ホニーの旅立ち

 ホニーのバカ兄貴が俺に向かって命乞いをしている。まったく…… いったい俺をどれだけ残忍な性格の持ち主だと思ってるんだか。


「命をどうこうするつもりなんてないよ…… 俺、ヒトスジー家のことも、どうこう言える立場にないんで、後のことはみなさんで相談して決めて下さい」


 俺は主にセバスーさんとホノーノさんに向けて、この言葉を伝えたのだが……


「じゃあ、アタシとセバスーはカイセイのパーティメンバーになるから、代官はホノーノがやんなさいよネ」

 ホニーめ。なに勝手なことを言ってやがるんだ。


 代官の指名を受けたホノーノさんが口を開く。

「……いえ。そういうことでしたら、セバスーこそ適任であると思います。セバスーは先代より、ホニー様の養育を任された人物。ホニー様の信頼も厚く、また、ホニー様のお心を最もよく理解している者は、セバスーをおいて他にいないものと思います」


「え? でもホノーノさんは、セバスーさんがホニーを裏切ったって思ったんじゃ……」

 思わず口を出してしまった俺。


「い、いえ…… あれは、積年の恨みを晴らしたと言いますか…… セバスーをブン殴れる機会は今しかないと思い、つい……」


 あれ? ひょっとして俺、聞いてはいけないことを聞いてしまったのか? この二人の過去に何があったのか、絶対に聞いてはいけないような気がする……


「ま、まあ、その件につきましては、またじっくりとお二人で話し合っていただくこととしまして、ハハハ……」

 うわ、セバスーさんったら、メチャクチャ怖い目でホノーノさんのこと睨んでるよ。


「チョット! セバスーはアタシと一緒に行くのよ。ねえ、そうでしょ、セバスー?」

 ホニーが懇願するような表情で、セバスーさんに向かって言葉を投げかける。


「お嬢様。私は今までお嬢様が幼い頃から、ずっとお側に仕えてまいりました。しかし、それで本当に良かったのか、最近疑問に思うことも多かったのです。自分では厳しく接しているつもりでも、やはりどこかで甘やかしているのではないかと」


 ホニーの母親は、ホニーが幼い頃に亡くなったと聞いている。父親は、マホウノ=ミチ・ヒトスジーという名前からもわかるように、魔法の研究・実践以外に費やす時間はほんのわずかしかなかったそうだ。

 セバスーさんがそばにいるおかげで、ホニーは寂しい思いをしなくて済んだと思う。しかし、確かに今後もずっとセバスーさんに頼りきりでは、ホニーの成長にとってマイナスの面もあるかも知れない。


「昨夜、私はカイセイさんとお話をさせていただきました。また、カイセイさんが年若い者達に向ける優しい眼差しも拝見しました。あなたこそ、お嬢様をより良き道へと導いて下さる御仁だと私は確信するに至りました。勝手を申すようで大変恐縮致しますが、カイセイさん、どうかお嬢様をパーティメンバーに加えていただきますよう、お願い申し上げます」


 そう言うと、セバスーさんは両膝を地面につきこうべを垂れた。これは…… 自分の首を差し出す代わりに願い事を述べる時の仕草では?! この世界で言うところの『献命嘆願の礼』と言うヤツだ。日本的に言うなら、これから切腹しますんで、どうかお願い聞いて下さいねって感じだと思う。


「ちょ、ちょっとやめて下さいよ、セバスーさん! 俺がホニーを正しく導けるかどうか怪しいものですが、精一杯、頑張らせていただきますよ! ですのでどうか頭をあげて下さい! いいですか、今のは見てませんからね! 今のはなかったことにしないと、ホニーは連れて行きませんよ! いいですね?」


