間話 ガケップチー前男爵夫人の野望(後編)
「どうぞお掛け下さい」
クローニン侯爵からお声がかかりました。
新王と侯爵が座る椅子の前には小さなテーブルがあり、それを挟んで私達のために用意されたと思われる椅子が置かれていました。そこに座れと言われているのでしょうか?
困惑した私の顔を見たクローニン侯爵が口を開きやがり…… いえ、開かれました。
「陛下は大仰な挨拶を好まれません。これは陛下がおられた世界の『ばいとのめんせつ』方式と言うものです」
「はい……」
無知な私にはよくわかりませんが、とにかくこの新しい謁見方式に従うことに致しましょう。
クローニン侯爵が再び口を開きました。
「それでは、こちらから質問しますので、それに対してお答え下さい。本来ですと御当主にお答えいただくのですが…… 御当主はまだ幼いようですので、後見人であるガケップチー前男爵夫人がお答え下さい」
「ご配慮感謝いたします、国王陛下」
とは言ったものの…… 『ばいとのめんせつ』方式って、とても簡素なものですのね。なんだか拍子抜けしましたわ。
その後クローニン侯爵から、我が領地の財政状況を聞かれました。
ついこの間まで、中央から来た官僚に領地の支配権を奪われていましたので、私は官僚が残していった資料を読み上げただけなのですが……
「領地経営は順調なようですね。民を虐げているようなこともないようですし」
国王陛下からお褒めのお言葉をいただきました。
これって、前任の官僚が頑張ってくれていたってことなのかしら?
ひょっとして、私が領地経営なんてしていたら、危ないことになっていたかも……
災い転じて福となすとはまさにこのことね。
私ったら、領内で毎日毎日、官僚の悪口を言いふらしてたんだけど、ちょっと悪かったかしら?
でも後悔はしていないわ!
我が領地の健全財政が評価され、晴れて国王陛下より、オキを新王朝の男爵とする任命書をいただくことが出来ました。
やったわ! これで崖っぷちからは脱しましたわ!
さあ、最低限の褒賞は確保いたしました。では、いよいよここから、オキの売り込み作戦開始ですわ!
「隣に控えます我が娘、オキラクダ=ケド・ガケップチーにも、国王陛下よりお言葉を賜りますれば、我ら一同、望外の喜びであります!」
よし、我ながら名文句だわ!
「……我ら一同って、お母さんしかいないじゃないですか。まあ、いいですけど。じゃあ…… 君、名前はオキだったかな? それでオキ、君は何歳なの?」
「ハイ!」
「…………えっと、俺、年齢を聞いたんだけど…… ひょっとして、君、ちょっとバカなの?」
「ええ!」
「…………肯定してどうすんだよ…… ねえ君、今バカって言われてるんだよ?」
「まあ、素敵!」
頭を抱える国王陛下…… しまった…… 私の計画が裏目に出たわ。
「す、少しお待ちを!」
私は小声で娘に話しかける。
「計画は中止です。いつも通り、いつも通りに喋りなさい!」
改めて、私は国王陛下に対し、謝罪の言葉を述べました。
「ご、ご無礼致しました!こ、この子はまだ幼いものでして、その……」
「構いませんよ。きっと緊張してるんでしょう。でも俺、そんなに怖そうに見えるのかな…… 俺、これでも一応『教員免許』持ってるんだけど……」
「あ、ありがたき幸せ! その…… こ、この子はまだ幼いですが、きっと陛下のお側に置いていただければ、将来役に立つものと存じます!」
カミカミではありますが、なんとかオキを売り込めたのではないかしら。きっとそうよ。そうに違いないわ。
でも、国王陛下は——
「ハァー…… そういうことですか。ここのところ、娘を俺に押し付けようとする人が多いんですよ。なんだかなあ…… おい、オキ。お前は俺のお嫁さんになるために、ここに来たのか?」
「え? 違うよ。王都に行ったら、美味しいお菓子が食べられるって言われたんだ」
オキってば、なんてことを言うのよ! 私の苦労が台無しじゃない!
「じゃあ、オキは俺のお嫁さんにならなくてもいいんだな?」
「そうだよ? だってアタシ、オッサンじゃなくて、もっと若い男と付き合いたいもん」
「あな、あな、あなたは! い、いったいなんてこと言うの!」
私は不敬にも、国王陛下の前で大きな声を上げてしまいました。
「え? だっていつも通りで良いって言ったじゃん? アタシ、本当にオッサンの嫁なんてお断りだよ?」
終わった…… コレ、我が家終わったワ……
なんてことを思っていたのですが…… 恐る恐る国王陛下のご様子をうかがったところ…… なんと! 陛下ってば爆笑しておられるじゃないの!
