疑惑の女、ホニー

 俺とミミー、アイシュー、ホニーの4人と、オソレナシー将軍、おじいさん貴族ケッパーク卿、青年貴族セイレーン卿の合計7人は、とても気まずい雰囲気の中、王宮内の応接室でお茶を飲んでいる。


 ちなみに、国王側近の家柄である、オジサン貴族イチズヒト=スジ・コウケーツ卿は、国王の後を追い、南に向かって今しがた旅出ったばかりだ。

 ここで死ぬというのを、なんとかなだめるのにどれだけ苦労したことか……


 俺に対するお礼の言葉を何度も口にしながら、涙まで流して旅立って行ったっけ。


 でも…… 俺、最初から戦うつもりなんてなかったんだけどな……

 俺はただ、ホニーのパンツを取り返しに来ただけで…… って、そうだ、コウケーツ卿は、なんと、ホニーのパンツを宝物庫から持ち出し、俺たちに返してくれたのだ!



 ♢♢♢♢♢♢



 話は少しさかのぼる。


 コウケーツ卿が王宮を旅立つ前、

「もともと、これが今回の戦争の引き金になったと聞き及びましたもので」

 と言って、豪華な小箱を俺たちに差し出した。


 国王たちが南へと逃げ出すドサクサに紛れて、宝物庫からホニーのパンツを取り返して来てくれたそうだ。


 国王は最後まで、『聖遺物(ホニーのパンツのこと)を持っていくのだ! 探し出せ!』と、わめいていたそうだが……


「今となっては、これをお返ししたところで、どうなるわけでもありませんが……」

 申し訳なさそうにつぶやくコウケーツ卿。

 いえいえ、とんでもない。おかげさまで、これで俺たちのミッションは終了ですよ。


 そう、俺たちの目的は達成されたのだ。

 さあ、これでお茶をいただいたら、サッサとここから立ち去ろう、俺がそんなことを考えながらホニーを眺めていたとき、顔を真っ赤にさせたホニーが乱暴な手つきで小箱を開け、中身を取り出した。


 ホニーが取り出した物、それは紛れもなくパンツだった。それは間違いない。

 しかし——


 そのパンツは…… ヒョウ柄だった。


 なんだかキラキラ光ってるし。


 そして、布面積がとても少なかった……


 それはパンツというより、もはやパンティだった……


 まるで『さあ、かかって来なさい!』と言わんばかりのパンティだった……


 ……なに言ってんだろ、俺。

 とにかく、まさかホニーが、こんなキワドいパンティを履いていただなんて……



 不思議な沈黙が、応接室を支配した。


 嗚呼ああ、『お前、なんてパンティ履いてんだよ』とツッコミたい!

 だが、ホニーは怒りの表情をパンティに向けたまま、なにも言わない。

 ホニーは相当怒っているようなので、今は下手なことを言わない方がいいのだろう……


 しかし、無言でいるのも、なんだかおかしい。

 まずい、何か言わなければ……

 そう思った俺は、とっさに口を開いた。


「ま、まあ、ほら、下着の趣味は、人それぞれって言うか……」


 俺の言葉を聞いたアイシューが、ハッとした表情を浮かべ、慌てて口を開く。

「そそそ、そうよね! その………… ととと、とってもカッコいいと言うか、なんと言うか……」

 アイシューも、どうコメントしたものかと悩んでいたようだ。


 将軍や貴族のみなさんの様子を見ると——

 とても困っておられる……


 当のホニーを見ると——

 依然として顔を真っ赤にしたまま、プルプルと震えている。


 そんな中、ミミーが口を開いた。

「ムムっ? ホニーはまだ子どもなんだから、こんなパンツ履いたらダメだと思うゾ?」


 よし! よく言ったぞ、ミミー!!!


 みんな目の前にある、その奇怪なパンティをイジリたくて仕方なかったのだ!!!

 今日からお前のことを、みんなの代弁者と呼ぶことにしよう!!!


 ミミーのひと言を聞いたホニーが、怒りに任せて猛烈に叫んだ。

「これはアタシのパンツじゃないってのヨ!!! これはウチのお屋敷で働いてた、年齢の割に派手好きだったオツボネーっていう使用人のパンツなんだからネ!!!」


 なんだ、そうだったのか。それならこれで、一件落着じゃないか、と思ったものの……


 ちょっと待てよ。それは本当の話なのか?


 ひょっとして、『派手なパンティを履いていた疑惑』について、その罪をオツボネーさんという人になすりつけてないか?


 俺は迷った。

 もし、これが本当にオツボネーさんのパンティなら、『なんだよ、スッゲー派手なパンティだな!』と笑い飛ばせばいい。


 しかし——


 本当はホニーが履いてたんじゃないのか?


 どうやらアイシューも、俺と同じことを考えていたようだ。

 アイシューが真剣な目で俺を見つめ、無言で問いかけてくる。

『どっちが正解なんだろう』と……


 これがミミーだったら、笑い飛ばして終わりだろう。

 ミミーがこんなパンツを履くなんてことあり得ない。


 でも、俺もアイシューもよく知っている。

 ホニーが変わり者であるということを。


 いや、ハッキリ言おう。きっとアイシューも思っているはずだ。

 ホニーがこんなパンツを履くなんて——

『大いにあり得る』と……

 再び沈黙が会議室を支配した。



「……ネエ、アンタたち」

 沈黙はホニーのひと言により破られた。


 ホニーがナカノ国の面々に向かって言葉を放つ。

「……ひょっとして、ナカノ国のヤツらはみんな、アタシがこのハデハデなパンツを履いてると、本当に思ってたの?」


「い、いえ! 決してそのようなことは——」

 慌てた様子で、パンツを取り返してくれたコウケーツ卿が口を開く。

「——その小箱の中身を見た者はほとんどおりません! ですので、ヒトスジー嬢の秘密が外部に漏れることは決してありません!」


「だから!!! そのパンツはアタシのじゃないって言ってんでショ!!!」


 あっ、ホニーのヤツ、怒り狂いながら、魔法の詠唱を始めやがった……


「待てホニー!」

 俺は慌ててホニーの口元に、無詠唱で風魔法を放つ。


「チョット! カイセイ! アンタなにを——」

「落ち着けよホニー。お前がどんなパンツを履いていようと、俺は決してお前のことを見捨てたりしないから安心しろ!」


 拳を握りしめたホニーが、俺目掛けて突進して来た……

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