アイアツマ=リシ・アイシュー
「パイセンさ…… ん。話を元に戻すようで申し訳ないのですが、私に公爵なんて、とても務まるとは思えないんですけど……」
恐縮した様子でアイシューが口を開いた。
「別に公爵だからって、何か特別なことをするわけじゃないんスよ。いいっスか、アイシュー氏? 確かにカイセイ氏の戦闘力は桁違いっスけど、この男に人望なんて、これっぽっちもないじゃないっスか」
「それはそうですけど……」
そこは否定していただきたい……
「それに、カイセイ氏のことを知ってる人なんて、ほとんどいないじゃないっスか。その点、アイシュー氏のことを知っている人は大勢いるっスよね。だからアイシュー氏が公爵として…… まあ、身内みたいな感じでカイセイ氏を支えますよと、市民のみなさんに宣言すると、きっと市民のみなさんも安心すると思うっス」
「本当に私でいいのでしょうか?」
「アイシューは優しいから、アイシューがコーシャクになったら、みんなは嬉しいと思うゾ!」
「もう、ミミーちゃんったら……」
「僭越ながら、私もアイシュー様には、是非とも公爵としてこれまで以上、国王陛下をお支えいただきたいと思います——」
おっ、知恵者クローニン侯爵も乗り気のようだ。
「——前回お会いした際にも感じたのですが、アイシュー様だけでなく、ヒトスジー嬢、ミミー殿のお三方のお力添えがあればこそ、陛下は強くあることが出来るものと思います。ヒトスジー嬢とミミー殿は、公爵の地位を得られるのは難しいようですので、ここはアイシュー様がお三方の代表ということで、公爵になっていただけないでしょうか? 公爵として公的に、もちろん今まで通り私的にも、国王陛下をお側近くでお支えしていただきたいのです」
流石はクローニン侯爵。とてもよく俺たちのことをおわかりじゃないですか!
「そうネ。カイセイはすぐ調子にのるから、アタシたちが近くにいて助けてやらないと、絶対なんかやらかすと思うワ」
「オレっちも、アイシューと一緒に、オニーサンをオササエするゾ!」
「…………ちょっとカイセイ氏。なんで泣いてるんスか?」
「俺、お前たちのような娘を持って、本当に嬉しいよ……」
「アンタ、赤の他人じゃないっスか…… まったく、なに言ってんだか」
「ウッセエな! 俺の気持ち的には娘なんだよ!」
「ハイハイ、わかったっスよ…… まったく、どこかの女神様と一緒で、本当に喜怒哀楽が激しいんスから」
「あの…… そういうことでしたら——」
アイシューが恥ずかしそうに言葉を述べる。
「——私でそのような大役が務まるか不安なのですが、精一杯頑張らせていただきます。皆様、どうぞよろしくお願いします」
アイシューがそう言うと、彼女の周りは拍手の音で包まれた。
ここまで放ったらかしにしていた、クローニン侯爵の家族や従者約30人からも、温かい笑顔とともに拍手が贈られている。
なんだか申し訳ない。でも心からありがとう。
「ねえ、それならアイシューの新しい名前を考えましょうヨ!」
ホニーが目を輝かせて声をあげた。そして——
「あのね。平民が貴族になる時はね、多くの場合、自分の名前を姓にするのヨ。えーっと、日本風に言うと、『アイシュー』が『苗字』になるってことネ。それでファーストネームの方を新しく考えるってワケ」
流石はお貴族様。こういうことには詳しいんだな。
「それから、新しい名前の命名はあくまで形式的なもだから、呼び方はそのままって人が多いわヨ」
「じゃあ、これまで通り、アイシューを呼ぶときにはアイシューでいいんだな?」
俺の質問に続き、アイシューも、
「私もその方が嬉しいわ。急に名前が変わるなんて、変な感じだから。じゃあ、名前は自分で考えなきゃいけないの?」
と、ホニーに質問した。
「いいえ。名前は国王からもらうことが多いわネ」
「じゃあ、カイセイさんが名前を考えてよ」
「それは別に構わないんだけど…… なあホニー。自動翻訳機能さんのおかげで、俺にはアイシューの名前が『あ・い・しゅ・う』という音で聞こえているんだけど、当然、この世界の人には違う音で聞こえてるんだよな」
