない。

 あくまで確認だ。そう、確認しただけだ。


「そうっスね。それにもうちょっとすると、元ナンバーズ諸国の鍛治師たちに依頼していた新しい聖剣が出来上がるんっスよ。念のため、カイセイ氏はその新しい聖剣を持っておいた方がいいと思うんスよね」


「……ちょっと待てよ。聖剣を持っておけってことは、ひょっとすると、パイセンは教皇が魔人族だとか思ってるのか?」


「うーん…… それはないと思うんスけど…… 実は、例のフードを被った怪しい男のことが気になってるんスよね……」

 フードを被った男とは、元ナンバーズ諸国の鍛治師たちの所に出入りしていた人物でのことで、人間の魂の器であるマナを強制的に奪うことが出来る魔道具を所持しているのだ。


 俺のユニークスキル『広域索敵』でもその姿を捉えることが出来ず、あの女神様の追撃さえ振り切って逃げた、とんでもなくヤバいヤツだ。


「あの男は、もしかすると森林族なんじゃないかと思ったりするんスよ。カイセイ氏の『広域索敵』に引っかからないということは、おそらく自分の存在を隠蔽する魔法のようなものを使っていると思うんス。となると、それに近い魔法を使えるのは、森林族かなと思ったり思わなかったり……」


「なんとも煮え切らない言い方だな。それに、いきなり『森林族』とか言われてもな…… 俺、『前回のターン』を含めるとこの世界で5年暮らしてるけど、森林族なんて一度も出会ったことないぞ?」


「まあ、これはあくまで推測なんで。とにかくこれからは、もう少し慎重に行動した方がいいと思うんスよね。聖剣は森林族に対しても有効な武器になるんで」


 確かにパイセンの言う通りかも知れない。いきなり森林族の敵と出会ったとしても、どうやって戦えばいいかなんて、俺にはサッパリわからないからな。


「でも…… そういうことなら、もっと早く言っておいてくれよ。北西郡に出かけたとき、そんなヤツと出くわしてたら、危ないことになってたかもしれないじゃないか」


「ハァ? なに言ってんスか? アンタが勝手にノホホーンと北西郡に出かけて行って、途中で出会った元伍ノ国のお姫様に鼻の下を伸ばしているかと思いきや、今度は参ノ国の王女様にはイヤラシイプレイをする約束を取り付るがそれでも飽き足らず、なんとその妹にまで色目を使っていたことが発覚し、挙げ句の果てに、気付いたらニシノ国の軍隊に隙を突かれていた件について、ジブンに何の責任があるっていうんスか?」


「……なあパイセン。お前の人をおとしめる話術の巧みさは認めるけど、もうちょっと言いかたってモンがあるだろ?」

 ほら見ろ、またアイシューが異臭を放つ残飯を見るような目で、俺を見つめているじゃないか……

 なんだよ…… 今は俺だって若干ブロークンハートなのに……



「端的に言うと、カイセイ氏が単独で勝手な行動をとったことがイケナイんスよ」

 ムッとした様子でパイセンは続ける。


「俺もあんな大ごとになるとは思ってなかったんだよ…… まあ、でもこれからは、もっと計画的に行動するよう心がけるし、ちゃんとパイセンには事前に相談するように気をつけるよ」

 なんだか俺、生活指導の先生に怒られて反省文を書かされてる、ちょっとヤンチャな中学生みたいじゃないか。



「まあ、わかればいいんスよ。じゃあ、話を戻すとするっス。とにかく森林族の使う魔法は独特なんスよね。幻を見せて、人を森の中で迷わせるのがお得意だとか。精神に干渉してくる魔法を使う…… いや、魔法というより幻術と言った方がいいかも知れないっスね」


 なんだか森の妖精みたいな感じだな。

 森林族が妖精族なんて言われたりするのも頷ける。


「でも、森林族が使う妖術を防ぐスグレモノもあるんスよ。緑色の光を放つ魔石で、緑魔石って言うんスけどね。だからカイセイ氏には、ダンジョンに潜って魔石を探して欲しいんス。まあ、あったら安心って程度の気持ちで、気楽にやってもらえればいいっスから」


