間話 ガケップチー前男爵夫人の野望(前編)
(この話は、以前、短編として投稿した作品を、加筆・修正したものです)
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私はガケップチー男爵家前当主夫人で、名前はヤバイヨ=イマ・ガケップチーと申します。年齢は26歳です。
実は今、当家がお仕えするナカノ国では大きな変化が起きています。
なんと、先日、王朝が変わってしまったのです!
新しい王朝を開いた新王は、『にほん』という異世界から来た転生者で、なんでも魔法の腕前は桁違いとのこと。
前王はあっけなく追放されてしまい、驚くことに、この王朝交代劇で一人の死者も出なかったのです。
新王が本気になれば、この国など魔法の力であっという間に消滅させてしまうことが出来るとか。
そう、今この国には、新しい国王に逆らえる者など一人もいないのです。
ナカノ国のほとんどの貴族は、新王に恭順の意を示すようです。もちろん我がガケップチー家も例外ではありません。
さて、これだけの力を有する新王ではありますが、実のところその心根は清廉であるとのこと。
これまで民を顧みず、私腹を肥やしてきた貴族達には、爵位を下げる御裁可を下されたとか。
当家は大丈夫でしょうか……
当家は貴族位の中では最も下の男爵位。そう、もう私達には後がないのです。
♢♢♢♢♢♢
「お母さん、ただ今!」
どうやら私の娘が帰って来たようですが…… まあ、はしたない、大きな声を上げて。
ここは当家の執務室。ドアを勢いよく開けて室内に入って来たのは、私の娘、オキラクダ=ケド・ガケップチー、愛称はオキです。
「もう、オキったら…… あなたももう10歳になりますのよ。もう少しお淑やかにしないと…… それから私のことは『お母さん』ではなく、『母上』と呼ぶようにと何度も言っているでしょう? 」
「いいじゃん、今、周りに誰もいないんだし。人前ではちゃんと『母上』って言うからさ」
私は代々騎士を排出してきた家に生まれました。そうです、私は貴族ではなく平民として生を受けたのです。
しかし、この地の領主であった先代男爵様は私の美貌に心
私は16歳で男爵様と結婚し、すぐにこの子が生まれたのです。ところが翌年、男爵様は流行り病にかかり、あっけなく
その後、相続人である我が娘オキはまだ幼いため、中央からやって来た官僚が我が領地を支配することになってしまいました。
居場所を失った私達親子は、つい最近まで私の実家に身を寄せていたのです。
それから、その…… 私の実家のことなのですが……
我が家は多くの騎士を輩出してきた武門の家柄でございまして、気性の荒い者が多く、言葉遣いはお世辞にも上品だとは言えません。
私でさえ、今でも時々、実家の言葉遣いが混ざりやがってしまうことがございますもの。
この子は私の実家の、ちょっとだけおガラのお悪い言葉を聞いて育ったのです。
しかし、そんな不幸な私達親子にも転機が訪れました。
今年、やっとオキが10歳になったのです。10歳という年齢は、貴族として成人であると認められる年齢なのです。
オキが正式に男爵位を継ぎ、私達親子は先日、念願だった領地の支配権を取り戻したばかりなのです。
それなのに…… このタイミングで王朝が変わるなんて……
私達親子はどこまで不運なのでしょう。
しかし、嘆いてばかりもいられません。今、当家にとって最大の危機が訪れているのですから。
♢♢♢♢♢♢
「いいですか、あなたは我がガケップチー家の当主なのですよ。言葉遣いも、もっと丁寧にしなさいといけません」
「えー…… なんかメンドクセーよ」
「あなたは男爵なのですよ!」
「なんかツマンネーな。アタシ、田舎の領主なんて興味ないよ」
ああ、まったくこの子はわかってないわね、我が家が今置かれているこの危機的状況を。でも仕方ありません。まだ子どもなのですから。
「いいですかオキ、よくお聞きなさい。先程お隣のご領主、オトナリーノ子爵からのご使者がおいでになりました。子爵もいよいよ王都に行って、新しく王になられた国王陛下にご挨拶されるとのことです。お隣のよしみで、我がガケップチー家も同行しないかとご提案いただきました。もちろん、私はありがたく同行させていただくつもりです」
「え? 王都に行くの? 王都って美味しいお菓子があるんだよね。楽しみだな」
この子ったら、まったく……
ちなみに、王都とは旧ナカノ国では北都と呼ばれていたところです。
新しい王様は、旧北都をこの国の首都に定められたようです。
「仕方ありませんね…… 国王陛下とは私がお話しますので、あなたはボロが出ないように、『はい』『ええ』『まあ、素敵!』の3語しか話さないように。いいですね?」
「ちぇ、なんだよ。お母さんはアタシがバカだと思ってんのかよ」
「そのようなことは思っていません…… たぶん。いいですか、あなたの一言で、我が家が取り潰されることもあるのです。十分、注意するように」
「わかったよ…… でも、終わったらいっぱいお菓子買ってくれよな」
まあ、なんとか承知してくれたようね。これで大丈夫でしょう。いえ、更に言えば、勝機がグッと近づいて来たと言えるでしょう。
だって、この子ったら口は悪いんだけど、顔は私に似てとっても美しいんですもの。
なんせこの子は黙っていれば、絶世の美少女に見えるんですから!
