宰相は誰がいい?
クローニン侯爵が、羨望の眼差しをアイシューに向けている。
きっと侯爵は、ここにいるポンコツが女神様的な人だと気付いているんだと思う。
その天界にいるエラい人を怒鳴りつけているアイシューが、さぞかし神々しく見えていることだろう。
ムッとした様子のアイシューが、続けて口を開く。
「人質は必要ないし、領地の返上も不必要。むしろ、クローニン侯爵には、今後この国の再建に力を貸して欲しい。そういうことでいいのよね、カイセイさん?」
「ははぁーーー! アイシュー様のおっしゃる通りでございます!」
「…………なにそれ? またふざけてるの?」
「そ、そんなことないさ! ちょっとアイシューが怖かった…… いや、頼もしかっただけだよ!」
「あれ? なんですかカイセイさん、その回答。ボケの要素が薄いんじゃないですか?」
また空気を読まない女神様が、余計なこと言っちゃって……
「あっ、冗談です、冗談ですって! アイシューさん、そんなに睨まないで下さい!」
アイシューの視線に怯える女神様……
「…………別に睨んでませんけど」
アイシューはとても御機嫌斜めのようだ。
ここで、アイシューの剣幕に押されつつも、おじいちゃん貴族ケッパーク卿が声を上げた。
「ここはひとつ、クローニン侯爵に、宰相になっていただきましょうぞ! 侯爵に手腕を振るっていただき、我が国の財政を立て直していただきましょう!」
それ、俺もいい考えだと思う。
なんといっても、クローニン侯爵の政治的・経済的手腕は、前回のターンで実証済みだからな。
そんな俺の気持ちとは裏腹に、侯爵が慌てた様子でケッパーク卿の言葉を
「とんでもありません! 私は自分の領地を返上し、陛下のお許しをいただけるなら、
侯爵ってば、なにを言ってるんだろう。こんな有能な人材を、組織の末端で遊ばせておけるかってんだよ!
ここはなんとしても侯爵に仕事を丸投げ、もとい、この国のために活躍していただかねば。
俺も慌てて口を開く。
「許すも許さないもありませんよ。セイレーン卿やオソレナシー将軍にも了解していただけるなら、俺も是非、クローニン侯爵に宰相になって欲しいです。なんなら俺の代わりに王様になっていただいても…… って、そんなあきれた顔しないで下さいよ、将軍!? ちゃんと王様の仕事、頑張りますから!」
「信じてもよろしいのですね、『国王』陛下? 陛下が国王をやめるなんて言われたら、この街の住民の命が危うくなるのですからね? アイシュー殿、本当によろしくお願いしますよ?」
どうやら将軍の中でも、アイシューの株が爆上がりしているようだ。
でも、俺への信頼は相変わらずのようだ。
「私は政治のことはよくわかりませんが——」
オソレナシー将軍の話は更に続く。
「——クローニン侯爵の人柄はよく存じ上げているつもりです。新しい国の中枢に侯爵がおられることに、なんの不満がありましょうか」
「なるほど。オソレナシー将軍も賛成なんですね。ではセイレーン卿は…… あれ、セイレーン卿? どうしたんですか?」
俺はセイレーン卿に発言を促そうとしたのだが……
「……………………」
セイレーン卿は、とろーんとした目をして、女神様を見つめている。俺の言葉が耳に入っていない。
ああ、そういうことか。
最近はポンコツな言動ばかりに目が行ってしまい忘れがちだったが、女神様は絶世の美女なのだ。
セイレーン卿はまだ若いようだし、この世のものとは思えない女神様の美しさを前にして、心を奪われても仕方ないな。
「セイレーン卿! なんとだらしのない顔をしておるのじゃ!」
おじいちゃん貴族ケッパーク卿からの叱責が飛んで来た。
「ハッ! も、申し訳ありません!」
真っ赤な顔で謝罪の言葉を述べるセイレーン卿。
「まあまあ。仕方ないですよ。俺もあの人を始めて見たときは、同じような感じになりましたから」
「え? カイセイさんってば、初対面のとき、やっぱり私のことを性的な目で見ていたのですか?」
「…………おい、ちょっと黙れよ。俺たちパーティの間では、アイシューが激怒したら、それ以上おちゃらけてはいけないというルールがあるんだよ」
「…………そんなルール聞いたことないけど、カイセイさんにしてはいい判断だと思うわ——」
アイシューに褒められた…… ということにしておこう。
「——では、話を進めましょうか。私も、クローニン侯爵に宰相になっていただき、この国の財政を立て直していただきたいと願っています」