「もし黒いフードの男が森林族ではなかったとしても、その緑陽石を持ってれば、今後何かの役に立つかも知れないしな。よし、任せとけ」

 実はミミーのために見つけてやると言っていた黒魔石をまだ発見できていないことも気になっていたので、ダンジョン探索は願ってもない案件だ。


「でもまあ、黒いフードの男と対峙するのは、臨時使徒がニシノ国の問題を解決してからになると思うっスから、そんなに焦ってもらわなくても大丈夫っスよ」


「え? さっきパイセンは臨時使徒に『調査』してもらうって言わなかったか? なんだよお前、実は調査させるだけじゃなくて、解決までさせるつもりなのか?」


 パイセンは少し困ったような笑顔を浮かべ、

「その人なら、きっと上手くやってくれると思うっス。ジブンじゃ何も出来ないっスからね」

と言って、少し寂しそうな目をした。


「チョット、ナニ言ってるのヨ! パイセンはいつもスゴいことやってるじゃない! だから何も出来ないなんてことないんだからネ!」

 興奮気味にホニーが叫んだ。


「そうですよ! パイセンさんにどれだけ私たちが助けれられていることか!」

 アイシューも力強く叫んだ。


「そうだゾ! パイセンはいつもなんかこう…… うわって感じで、ぐわーっとスゴいんだゾ!」

 ミミーは…… 場の雰囲気に流されながら、とにかく叫んだ。


「そうだとも! ワタシはずっとお前のことを信頼しているぞ!」

 まったく関係ない人も叫んだ……


「お前、参ノ国の天然王女、シンジラレネーゼじゃないか! いつの間に執務室に入って来たんだよ。それから、なんで勝手に俺たちの会話に交ざってんだよ!」


「いやぁ、なんかその辺をブラブラ歩いてたら、なにやら楽しげな会話が聞こえてきたもので」


 シンジラレネーゼの言葉を聞いたアイシューが、鋭い目をして俺を睨む。


「おいアイシュー、そんなに怖い顔するなよ…… レネーゼが参ノ国の大使としてしばらく俺たちの国に滞在するってことは、この前の会議で承認されたじゃないか」


「ムムっ!? オニーサン、オレっちは初耳だゾ?」


「ミミーは会議に参加してないんだから当たり前だ。いいか、ミミー? 自称美を愛でる貴族、別名ただの女好きセイレーン卿を北西郡に置いてきた、いや、北西郡の統合代官に任命しただろ? あの人は美女を見ると、ダメ人間になっちゃうのはミミーも知ってるよな?」


「オウっ! せーれーん卿は北西郡でも、レネーゼを見て魂を抜かれたフヌケ野郎になってたゾ」


「言葉の使い方は後で注意するとして…… セイレーン卿には職務上、境界を接する参ノ国との交渉もしてもらわなきゃならないって、クローニン宰相が言ってたんだ。だから参ノ国にレネーゼがいたら困るんだよ」


「ムムっ? じゃあ、北西郡の代官は他の人にしたらいいと思うゾ?」


「我が国は人材不足なんだよ…… ケッパーク卿はご高齢だし、オソレナシー将軍は絶対に首都にいてもらわないと困るし。後から帰順した貴族たちについてはまだ信用してはいけないって、クローニン宰相が言うもんだから……」


 この件について、もちろんアイシューは会議で反対したが、他に適任者がいなかったため、仕方なくアイシューが折れたのだ。


 でも、クローニン宰相は、きっと真面目にお世継ぎ問題を考えて、レネーゼを俺の側に置いたんだと思う。


 アイシューも薄々はクローニン宰相の思惑に気付いているようだし……



「それでは、これから結婚式の日程について話し合おうじゃないか!」

 天然王女レネーゼは、相変わらずマイペースだ。


「……なあ、天然王女様。お前は大使になったのであって、お嫁さんになったんじゃないの、わかる?」

と、俺が応じたところ、俺の言葉を聞いたホニーが自慢げに、


「これじゃあまるで、『マグマ大使』ならぬ、『ニイズマ大使』ね」

と言って、『上手いこと言ってやったワ』みたいな顔してるんだけど……


 流石に俺も、『マグマ大使』は昔過ぎて見たことないぞ?

 なんとなく名前は聞いたことある程度の認識だぞ?

 若い委員長なんて、ホニーがボケてること自体に気付いてないし。

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