「……わかりました。ご配慮、重ねがさね感謝致します」


 いやー、ビックリしたよ。でも、セバスーさんの思い、ちゃんと受け取りましたからね。


「チョット! なに勝手に話を進めてるのヨ! 別にセバスーも一緒に来たら良いじゃない。カイセイだって、セバスーに来て欲しいって言ってたんだから!」


「お嬢様はこれから新しい道を歩まれます。新しい先達せんだつと新しい友人と共に、どうか魔導士としてのいただきへと至る新たな道をお進み下さい。それはきっと、お嬢様の人としての器を広げる道でもあるはずです。私と一緒では、きっとお嬢様の足を引っ張ることになるでしょう」


「チョ、チョット。カイセイからも何か言いなさいヨ!」


「そうだな。セバスーさんが一緒だと、きっと今後もホニーは無意識のうちにセバスーさんを頼ることになるんだろうな。例えば昨日、お前が俺達の野営地にケンカごしで乗り込んで来た件だって、お前、俺達に一言も謝ってないだろ? 代わりに謝ってくれたの、セバスーさんだからな?」


「あ、あれはアンタ達に忠告してやろうと思って……」


「あんな言い方じゃ、相手に伝わらないよ。それにお前、初めから俺達の晩飯を狙ってただろ? 素直に一緒に食べさせてくれって言えばいいものを…… お前、結局、最後にはセバスーさんがなんとかしてくれるって思ってたんじゃないのか?」


「ぐ……」


「セバスーさんはお前にとって親みたいなもんなんだろ? なら一度親離れしてみるいい機会なのかも知れないぞ?」


「う……」


「ふふ、流石、カイセイさんですね。よく見ておいでだ」

 少し寂しそうに微笑むセバスーさん。


「なあホニー。別に今後セバスーさんとまったく会えなくなるわけじゃないんだ。ここはセバスーさんの気持ちを汲んであげたらどうだ? ちょっと長期の研修にでも出かけるつもりでいいんだよ」


「ええ、その通りです。私はホノーノのクソ野郎と共に、お嬢様のお帰りを待っておりますよ」

 セバスーさんがホノーノさんに対して相当怒っていることは置いておいて……


 ホニーは幼い頃からずっとセバスーさんと一緒に生きて来たんだ。俺が想像する以上に別れが辛いだろうし、今後の生活に不安を感じているだろう。そんなことを考えていると——


「大丈夫よ、ホニー。私達が一緒だから、きっと寂しくなんてないわ…… って、あっ、私、喋っちゃった! どうしよう!」

 今更だよアイシュー…… お前、さっきから結構喋ってたと思うぞ? しかも大声で。


 あせった表情のアイシューに俺は告げる。

「いいよアイシュー。ヒトスジー軍のみなさんは、なんとなく察して下さっていることだろう。ミミーはどうだ?」


「オウっ! オレっちが一緒だから、デデーンと任せればいいゾ!」


「お二人とも、ありがとうございます」

 二人に対し優しく微笑みかけるセバスーさん。


「ねえ、セバスー…… セバスーはアタシのことが嫌いになったんじゃないのよね?」


「もちろんですとも。私は生涯、お嬢様の味方ですよ」

 優しい瞳で真っ直ぐホニーを見つめるセバスーさん。

 この時。ホニーの瞳から一筋の涙が頬を伝った。

 俺は、その涙を見て、過去のある出来事を思い出した。




 これは前回のターンの対魔人族戦役での話である。


 戦争が長引くにつれ、ホニーの周りから、これまでホニーと共に歩んできた人達の姿が消えていった。重傷を負ったセバスーさんは後方へと退き、ホノーノさんをはじめとする多くのヒトスジー家に所縁ゆかりのある人々は、文字通り二度とホニーの前に姿を現わすことが出来なくなった……


 それでも、この世界最強の魔導士と謳われたホニーは、ひたすら前を向いて最前線に立ち続けた。しかし…… 次第にホニーの表情からは感情が消え、まるで人形であるかのように、ただひたすら敵に向かって魔法を放ち続けるようになって行ったのだ。


