幕間(説明回) ニシノ国について(前編)

 参ノ国からインチキ王国——いい加減、国名を変えなければ——に戻って来てから3日経った。

 ここは王都から逃げて行った貴族の館を拝借して、事実上、王宮として使っている建物の中にある、こじんまりとした執務室。


 今日は俺と委員長ことマエダ・キララ、そして天界から戻って来たパイセンの三人で、現在の魔人族の状況やらニシノ国の現状やら、いろんな情報のすり合わせを行うことになっている。


 俺と委員長と、別に呼んでいないのだが、なぜか俺の隣にいるホニーが室内で待機していると——


「先日は、ついイラっとして失礼をしてしまい、申し訳ありませんでした…… っス」

と言いながら、しおらしい態度のパイセンが執務室に入って来た。


 3日前、参ノ国において、なにやら考え事をしていたパイセンが、いきなり委員長の土手っ腹目掛けて魔法をぶち込んでしまったのだ。


「これ、つまらないものですけど……」

 そう言って、パイセンがなにやらお菓子のようなものを委員長に差し出したのだが……


「チョット! 日本人がお詫びをするとき、菓子折りを持参するって話、本当だったのネ! アタシ、初めて見たワ!」

 呼ばれた訳でもないのに、なぜか執務室の椅子にちゃっかり着席しているホニーが感嘆の声を上げた。


 ホニーのヤツめ…… ここはサラッと流してやれよ。

 まったく、ホニーは日本のことになるといつもテンションが上がって困るんだよ。


「……お前、邪魔するんなら追い出すぞ? 静かにしてるって約束で、執務室に入れてやったのをもう忘れたのか?」


「ア、アタシとしたことが、若干、粗相しちゃったかも知れないわネ……」


「まあまあ、ホニーちゃんも反省しているようですから——」

 委員長がとりなしの言葉を述べてくれた。そして——

「それからパイセン様、そんな気を使っていただかなくても…… って、あれ? これ、日本のお菓子じゃないですか!?」

 今度は菓子折りを見た委員長が驚きの声を上げた。


「もっと高級な羊羹ようかんとかにしようかと思ったんスけど、女神様にこれが良いって言われたもので…… やっぱり羊羹の方が良かったっスかね……」


「いや、そういうことではなくて…… えええ!!! これって日本のお菓子の『トーキョーバナナ』じゃないですか!」

「キララさんの出身が東京だって聞いたもので。女神様が『やっぱり地元の味が一番じゃないかしら』とおっしゃったんス」


「…………あの、私、出身地は神奈川県なんですけど……」

 パイセンと委員長の周囲に、ちょっと気まずい空気が流れた……

 まったく、女神様ってば、なにやってんだか。


 そんな空気を払いのけるかのように、ホニーが、

「ほら、カンサイの人は『カントウはみんな東京』だと思ってるところがあるから、仕方ないんじゃないかしら!」

と、知ったかぶったことを言うのだが……


「女神様は関西人じゃないだろ? お前は日本の47都道府県、全部覚えてるのか? なんでお前は関西人の思考パターンまで知ってるんだ? ああもう、ツッコミどころ満載だよ!」


 俺のそんなツッコミともボヤキともいえるような発言を聞いた委員長が、

「話があちこちに飛び過ぎています! 私が聞きたいのは、どうしてこの世界に日本のお菓子があるのかということです!」

と言うので、


「女神様が日本からお取り寄せしてるからだけど?」

と、俺は答えた。すると——


「…………『なんでそんな当たり前のこと聞くんだ?』みたいな口調で言わないでもらえますか? この世界にそんな画期的な流通システムがあるだなんて、私、初耳なんですけど?」


「そう言えば、俺も初めて聞いた時には大いにあきれた、いや、驚いたっけな」


 俺の言葉を聞いた委員長が、フーっと大きくため息をつき、そして——

「岸さんは女神様と随分仲良しなんですね。なんだか羨ましいです」

と、優しい微笑みを浮かべながらつぶやいた。


「女神様と仲良しだから、カイセイはいろんなお菓子をもらえるのヨ!」

 ホニーよ…… 委員長が羨ましがっているポイントは、たぶんそこじゃないぞ?



