悪魔の使徒?

 突然現れたパイセンが、ゆっくりと俺の隣へやって来て、なにやらコソコソ話し出した。

「天界を留守に出来ないんで、女神様には帰ってもらったんスよ」


 俺も小さな声で、パイセンに応える。

「え? それなら他の使徒さんに、留守番を頼めばいいじゃないか?」

「は? 女神の使徒は自分1人しかいないんスけど?」


 あれ? 女神の使徒って、大勢いるものだと思ってたんだけど……

 うーむ…… 天界の経営状態も意外と厳しいのかも知れないな。



「パイセン、久しぶり!!!」

 今度はパイセンを見つけたホニーが駆け寄り、パイセンに抱きついた。


「ふふ、ホニー氏、久しぶりっスね。しばらく見ない間に、また大きくなって」


「チョット! 久しぶりって言っても、この前会った時からそんなに時間が経ってないでショ!」

 そう言いつつも、嬉しそうな様子のホニー。


 その一方で、突然女神様が空の彼方へ消えていったため、ポカーンとしているミミー。



「ミミー氏には申し訳ないんスけど、女神…… いや、コテラ氏には、お留守番をしてもらうために帰ってもらったんスよ」

 すまなさそうな顔で、パイセンがミミーに話しかける。

 ミミーは女神様のことが大好きだからな。


「ん? 他の人にお留守番をお願いしたらダメなのカ?」

 やっぱりミミーもそう思うよな。


「天界…… いや、お家には自分とコテラ氏2人しかいないんスよ」


「ムムっ! まさかそれほどコテラさんのおうちが経済的に困窮していたとは、オレっち全然知らなかったゾ」

 やっぱりそう思う…… いや、お前はそんなこと思わなくていいぞ。


「でも安心していいゾ! オレっちは、『聞き分けのいいミミーさん』って、近所で評判だったんだゾ! お仕事があるなら我慢するゾ! それに、オレっちは、パイセンのことも好きだゾ!」


「ミミー氏…… あんたって子は……」

「天使だ。ここに天使がいるぞ」

 俺とパイセンが、ミミーの背中に羽根が生えていないか確認していると——


「あの、パイセンさま……ぁん——」

 アイシューのヤツ、やっぱりパイセンに敬称をつけないことに、まだ慣れないようだ。

 なんだかやっぱり、もだえているように聞こえるが、それを言ったらまたお説教を食らうと思うので、ここは我慢だ。


「——ミミーちゃんがいい子なのはよく知ってますから、とりあえずなにが起きているのか説明していただけませんか? ほら、ナカノ国のみなさんも、唖然としておられるので」


 本当だ。みんな口をあんぐりと開けてこっちを見てるじゃないか。ご高齢のケッパーク卿なんて、顎が外れないか心配になる。


「自分は女神の『巫女』をやらせてもらってる者っス。気さくにパイセンって呼んでもらえると嬉しいっス」

 確か女神の『使徒』は天界に存在し、女神の『巫女』は人界で生活する、だったか。

『使徒』は人界に来たらいけないんだっけ?

 だから『使徒』ではなく『巫女』と名乗ったんだな。

 よく見ると、パイセンのヤツ、巫女服なんか着ちゃってるし。用意周到だな。

 実はパイセンも人界に来たくてウズウズしてたんじゃないのか?

 なんてことは、どうでもいいや。


 さて、パイセンの話は更に続く。


「さっきまでここにいた同僚のコテラ氏は、急用が出来たみたいで帰ったっス。それからカイセイ氏と自分は、誠に不本意ながら友だちみたいなもんなんっスよ。だからちょっとしたアドバイスをしに、ここに来たって訳っス」


 俺はパイセンの発言に言葉を添える。

「コイツは口と性格は悪いけど、頭のキレるヤツですのでご安心下さい。口と性格と根性は悪いですけど」


「……悪いところが更に一つ増えてる気がするけど、まあいいっス」


「流石はパイセン…… さん! カイセイさんからのトボけた挑発を、サラリと流されるところが素敵です!」

 感嘆の声を上げるアイシュー。


「そうネ…… 女神、いえ、コテラさんだったら、きっとここから、ボケをはさんだ悪口の応酬が30分ぐらい続くところネ」

 さりげなく、女神様を軽くディスるホニー。


「ムムっ? でもオレっちはオニーサンとコテラさんの、愛のある罵り合いは好きだゾ?」

 コテラこと女神様が大好きなミミー。


「いろんな意見があるものだな。なんだか、人の多様性を垣間見た気がするぞ。人は多様な可能性を秘めた存在なんだな」

 カッコいいことを言う俺。


「意味不明なことを言ってるカイセイ氏は放っておいて、本題に入るっスよ」

 カッコいい俺の発言を、サラリと流すパイセン。


「はい! よろしくお願いします」

 力強く、アイシューが返事した。



 再びパイセンの口もとが、俺の耳に近づく。コソコソ話、再開のようだ。


「……いいっスか? 宰相はクローニン侯爵にするべきっス。それでアイシュー氏には、公爵になってもらえばいいと思うっス」


 宰相の話はいいとして、なんで突然、公爵なんて話が出て来るんだ?

 俺は自分の口元をパイセンの耳に近づけ、疑問を口にした。


 するとパイセンは——


「あんまり口を近づけないでもらえるっスか? 息がかかってキモチワルいんスけど」


「……お前は俺への悪口をはさまないと、会話出来ないのか?」

「冗談っスよ」

 再び俺の耳もとでささやくパイセン。そして——


「一番最初に投降したクローニン侯爵に高い役職を与えれば、周辺の貴族や代官たちも、我れ先にとカイセイ氏のもとへやって来ると思うっス」


「投降するのが早ければ早いほど、おいしい思いができるということか?」

「まあ、周辺の領主たちが勝手にそう思ったとしても、コッチは知ったこっちゃないっスけどね」


「……お前、本当は悪魔の使徒じゃないのか? まあいいや。それで?」


「アイシュー氏はナカノ国でも人気があるから、公爵という国王の一族みたいな感じで、ナンバー2の地位についてもらうのがいいと思うんスよ。それなら、謙遜大魔王のクローニン侯爵も納得してくれるんじゃないかなって。爵位から見て、アイシュー氏の方がクローニン侯爵よりも上になるっスからね」


「パイセンの言いたいことはよくわかったよ。でも、爵位とか言われても、なんだか大袈裟な感じがするんだけど……」


「いいっスか? 日本で育ったカイセイ氏からすると、別に『そもそも貴族なんていらないんじゃネ』とか思うかも知れないっスね。でもカイセイ氏の目的は、この世界の政治システムを変えることじゃなくて、魔人族との戦争を避けることでしょ?」


「その通りだよ。俺は別に、この世界に普通選挙制度を確立させてやろうとか、そんなこと考えてないぞ?」


「政治のシステムを変えると大混乱が生じると思うんで、とりあえずは従来のシステムに乗っかるのがいいと思うっス。あっ、別にこの世界に平和が訪れた後なら、好きなようにやればいいと思うっスよ。例えば、王様はハーレムを作ってもいいという法律を立案するとか」


「……なあ、頼むからアイシューの前で、冗談でもそんなこと言わないでくれよ。また、口を聞いてもらえなくなるじゃないか」


「……カイセイ氏が想像以上の小市民で、安心したっス」


 こんな感じのやり取りの後、俺はクローニン侯爵たちに向けて、パイセンの悪知恵を語ることになった。

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