「そうね。えっと…… アタシがこの世界の音で『アイシュー』と発音しても、カイセイには『あ・い・しゅ・う』という音に変換されるだろうから、元々の音を説明することは出来ないでしょうね」
「そうか…… じゃあ、俺が日本語で考えた名前をつけても、アイシューには違う音として聞こえるのかも知れないな…… それなら、俺が名前をつけるとおかしなことになるんじゃ——」
「チョット! アンタ、なにグズグズ言ってんのヨ! 物は試しで、とりあえず言ってみなさいヨ!」
「そういうことなら…… 実は自動翻訳機能さんが割り振った『アイシュー』って言葉は、ちょっと哀しい意味があるんだよ」
たぶん、『哀愁』という意味なんだと思う。
「でも、愛を集めると書いて、『愛集』と書けなくもないんだよ。だから、俺はアイシューに愛が集まってくればいいなって思いながら、アイシューの名前を呼んでたんだ」
「チョット! なんでカイセイはアイシューにばっかり優しいのヨ!」
「……なんでそうなるんだよ。ホニーの名前もちゃんと優しさを込めて呼んでるから、今はアイシューの話をしような」
「ねえホニー氏。後で自分も一緒に話を聞くんで、今はアイシュー氏の名前を一緒に考えて欲しいっス」
パイセンが助け舟を出してくれた。
「約束だからネ!」
本当にホニーはパイセンの言うことは素直に従うな。まあ、いいけど。
「だから『愛を集めると書いてアイシュー』。もうちょっとヒネって、そうだな…… 『愛集まりし・アイシュー(アイアツマ=リシ・アイシュー)』なんていいかなって思ったんだけど。なあアイシュー、俺の考えてること、ちゃんと伝わってるかな?」
「カイセイさんの言葉に込めた思いは伝わったわ、ありがとう! それから、今の言葉は翻訳されないみたい。だからカイセイさん、もう一度言って!」
「あ・い・あ・つ・ま・り・し」
「それなら発音出来そうよ! ちゃんと覚えて見せるから!」
「気に入ってもらえたんなら嬉しいよ。でも、どうして翻訳されないんだろう? 『集まる』とか『愛』とかなら、翻訳されてもいいはずだけどな」
「…………そんな文語調っぽい表現まで、翻訳出来るようには作ってないっス」
あっ、そうだった。自動翻訳機能を作ったのは、パイセンだって言ってたな。
「なんスか、その『し』って? 完了の助動詞っスか? そんなものまで翻訳する機能を作れと言うんスか? 自分を過労死させたいんスか? それとも俳句の真似ごとっスか? 単にカッコつけたいんスか?」
……どうやらパイセンを怒らせてしまったようだ
「別に自動翻訳機能にケチをつけたわけじゃないよ。これまでどれだけ自動翻訳機能さんに助けられたことか。ありがとうな、パイセン」
「……あれ? ボケないんスか? 自分、結構いいパス出したつもりだったんスけど?」
「……おいパイセン。お前、実は素直に感謝されて、ちょっと恥ずかしいんだろ?」
「チッ!」
舌打ちしてんじゃねえよ、この照れ屋さんめ。
「赤面したパイセンは放っておいて…… なあホニー。アイシューの名前、お前から見てどう思う?」
「うーん…… 日本人の感覚で言うと、『鈴木クロエ』とか『田中ステファニー』みたいな印象かな。でも、おかしな感じはしないワ。なんだか新鮮な感じで、むしろカッコいい感じネ」
お前、日本人の感覚なんてものまでわかるんだな……
なんてことは置いといて。
ミミーはというと、一生懸命『あ・い・あ・つ・ま・り・し——』と、アイシューの名前を覚えようとしている。
みんな、俺が考えた名前を気に入ってくれたようだ。
それなら、これにてアイシュー叙爵の件は、一件落着ってことでいいよな。
しっかり者のアイシューと、知恵者のクローニン侯爵が新しい国の要職についてくれたんだ。俺の出番なんてないだろうな。いやぁ、残念だよ。
…………なんてこと、この時は考えていました。
実際はパイセンの予想通り、この後、次から次へと旧ナカノ国の領主たちが、俺たちの国への服属を求めてやって来ることになったのだ。
なんかもう、面接ざんまいの日々なんだよ……
ちょっと休みたいんだよ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます