間話 オソレナシー将軍の決断
〈 これは俺、ミミー、アイシュー、ホニーの4人が、センジョウニオ=イテ・オソレナシー将軍やこの街に残った貴族たちに案内され、王宮に向かって歩きながら聞いた話だ。
『王様になって下さい』という将軍に対し、『嫌です、なりません』という俺の押し問答が城壁付近で続くこと数分。これでは
また適度にツッコミを入れながら、話の内容を振り返ってみることにしよう 〉
俺とミミー、アイシュー、ホニーの4人が通称『北都』の前に広がる草原に、初めて姿を現したとき。
将軍は迷っていたそうだ。
国王と有力貴族たちは、南部の都市目指して一目散に逃げ出した。
一説には、国王は憧れのホニーやアイシューに会えると大喜びしていたとも聞くが…… 真偽のほどはわからない。
この街には戒厳令が敷かれ、オソレナシー将軍がこの街の防衛を担う責任者となった。
逃げ出した貴族たちからの命令は、この街を死守せよという無責任なものだった。
しかし、実際は貴族たちが逃げるための時間稼ぎをさせられていたのだ。
将軍の配下の将校が、憂い帯びた目で将軍を見つめ——
「考えても見て下さい。先日の悪魔教徒討伐戦から戻って来た兵士たちの話を総合すると、こちらに向かって来る連中は、とても常人が対応できる存在ではありません」
この発言をきっかけに、他の将校たちも口々に不安な心境を吐露し始めた。
「隣国ヒトスジー領で人間最終兵器と噂されるホホニナ=ミダ・ヒトスジー嬢もその一向に加わっているとか。この人物は僅か6歳の時に、自領に出没した盗賊たちを得意の火魔法で一網打尽にしたという話ですよ!」
「それから、隣国ミズーノの街で水の聖女として名を馳せたアイシュー殿の姿もあったと聞きます。この御仁の水魔法の威力は言うまでもありませんが、その人徳、人望はわが国にまで伝わってきています。このような人物に弓を引くのですか!」
「それに加えて、獣人族の少女もいたという報告もあります。身体能力が人間族より勝る獣人族ですよ? 炎の令嬢殿や水の聖女殿と一緒にいるということは、この人物も両名に勝るとも劣らない実力の持ち主であると考えるべきです」
「なるほど…… ここまでの話を聞く限り、お前たちの戦意は既に砕け散ったということだな——」
オソレナシー将軍がため息混じりに口を開く。そして——
「——更にはこれらの人材をたばねるリーダーがいるということだな? なんでもこの男、魔法を無詠唱で放てるとか? 私は魔法について
将軍が魔法部隊の隊長に尋ねると……
「……一言で述べるのであれば、『神の領域』かと」
青い顔をして隊長が答えた。
「なんとなくわかったが…… それでも、もう少し説明してくれないか?」
「はい。まず、隣国ヒガシノ王国には、中級魔法を使える魔導士が3人いると伝え聞いています。水の聖女殿とヒトスジー嬢はその内の二人です。残念ながら、わが国には中級魔法を使える魔導士はおりません。中級魔法を使える魔導士は、3千の兵力に相当すると言われています。それに対する我が軍の兵は約600…… いかが致しましょう、まだ続けても宜しいでしょうか?」
魔法部隊の隊長がオソレナシー将軍の顔色をうかがう。
「…………続けてくれ」
「……わかりました。中級魔法の上には上級魔法、その上には超級魔法があると聞き及んでいます。もちろん私はそのような強大な魔法など、見たことすらありませんが…… また、魔法を極めた魔導士は先ほど将軍の仰られた『無詠唱』の技法も獲得しているとのことです。兵たちの証言と私が文献で得た知識を合わせますと、どうやらこのリーダーと思しき人物は、先の悪魔教徒討伐戦において、無詠唱で超級魔法を使ったと思われます」
「もし仮にだが…… 仮にその人物と戦ったとしたら、どうなると思う?」
「……一瞬でこの街は消滅します。数時間でこの国は滅びるでしょう」
「そうか………」
将軍はそうひと言つぶやいた後、次に言うべき言葉が見当たらなかったようだ。
さて、ここらでそろそろツッコませてもらおうか。
何ですかソレ? ひょっとして、俺がこの街を一瞬で消滅させるとか思ってたんですか? そういうの、本当にやめて欲しいんですけど。
はっきり言って、俺は近所のおばちゃんたちから好青年だと評判の、ちょっとしたユーモアを愛するごく一般的な人間に過ぎないんですけど。