「お待ち下さい、アイシュー殿。もちろん私もナカノ国の財政が逼迫していることは重々承知しておりますし、お許しいただけるのであれば、不詳、このクローニンも、陛下の御為に、財政の再建に尽力させていただきます。しかし、宰相には家臣たちのまとめ役という大切な役割もあるのです。ここまでの皆様のやり取りを見ておりますと、アイシュー殿、いえ、アイシュー様こそ、この国の家臣をまとめる宰相という役職に相応しいと思います」
「しばしお待ち下され——」
今度はクローニン侯爵の話を聞いたケッパーク卿が口を開いた。
「——確かに侯爵のお考えはわかりますぞ。私もアイシュー殿の…… その、なんと言いますか……
物は言いようだな…… なんてこと、アイシューの前では怖くて絶対言えないけど。
「——しかし、今後ナカノ国の領主や代官たちに帰順を促すなら、やはりここはナカノ国の実力者が国の中枢にいた方が、かの者共も安心し、こちらの陣営についてくれるのではないかのう?」
俺、そんなもの促すつもりなんて、これっぽっちもなかったんですけど……
というか、これ以上、勢力を拡大しなくてもいいと思うんですけど……
でもまあ、まったく知らない連中がいきなり国を作りましたって言っても、やっぱり周囲からは警戒されるだろうな。
宰相といえば国のナンバー2みたいなものだ。
その宰相に、ナカノ国の実力者であるクローニン侯爵が収まれば、旧ナカノ国の領主や代官たちの警戒心も弱まるだろう。
国を大きくするつもりはないけど、周囲の勢力から攻め込まれるのはゴメンだからな。
さて、それで結局のところ、誰が宰相になればいいんだ?
国の経営とか政治とか、そんなものとは無縁の生活を送って来た俺には判断出来ないや。
そうだ。ここは女神様の意見でも聞いてみるか。
「ねえ、女神…… いや、コテラ。ここはどうするべき——」
「あっ、ミミーさん発見! ミミーさーーーん!」
ミミーが宮廷から水の入った樽を抱えて戻って来たようだ。
そのミミー目掛けて、女神様は俺たちのもとから走り去って行ってしまった……
ミミーと熱い抱擁を交わす女神様。
まあ、ミミーが嬉しそうなんで、それはそれでいいのだが。でも……
「チッ、使えねえ女神様だな」
俺は小声でつぶやいた。
「こういう時は、女神様じゃなくて、頭脳明晰なパイセンが側にいてくれたら心強いのにな」
俺がこっそりアイシューに耳打ちすると——
「………………………………そうね」
やっぱり、アイシューもそう思ってたんだな。
わかるぞ、その気持ち。痛いほどよくわかるとも。
アイシューがつぶやいた次の瞬間——
俺たちの周りに強い風が吹きつけてきた。
その風が、女神様の方へ向かって流れて行く。
「あれ? なぜか私の体が宙に浮いているんですけど?」
うん。強風に煽られるように、女神様の体が少しずつ、空へ向かって浮き上がっている。
「あれれ? 私、風魔法なんて使ってないんですけど? カイセイさん、なにやってるんですか?」
「え? 俺も風魔法なんて使ってないぞ?」
——ゴオオオーーー!!!
更に激しい突風が女神様を襲ったと思ったら……
「ギエエエーーー!!! た、助けてえええーーー!!!」
女神様が空の彼方へ消えて行った……
一瞬の出来事に、俺を含めたここに集う人々はポカーンとした表情を浮かべ、空を見上げるのみ。
それにしても、女神様ってば、今、『ギエエエー』って言ったよな?
天界の主でも、本当に驚いたら変な悲鳴をあげるんだな。
ちょっと、はしたないぞ。
なんて、どうでもいいことを考えていると——
「お久しぶりっス」
突然、俺の背後から無愛想な声が聞こえた。
「うわっ! びっくりした。な、なんでパイセンがここにいるんだよ!」
女神の使徒パイセン、降臨! ということでいいのか?
「アイシュー氏に呼ばれたんで来たっス」
「……相変わらず、淡白な回答だな」
使徒様の地上初降臨なんだから、もっと派手に登場してもいいと思うんだけど。
まあ、そんなことより、今、聞かなければならないのは——
「おい、パイセン。それで女神様はどこに行ったんだ?」
俺はパイセンにコソッと耳打ちした。すると——
「ここにいても、あんまり役に立たないと思ったんで、天界に帰ってもらったっス」
パイセンは面倒クサそうに、そう答えた。
つまり、さっきの激しい突風は、パイセンが作り出したということか。
そして、女神様に変な悲鳴を上げさせながら、天界に強制退去させたってことだよな。
俺、未だに天界関係者の力関係がよくわからないや……
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