陛下はお笑いになりながら——
「おい、このクソガキ。オッサンで悪かったな。俺だってお前みたいなガキンチョはお断りだってんだ。俺はもっと大人の色香の漂う成熟した女性が好みなんだよ。まったく…… この世界のガキンチョは、みんな口が悪いのかよ。まあ、面白いからいいけど」
「まあまあ、陛下。この娘、意外としっかりしておりますので、陛下のお側に置かれても良いのではないでしょうか?」
「クローニン侯爵! 俺はロリコンじゃないんだよ! ハァー…… 俺、別に一生独身でいたいわけじゃないんですよ? この世界の女性はみんな若いうちに結婚しちゃうじゃないですか。だから困るんだよな。みんな幼い女の子ばっかり連れて来やがって……」
「なら、ウチのお母さんはどうだい? お父さんはもう死んじゃったから、お母さんは独身だぞ? 娘のアタシが言うものなんだけど、ウチのお母さんは美人だと思うんだ。王様もさっきからお母さんの方ばっかり見てるし」
「バババ、バカ! 全然見てねえし。お前達の後ろにある窓を見てただけだし。別になんとも思ってねえし」
「……王様って子どもなの?」
「あああ、あな、あな、あなた、なんてこと言うの! 国王陛下、娘の無礼、どうか、どうか、お、お許しを!」
今度こそ、親子共々首が飛んだわ! と思ったら……
「別に構いませんよ…… 俺も子ども相手に、何ムキになってんだか。もういいや。おい、ガキンチョ。せっかく王都まで来たんだ。お望み通り美味しいお菓子を用意してやるから、それ食って大人しく帰れよな」
「ははぁ! 国王陛下のご下命、しかと承りました!」
「まったく…… 調子のいいガキンチョだぜ」
♢♢♢♢♢♢
フラフラになりながら、私はオキを連れて執務室から退出しました。まったく…… 心臓が止まるかと思いましたわ。
どうやらここの建物は、本当に粗末…… いえ、年季が入っているようで、壁も薄いようです。執務室の中の会話が聞こえてくるではありませんか。
無作法だとは思いつつも、室内におられる国王陛下とクローニン侯爵の会話に耳を傾けたところ——
『陛下はガケップチー夫人のような方がお好みなのですね』
『ちょ、ちょっと侯爵! やめてくださいよ、もう! さっきのはそういうことじゃないんですって!』
『私は別に冷やかしで言っているのではないのですよ? 陛下には早くお世継ぎをもうけていただかねばなりません。陛下がどのような女性をお好みなのか、臣下として理解しておく必要がございます』
『まったく…… クローニン侯爵は本当に真面目ですね。まあ、見た目はタイプと言えばタイプかな…… って、なに言わせるんですか、もう!』
…………えっと、私、本日只今をもって、お母さんをやめることに致しました、いえ、やめることにしたわ!
元男爵夫人の肩書きなんて、今すぐ返上してやる!
もう家のことなんてどうでもいいのよ。これからは、自分の幸せのために生きてやるんだ!
私はただのヤバイヨー。騎士の娘で平民の娘、26歳独身よ。
国王陛下って、本当に清廉でお優しいお方だわ。
私ってなんて幸せ者なのかしら!
さあ、領地に帰ったら、更に美貌に磨きをかけてやるわ!
もっと大人の色香を身につけなくちゃ。
次に国王陛下とお会いする時、その時が勝負よ!
うわっ、なんだか久しぶりにドキドキしてきちゃった。これってきっと恋よね。ああ、何年振りかしら、こんな気持ち。
うわ〜、私ってば、ヤバイよ〜。
「——なんてことを考えてるでしょ、お母さん」
「ちょ、ちょっと! なに勝手に私の心の中を想像してるのよ!」
とか言いつつ、まったくもって寸分違わずその通りなんですけど……
「アタシがここまでお膳立てしてやったんだ。あとはしっかり新王に取り入って、そんで、アタシを新王の義理の娘にしてくれよな。アタシ、田舎の領主なんて興味ないって言っただろ? 頼んだよ、未来の王妃サマ!」
この子、ちょっと怖いんですけど……
なによ…… 私がこの子を利用するつもりだったのに、いつの間やら、私の方が利用されてるじゃないの!
まったく…… その腹黒さ、いったい誰に似たんだか。
って、考えるまでもなく、私よね。
この子ったら、ホント私にそっくりなんだから。
まったく…… 将来が楽しみだわ!
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