 口数もめっきり減って、別人のようになってしまったホニー。

 俺は…… ホニーの心が壊れてしまったと思っていた……


 だが、俺はある戦場において、ホニーの顔を間近まぢかで見る機会があった。その時、俺は大きな勘違いをしていたことに気付いた。

 ホニーの瞳から一筋ひとすじの涙が流れていたのだ。


 決してホニーの心が壊れていたのではない。自分の気持ちを打ち明けられる親しい人々が、自分のそばからいなくなっただけなのだ。ホニーは一人で無理矢理心の奥底に悲しみを仕舞い込み、懸命に自分の役割を果たそうとしていたのだ。


 我慢を重ねてきた心の隙間から、ほんの少し頬を伝って感情のしずくが流れ落ちた…… 俺はその光景を、ただ見ていることしかできなかった。


 本当に俺は…… ホニーに何もしてやれなかったんだ……



 今度こそ、少しでもマシな大人になろう。惜別せきべつの涙を流すホニーを見て、俺はそう心に誓った。

 今、ホニーの心は悲しみに包まれていることだろう。しかし、これはホニーが大人のなるために必要な涙なのだと思う。人は誰でも出会いと別れを繰り返すものなのだから。

 しかし、もう二度と、一方的な別れだけをいてくる戦争の悲しみで、ホニーの瞳を濡らすことなんてさせはしない。絶対だ。今の俺に迷いはない。




「カイセイ…… アンタ、セバスーと一緒にパーティを組みたいって言ってたでしょ? アタシ一人になっちゃったけどいいの?」

 強く涙を拭ったせいで、目元が赤くなってしまったホニー。でも声はしっかりとしている。もう大丈夫なようだ。


「今更なに言ってんだ? 俺はもうとっくに、お前と一緒に行くつもりでいたんだけど、お前は違うのか?」


「いいえ、違わないわ! そうね、これからはアタシがアンタ達を守ってあげるから、安心しなさいよネ!」

 溢れんばかりの笑顔で憎まれ口を叩くホニー。まあ、なんというかホニーらしいな。でも、前回のターンも含めて、ホニーのこんな笑顔を見るのは初めてだよ。



「見てなさいよ。アタシはカイセイから日本の文化を学んで、この世界一の日本文化通になるんだからネ!」


 ……おい。魔法の研鑽は積まなくていいのかよ? どうやら、そう思ったのは俺だけではないようで、ホノーノさんが、


「あの、ホニー様…… どうか魔法の修練もお忘れなきよう……」

と、苦い顔をしてつぶやいた。


「大丈夫ですよ」

 俺はホノーノさんに言葉をかける。ホニーのレベルは57だ。ユニークスキル『人物鑑定』持ちの俺が言うのだから間違いない。アイシューのレベルが58だったから、まあ同じぐらいと言っていいだろう。


「俺がバッチリ魔法の練習もさせますんで、たぶん今度ホニーに会うときは、上級魔導士になったホニーの顔がおがめると思いますよ。ホニーはレベルが高い…… いや、才能があるんで、そんなに時間はかからないと思います」


 レベル60で上級魔法を使えるようになるんだから、本当に上級魔導士になるまでには、そんなに時間はかからないと思う。

 ああ、それから、レベルの概念についてはみんな知らないだろうから、若干不本意ではあるが、ここはホニーに才能があることにしておいた。ホニーのヤツが調子に乗らないといいのだが。


「な、な、なんと! おい、みんな聞いたか! ホニー様は大魔導士様のご指導のもと、近々上級魔導士になられるそうだぞ!」


「「「「「 うおおおおおおーーーー!!! 」」」」」


 あれ? 周囲にいる兵士のみなさんが、やたら盛り上がってるんだけど?