その後もこの街を囲む城壁の上から、俺たちと兵士たちの迫真の演技を見守るオソレナシー将軍。
そんな俺たちの様子を見た将軍がひと言。
「なんだ、この三文芝居は……」
バレてたんですね……
俺の迫真の演技を見破るとは…… なんてことは、どうでもいいや。
「将軍。あの黒い服を着た魔導士殿、なにやらこちらをチラチラ見て、満足そうな顔をしていますが…… あれで我々を騙しているつもりなのでしょうか?」
将軍の隣にいた青年貴族セイレーン卿が口を開く。
俺、流石にちょっと傷付くんですけど…… まあいいや。
「ええ。こんなにヘタクソな芝居は見たことありませんよ」
将軍がつぶやいた。
……よし、今後はもう少し演技の練習に励むことにしよう。
「それはさておき、将軍よ。あの黒い魔導士は、我が国の兵士を殺すつもりはないようじゃな」
これまた将軍の近くにいたおじいちゃん貴族ケッパーク卿が、将軍に語りかける。
「はい。演技はヘタクソですが、人格はとても優れているようです」
……演技の話はもういいじゃないですか。
「将軍、降伏しましょう! いや、降伏するだけではなく、あのお方にこの街の統治者になっていただきましょう! 私はあのような高潔な方を見たことがありません!」
青年貴族セイレーン卿が叫んだ。
「なにを言うか! 卿は国王陛下への恩を忘れたか!」
これまで黙って話を聞いていたおじさん貴族コウケーツ卿が、非難の声を上げる。
「待つのじゃ、コウケーツ卿。統治者云々の話は別にして、あの黒い魔導士殿の気が変わらぬうちに降伏するべきじゃ。今なら一人の死者も出さずに事を収めることが出来るぞ」
おじいちゃん貴族のケッパーク卿も、この街の明け渡しに同意する。
「……しかし」
コウケーツ卿は悩んでいた。
この街に残った3人の貴族たちは『市民派』と呼ばれているそうだ。
己の利益を優先する悪徳貴族が多い中、市民を思いやる心を持つこの3人は、ナカノ国の中でも変わり者だと見なされていたらしい。
まあ、だからこそ、この街に住む貴族たちが我先にと逃げ出す中で、市民のためにと、ここに残っているのだろう。
コウケーツ家は、代々この国の王の側近として使えてきた家柄らしい。
ケッパーク卿やセイレーン卿とは立場が違うようだ。
でも…… 民衆を置き去りにした国王に忠誠を尽くす必要なんてあるのか? 俺、お貴族様じゃないから、その辺の事情はサッパリわかんないや。
忠義と市民の命の間で葛藤するコウケーツ卿。
だが、最終的には、
「……わかった。降伏に同意しよう」
と、腹をくくったようだ。
この時、コウケーツ卿は、自分の命と引き換えにして、全ての市民の助命を俺に願い出る覚悟を決めたらしい。
とてもいい話になってるとこ、誠に恐縮するんですけど……
俺、ホニーのパンツを取り返しに来ただけなんだよ?
「あのお方は、きっと兵士たちが人質を取られていることもご存知なのでしょう——」
再び将軍が口を開いた。そして——
「——兵士の命を助けるだけでなく、兵士たちの置かれている立場まで理解し芝居までして下さるとは…… 演技が苦手であるにもかかわらず……」
……いや、俺、結構演技力ある方だと思ってたんですけど、今となってはとても恥ずかしいです。
「本気を出せば、この街など一瞬にして消滅させるだけの力を持つ強者が、これほどの慈悲の心を持つということは、当たり前のことなのか? いや、そのような人物は目の前にいる御仁一人しかいないはずだ! セイレーン卿が先ほど言われた通り、私はこのお方こそ王の器に相応しい人物だと思う!」
いやだなあ、もう、褒めすぎですよ! 恥ずかしいじゃないですか!
なんて、浮かれている場合じゃないか。
「私はこれより、慈悲深き魔導士様をこの国の王としてお迎えする。異議のある者は声を上げよ!」
オソレナシー将軍の発言に対し、声を上げるものは誰もいなかった。
こうして、『北都』の無血開城が成ったわけだが……
よし! 一刻も早くホニーのパンツを取り返して、ここからトンズラすることにしよう。
話が大きくなりすぎだよ。
まさか1枚のパンツが、これほどの事態を引き起こすとは。
ホニーのパンツ、侮るべからず……
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