新王は
フフフ、本当にバカな人達ですこと。私の娘より美しい者がいるわけないのに。
なんと言っても、この子は私の娘なのですから。ココ、とても重要ですからね?
私も若い頃、色香で男爵様を
美人はニッコリ笑って、『はい』『ええ』『まあ、素敵!』この3語だけ言っておけば、大概の男はコロッと騙されるものなのです。
これは私が10年前に実践した方法で…… コホン、コホン。過去のお話は、このぐらいにしておきましょうか。
「さあオキ、準備をなさい。王都に向けて出発しますよ!」
もし、新王がこの子に興味を持ってくれたなら…… 我が家は窮地を脱するどころか、一躍、この国の
ちょっと年は離れていますが大丈夫でしょう。なんてったって、私の娘なのですから! あら? これ、先ほども言いましたっけ?
まあいいですわ。さあオキ、あなたには頑張ってもらいますからね!
♢♢♢♢♢♢
私達親子は王都に到着しました。
新王は旧王朝が築いた王城を封鎖されており、下級貴族の邸宅を譲り受けて仮のお住まい兼執務の場とされているとのこと。華美な住居は好まれないようです。
街の住民からも、新王を讃える声が多く聞かれました。どうやら本当に
王都に到着後、すぐに私達は新王がおられる邸宅内の小さな待合室に案内されたのですが……
案内役の役人に手間賃を渡そうとしたところ、その役人は真っ青な顔をして受け取りを拒否しましたの。
なんでも、新王は不正や賄賂に対して、とても厳しいお方なのだとか。
当家は大丈夫でしょうか?
我が領地の経営については、私は10年もの間、まったく関わっておりません。
ウチの領地を支配してた官僚のヤツ、余計なことしてネエだろうな…… おっと、いけません、私ったらつい……
私達親子が待合室で待機していたところ——
我が領地のお隣の領主、オトナリーノ子爵が新王への謁見を終え、待合室に戻って来られました。
子爵のお話では、新王は『にほん』という国で『きょーいんめんきょ』なる称号をお持ちだったとか。なんでもその称号を有されている方は、子どもに対して無償の愛情を示されるらしい、との情報を教えていただきした。
「ですので、オキ殿がお若いからといって、決して侮られるようなことはないでしょう」
そう言って、子爵は待合室を退出されたのですが…… 本当に大丈夫なのかしら?
子爵のお話を聞いたオキは、
「なんだ、それなら心配することないじゃない。楽勝だね」
などと言いますの。
「いえ! 油断してはいけません。あなたは私の言う通りに振る舞えばいいのです!」
「ちぇ、つまんないの」
まったく調子に乗って…… 余計なことをしないか心配だわ。
さて、いよいよ待合室にいた私達親子に呼び出しがかかりました。
王の間? に呼ばれたと思ったのだけれど…… そこは少し広めの執務室のようなところでした。こんな狭苦しい場所が王の間でいいのでしょうか?
私達の目の前には、いたって普通の椅子に座っている新王と、その隣には、とある貴族が座っていました。
この人物は、ジンセイ=ズット・クローニン侯爵。前王朝の有力貴族でしたが、なんでも新王朝成立後、一番最初に新王への服従を宣言したとか。調子のよろしいヤツでございますこと。
その上、現在、この国の宰相におさまりやがってますの。勝ち組というやつですわね。チクショウ、上手いことやりやがって…… おっと、いけませんわ。
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