アイシュー無双

 木の陰に隠れているつもりのポンコツ女神様はとりあえず置いといて、俺はまず、体力が回復したクローニン侯爵に話を聞くことにした。


「ひょっとして侯爵は、楽しい家族旅行の最中さなか、不意に現れたポンコツげな女性に、無理やり風魔法で吹き飛ばされて、ここまで来たりしました?」


「と、とんでもありません! いんちき猊下、いえ、いんちき『陛下』が我が国の宮廷へ、『前王』の討伐に向かわれるとの情報が入りましたので、取り急ぎ家族を引き連れ、ここ『北都』へと向かった次第。幸か不幸か、途中、突然暴風に巻き込まれ、ここまであっという間に飛ばされましたが……」


 明らかに不幸だと思いますよ。みなさん生死の境目をかいくぐってきたような顔をしてましたから……


 一度、家族の方を振り返ったクローニン侯爵。そして侯爵は更に話を続ける。

「私に二心なき証として、我が家族を全員人質に差し出す所存でございます! もちろん我が領土も、陛下に返上致しますっ!!!」

 なんだろう。なんだか侯爵の様子がおかしい。


「いや、ちょっと待って下さいよ…… 別に俺、王様の討伐とか考えていたわけじゃ、ありませんよ?」

 ホニーのパンツを取り返しに来ただけなんですよ?


「それに、領地を返すっておかしいでしょ? 元々俺の土地じゃないし、それに人質なんて——」


 そんな俺の言葉を途中でさえぎり、オソレナシー将軍が、興奮した様子で話し出した。


「なんと! いんちき国王陛下は、我が国最高の実力者、クローニン侯爵と昵懇じっこんであらせられたのか! その上、武力を使うことなく、侯爵を帰順させるとは…… 陛下の御心の広さに、改めて感服致しました!」


「……褒めすぎですよ。むしろそこまで言われると、心が痛みますよ。なんかすみませんでしたって感じですよ」

 実際、侯爵と仲良くなれたのは、女神様の力が大きかったのだ。

 ただ女神様本人に言うと、また調子にのるから言わないけど。


「いいですか? 俺、自慢じゃないけど、この歳になるまで、人に褒められたことなんて数えるほどしかありませんよ?」

 周りのみなさんの高評価がむしろ恐ろしく感じるよ。

 ホント、今回のターンに入ってから、調子が狂うことばかりだ。



「チョット、みんな聞きなさい! あのね、日本人はみんな謙虚なの。だからカイセイも謙虚なのヨ。だからここは、カイセイがこれまでの人生でまったく誰からも褒められたことがない、とてもかわいそうなオッさんということにしておいてあげましょうヨ!」


 なんだろう、一見やたら俺の気持ちに寄り添ってあげてるわよ的な発言のくせに、心がちっとも温まらないんだけど。


「でもカイセイだってね、本当は褒められたことぐらいあるのヨ!」

 なんだよ、ホニーのヤツめ。ここから俺のことを褒めちぎるつもりなのか。


「カイセイが褒められたこと…… そう、褒められたことよネ…… うーん…… もうちょっと待ってネ。なんかもうちょっとで、オモシロ解答が浮かびそうなの……」


「……いつから大喜利になったんだよ。それからホニー。お前、大喜利ヘタクソかよ」


「チョット! なんてこと言うのヨ! アタシがせっかく…… チョ、チョット、アイシュー、そんなに睨まないでよ。真剣に怖いんだけど…… あっ、そうだ学級委員ヨ! 学級委員になった時は、流石に褒められたでしょ?」

 またホニーが、変なことを言い出した。


「……なんで急に、学級委員の話が出てくるんだよ。お前、師匠の話と、俺の過去の話がゴッチャになってないか? 俺、学級委員になったことなんてないからな」


「ウソォォォ!? 日本人の9割以上は、学級委員になった経験があるんじゃないの!?」


「…………それ、どこ情報だよ。いいか? だいたい学級委員は1学期にクラスで二人しかなれないから、年間6人しかなれないんだぞ? 義務教育9年間で54人が学級委員になれるとして…… あれ? そう考えると、結構多いのか?」

 おや? ひょっとして、俺ってあんまり人望ないのか?


「…………なんかゴメンネ。配慮に欠ける発言だったワ」


「同情するんじゃネエよ!!!」


「あなたたち、ホント、いい加減に——」

 我慢の限界を超えたような顔をしたアイシューが、怒りの言葉を放った。

 しかし、そのアイシューの言葉が終わる前に女神様が——


「でも、カイセイさんは学級委員になれなかったくせに、なぜか教員免許を持ってるのよね。もしや…… 学生時代、リーダーになれなかったから、先生になっていばり散らしてやろうと思っていたの!?」


「そんなこと考えたこともネエよ! 将来のことを考えて、大学で教育課程を履修しただけだよ! でも、その後の人生において資格を活かす機会なんて、まったくなかったけどな、チクショウ!!! ああもう、俺、なに言ってんだよ…… いいですか、オソレナシー将軍? 俺が言いたかったのは、俺はそんなに褒められるような人間じゃないってことですよ」


「カイセイさん、どんまい!!!」


「ウッセエんだよ、このポンコツ!!! 俺の過去を勝手に捏造した張本人が、どの口で言ってんだよ!!!」


「もう! 女神様は黙って下さい!!! 話が進まないでしょ!!!」

 あっ、ついにアイシューが女神様にキレた。

 どうやら信心深いアイシューも、流石に女神様のポンコツ具合に我慢の限界がきたようだ。

 良いことだと思うぞ、アイシュー。

 なんなら、もっと言ってやってもいいと思うぞ、うんうん。


「あ、あの、私は女神ではなく、通りすがりのどこにでもいる普通の女神の巫女でして…… ほ、ほら! 着ている服だって巫女服ですし…… で、でもこれからは、もっと慎重に発言することを、ここに宣誓致します!」


 あっ、女神様がちょっとビビってる。

 今日のアイシューは、なんか無双って感じだな。

 クローニン侯爵なんて、アイシューに羨望の眼差しを向けているじゃないか。

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