「やはりホニー様はスゴイ方だったんだな!」

「先代、マホウノ=ミチ・ヒトスジー様でも、上級魔法を極められたのは、確か30代になってからだと聞いたぞ?」

「俺、最初から、ホニー様が伯爵位を継ぐべきだと思ってたんだ!」


「「「「「 ホニー様、バンザーーーーイ!!! 」」」」」


 そうか。この世界で上級魔導士っていうのは、本当に稀有けうな存在なんだ。そう言えば、アイシューも上級魔導士の話題には、やたらと食いついてきたっけ。


「ホニー様。次にお会いできる機会を心より楽しみにしております! お元気で!」

「お帰りになられた際には、ぜひ自分にも魔法を教えて下さい! お達者で!」

「俺、最初から、急いでご出立された方がいいと思ってたんだ!」


 あれ? なんだか一気に旅立ちムードが高まってきたんですけど……


 ホニーが小声で俺に話しかける。

「……チョット、どうすんのよ。アタシ、一回、家に帰ってお風呂に入ってから出発しようと思ってたのに……」


「知らねえよ…… こうなったらもう、出発するしかないだろ? なにか持って行きたいものでもあるのか?」


「まあいいわ。特に必要な物もないし。じゃあ、アレをやってよ。お別れの演出ってヤツ。アタシ、アイシュー達から聞いたんだからね」

「もしかして、風魔法で宙に浮いて、住民のみなさんの頭上を旋回するってヤツか?」


「そうよ! じゃあ、セバスー、それからみんな、アタシ、チョット行って来るわね!」

 ちょっと照れた様子のホニーが、元気いっぱいセバスーさん達に手を振っている。心残りはないようだな。


「わかったよ。じゃあみなさん、ホニーのことはお任せ下さい! あっという間に上級魔導士にして見せますから! しばしのお別れです!」


 セバスーさんやホノーノさん、それから前回のターンで戦友だったみんなの笑顔に送られて、俺とホニー、そしてミミーとアイシューの4人は、俺の風魔法で作り出した上昇気流に乗り、大空へと舞い上がった。


 ホニーひとりを低空に残し、俺達3人は上空からホニーを見守ることにした。ホニーのヤツ、張り切ってるじゃないか。


「アタシはヒトスジー伯爵家の新しい当主、ホホニナ=ミダ・ヒトスジー! これから魔法を極めるための旅に出るのヨ! アンタ達! アタシが不在の間、セバスーやホノーノの言うこと、ちゃんと聞くのよ! いいわネ!!!」


 ホニーのヤツ、なんだかんだ言って、やっぱり伯爵家の娘だな。しっかりしてるよ。


 そんなことを思いながらホニーの様子を見ていると…… なんだろう? ホニーのヤツ、俺の方をチラチラ見てるんだけど?


 あっ、そうか。さっき、『アイシューから聞いた』って言ってたな。アイシューには不評だったけど、混合魔法を使って足の裏から煙りを出す演出を期待してるんだな。派手好きなホニーのことだ。きっとアレをやって欲しいんだろう。いいとも。お安い御用だ。


 飛行機っぽい感じで飛行機雲なんかをなびかせながら、優雅に飛行させてやろう。じゃあ、火水風の混合魔法でホニーの足の裏から煙を出して、っと。あっ、ホニーのヤツ喜んでる。気にするな。次は煙をもうちょっと大きくしようか。うんうん、いい感じだ。更に煙の勢いを鋭くして……


 あっ、風向きが変わった…………


 あっ、煙が風に流されて、俺達の方へ…………


 そして、なぜか煙が集中的にアイシューの方に向かって…………


「あ、あれ? カイセイさん、なんだか私の方へ煙が……


……こほん。……ゴホゴホ。 ……ゴホッ、……オェ ……オエエ


ゲェェェェェーーーーー!!! オゥエエエエエエエエエーーーーー!!!


もう! オェ…… カイセイさん! オェ…… これ、わざとやってるでしょォォォーーー!!!」


 誤解だよ! これは、笑いをこよなく愛する女神様の仕業じゃないか? 本当に俺のせいじゃないからな!



 この日、炎の令嬢こと、ホホニナ=ミダ・ヒトスジー、通称ホニーは、彼女を愛する多くの同胞達に見送られながら、故郷ヒトスジー伯爵領から旅立った。しかしなぜか、アイシューの二日酔いのオッサン顔負けの野太い声が、その大地に別れを告げるかのごとく響き渡ったのであった。

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