 さて、パイセンのお詫びがとりあえず済んだと思ったのか、アイシューが気を利かせてみんなのお茶を淹れにやって来てくれた。

 まったく、アイシューは本当に気の利くお嬢さんだ。


「それじゃあ、みなさんで東京銘菓をいただきながら、お話をすることにしませんか?」

 委員長がそう言ったところ、今度はどこからともなくミミーが現れ、当たり前のように俺の横に座りお菓子を食べ始めた。

 まったく、ミミーは本当に食いしん坊なお嬢さんだ。

 まあ、可愛いから別にいいんだけど。


 お菓子を食べ終わったミミーはサッサと執務室から出て行ったが、アイシューは『もし宜しければ、みなさんのお話をうかがいたいのですが』と言ったので、俺、委員長、パイセンの3人は口を揃えて『むしろ大歓迎だ』とアイシューに伝えた。


『なにヨ、アタシが3人の話を聞きたいって言った時と、随分態度が違うわネ』と、ホニーが文句を言い出したが放っておくことにした。なあに、いつものことだ。



 さて、そろそろ話し合いタイムに入るのだが——

 俺は女神様の了承を得た上で、委員長にはこの世界の時間が5年巻き戻ったことや、『前回のターン』の出来事について既に伝えていた。

 少し混乱した様子も見られたが、聡明な委員長は時間をかけて、話の内容を理解してくれた。

 俺が『今回のターン』でここまでやってきたことも、もちろん伝えてある。


「岸さんの周囲で起こった出来事については事前にうかがっていますので、まずは私の方から現在のニシノ国の状況についてお話ししましょうか?」

 委員長がそう述べると、


「そうしてもらえるとありがたいっス」

と、パイセンが応じる。


 女神様やパイセンのいる天界からは、ニシノ国の様子をうかがうことが出来ないため、俺もパイセンもニシノ国の状況がまったくわからないのだ。


『それでは』と前置きして、委員長が口を開く。

「ニシノ国では教皇様が国の頂点に立っておられます。支配されていると言ってもいいかも知れません。女神様のお声を聞くことが出来るのは教皇様だけですので、当然といえば当然のことですね」


「女神様というのは、テラ様ではなくマエノー様のことっスよね?」

と、パイセンが委員長に質問の言葉を向けたのだが……


「実は事前にうかがった岸さんのお話の中でも、この点がよくわからなかったのですが…… 私は『女神様』というのは、我々日本人をこの世界に転生させて下さったお方お一人しかおられないと思っていたのです……」


「俺たち転生者にとって『女神様』といえば、俺たちを転生させてくれた『テラ様』のことに決まってるからな。前回のターンでも、転生者はみんな、あえて『テラ様』なんて呼ばず、単に『女神様』って言ってたな」

 俺の場合、他の女神様と区別しなきゃならない時にのみ、『テラ様』って言っていたような気がする。


「ニシノ国では先代女神のマエノー様だけを信仰してるんスよ。だからニシノ国の人もあえて『マエノー様』とは言わずに、単に『女神様』って言ってるんでしょうね」


 パイセンの言葉にウンウンとうなずきながら、委員長が話を続ける。

「ニシノ国の人たちの中で、『マエノー様』という呼称を用いている人は一人もいませんでした。だから私は、みんなが『女神様』と呼んで信仰している方が『テラ様』だとばかり思っていたのです」



 ここまで俺たちの話を黙って聞いていたホニーが、ここで、

「確か日本には女神様が多いのよね。大きな岩の前で踊った女神様で、今では『芸能の神様』って呼ばれてる方の名前はなんだっけ……」

と、俺たちの会話とはまったく関係のないことを小声でつぶやいた。


 俺、委員長、パイセンの元日本人3人組が思わず『アメノウズメノミコト』と、答えそうになったところ、すかさずアイシューから、

「ホニー、うるさいわ。話が進まなくなるから少し黙って。しばらく日本ネタ禁止だからね」

と、しっかり釘を刺されたため、俺たち3人はバツの悪そうな顔をして、お互いの顔を見つめ合ったまま、口を開くことが出来なくなってしまった……


 うん、話を脱線させちゃいけないよね。でも、日本の話もしたいよね。

 委員長とパイセンが目でそう語っているように、俺には思えた……

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