絶対に許さない

「ツツマシヤカーさん、どうか膝を地面から離して下さい。さっき言いましたよね。あの話はあの場にいた人たちの心の中にしまっておいて下さいと」

 そう言って、女神様はいたずらっ子のように微笑んだ。



——ガバッ!!!


 今度は俺の前方で物音がしたので、そちらに目を向けてみると——


 そこにはやはり片膝を地に付け、両手を胸の前で組み合わせて女神様を見つめる女性の姿があった。

 もちろん、委員長である。


 シヤカーと委員長は同じような態度で女神様に敬意を示していたが、一つだけ異なる点があった。

 シヤカーが深々と頭を下げていたのに対し、委員長はこれでもかというほど目を見開き、女神様の顔を穴が空くほど凝視している。


「…………あなたは…… 嗚呼ああ、間違いない! あなたは……女神様ではありませんか!!!」

 普段冷静な委員長には不似合いなほどの大声が、彼女の口から放たれた。


 そりゃ、驚くよな。俺たち転生者はこの世界に来るとき、女神様に会ってるんだもんな。命の恩人である女神様の顔を忘れるわけないよな。


 でも、女神様は、


『しまった。顔を見られてたの忘れてた』


 みたいな顔してるし……


 それにしても——


 あーあ、どうすんだよ。委員長が大声で『女神様!』なんて叫んじゃったから、周りにいる参ノ国の兵士たちがザワザワし始めたじゃないか。


 仕方ない、ここは俺がなんとかしますか。


「おい、みんな聞いてくれ! この人は女神様じゃなくて、女神様にそっくりだとちまたで評判の、女神様の『巫女』コテラさんだ!」

と、俺がせっかくナイスなフォローをしたにもかかわらず、


「いい加減にして下さい!」

と、参ノ国の兵士が大声で叫んだ。


 なんだよ、俺の目の前にいるちょっとポンコツな超絶美女が、そういう設定にしてるんだから仕方ないだろ。


「まったく——」

 参ノ国の兵士がため息混じりに続ける。なんだなんだ? 今ここで、真面目なことを言われても困るんだよ。


「——今、我々は姫様の大事な結婚式の相談をしているのですよ? 大声を出すのは控えてもらえませんか? はっきり言って気が散るんですよ」


 全然、真面目な話じゃなかった……

 いったいそのネタ、いつまで引っ張るつもりだよ。



 そんなおバカなやり取りをしている間に、参ノ国の兵士たちの混乱具合が一層高まっていた。

 委員長も困惑しているようだ。


 仕方ない。芸がないようだが、また超級魔法を披露して無理やり納得、いや、誠実にご理解いただこうか、と思っていると——


「チョット、カイセイ! アンタ、また超級魔法を使うつもりでショ!」

 流石はホニー。よくおわかりだ。


「今回はアタシに任せなさいよネ。アタシが上級火魔法を使って、参ノ国の兵士たちを黙らせてやるワ。コイツらってば、まったく人の話を聞く態度がなってないんだから!」

 お前が言うなよ、って言ったらまた喧嘩になりそうなので、今回はホニーに任せることにしますか。


「ちょっと待てよ」

と言った後、俺はユニークスキル『広域索敵』を使い、前方にそびえる山々を調べる。


「よし、あの山に人はいないようだ。じゃあ、今回はホニーに任せるから、あの山を狙ってくれ」


 俺の言葉を聞いたホニーが張り切って詠唱を始めたのだが……

 途中でトチってしまい、なかなか上級魔法が発動しない。


「もう、仕方ないわね」

 そう言って、今度はアイシューが上級水魔法の詠唱を始める。


「チョット、アイシュー! アンタ、なに勝手に詠唱を始めてるのよ!」


 ホニーの横槍など意に介さぬ様子のアイシューが正確に詠唱を続け、巨大な魔法陣を発動させた。

 その魔法陣を山へと近づけ、そして——


——ドカーーーン!!!


 山のいただき目掛けて上級水魔法を放った!


 俺の超級魔法に比べるとやはり見劣りするが、それでも参ノ国の兵士たちを黙らせるには十分な威力だ。


「チョット、アンタなにカッコいいところを持って行ってんのヨ!」


「ふふ、ねえホニー。これでどっちが正妃に相応しいか、わかったんじゃないかしら」

 そのネタもまだ引っ張るのかよ……



「なあ、アイシュー。何度も言って悪いんだが、俺はロリコンじゃない——」


「う、うるさいわね! 今のは冗談よ。ホニーの冗談に乗ってあげただけよ!」

 なに、顔を真っ赤にして怒ってるんだか。


「ねえ、カイセイさん——」

 今度は女神様がなにかお話しされるようだ。


「——あなたが参ノ国の兵士の皆さんを黙らせたのは、自分がロリコンじゃないってことを表明するためだったのですか?」


「はっ! そうでした。それも大事なことですが、今はもっと大事なことがありました」

 俺がロリコンではないということを証明するのは、とてもとても大事なことだが、今はとりあえず置いておこう。


「おい、参ノ国の兵士たち! もう一度言うから今度はちゃんと聞けよ! この人は女神様じゃなくて、女神様の『巫女』コテラさんだ! 誰が何と言ってもコテラさんだからな!」


 力強く、俺がそう発言すると、参ノ国の兵士たちは——


「なんだよ! ちょっと王様だからって、エラそうに言いやがって!」

「そうだ! スゴイのは水の聖女アイシュー様であって、お前じゃねえんだからな!」

「そうだそうだ! お前はきっと聖女様の弱みを握って、無理やり言うことを聞かせてるだけなんだ!」


 なんだよ、この罵詈雑言…… 俺って、参ノ国の兵士たちからこんなに嫌われてたのか?

 なんてことを思っていると、またしても参ノ国の兵士たちが——


「なんだよ、お前ばっかりモテやがって! 羨ましいんだよ!」

「そうだ! シンジラレネーゼ様や聖女様をはじめ、美女やら美少女に囲まれてやがって!」

「そうよそうよ! ハーレム王気取りのチート野郎なんて、爆発すればいいのよ!!!」



「…………なあ、委員長、いやキララ。どさくさに紛れて、俺の悪口を言うの、やめてくれないか? これにはいろいろ事情があるんだよ……」


「もう! みなさん、いい加減にして下さい! ここにいるお方は、女神の『巫女』のコテラさんです!」

 アイシューがそう言うと、


「その通りです。そのお方はコテラ様です!」

「そのお方は女神の巫女様に違いありません!」

「俺、最初から、巫女様だって思ってたんだ!」


と、調子のいいことを口々につぶやく参ノ国の兵士たち……


「…………おい。お前らまさかとは思うが、アイシューに気があるんじゃネエだろうな? アイシューの魔法にビビって、殊勝なことを言ってるだけだよな? 念のために言っておくが、ウチのアイシューを性的な目で見やがるロリコンは——」


 俺の言葉が終わる前に、再び参ノ国の兵士たちから俺への暴言が噴出した。


 ふう、仕方ない。

 俺は無詠唱で火、水、風の超級魔法陣を発動させ、先ほどアイシューが上級水魔法を放った山目掛けて、超級三魔法をぶっ放した。


 山は吹き飛び、地面はエグられ、俺たちがいる辺りにまで轟音が襲って来た。


 その後、俺の周囲は静寂に包まれた。

 よし、無駄口を叩く者はもういない。

 俺は改めて、腹の底から大声を上げた。


「もう一度言うぞ!!! ウチのアイシューをイヤらしい目で見やがるロリコン野郎は、地獄行きだからな!!!」

 俺は参ノ国の兵士どもに、ハッキリと言ってやった。しかし——



「まったく、この親バカは…… 超級魔法を使ってまで、いったい何を言っていることやら」

 女神様のあきれた声が聞こえて来た……

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