左眼の秘密

「ハッハッハ! 聞いたかお前達。我が妹は、ヒトスジー伯爵家を継ぐのが嫌だそうだ。ということで、ヒトスジー家の正統なる当主である、このオノレノ=ミチ・ヒトスジーに逆らったらお前達、覚悟は出来ているのだろうな!」


 あーあ。ホニーのバカ兄貴が頭チリチリのくせに、偉そうなこと言いだしたよ。


「おい、ホニー。このままじゃ、ホノーノさん達が大変な目に合うぞ? セバスーさんだってどうなるか…… なあ、ホニー。お前、意地を張らずに、ヒトスジー家を継いだらどうだ?」


「チョ、チョット、カイセイ! アンタまで、なんてこと言うのヨ!」

 ホニーが叫ぶ。

「そうだ! キサマ、なんてことを言うのだ!」

 バカ兄貴も叫ぶ。


「こういう時だけ、きょうだいで団結すんなよ。ちょっとバカ兄貴は黙ってろ。ウインドロープ!」

 俺は風魔法でバカ兄貴を拘束し、ついでに風魔法特製猿ぐつわをかませた。




「お嬢様、どうかご決断下さい」

 あっ、セバスーさんだ! 目覚めたセバスーさんが、ホニーに語りかけた。


「セバスーさん! もう起きて大丈夫なんですか?」

 俺はセバスーさんに声をかける。


「ええ。カイセイさんのおかげで、体力は回復しております。今まで気を失っていたとは、まったくお恥ずかしい限りです」


 ここで、ホノーノさんが、気まずそうな顔をして口を開く。

「セバスー。お前はホニー様を裏切って、ホニー様の居場所を喋ったんじゃなかったのか?」


「チョット、ホノーノ! セバスーがアタシを裏切るわけないでしょ!」

 ホニーが声を荒げて怒り出した。

「付き合いの浅い、俺でもわかりますよ。セバスーさんがホニーの味方だってことぐらい」

 俺もホニーの意見に同意する。


「すまん、セバスー。この通りだ」

 ホノーノさんは、騎士の礼をセバスーさんに向けた。これは日本で言うところの、土下座に近い意味で使ってるんだろうな。


「……ホノーノ。テメー…… いや、あなたは、よくも私をブン殴ってくれやがりましたね。覚悟は出来てんダローな…… でしょうね」


 ヤバい。セバスーさん、メチャクチャ怒ってる。なぜかホニーまでビビってる。ちょっとミミーが心配だ……


「おいミミー、大丈夫か?」

「……オニーサン。オレっち、さっき念のため、早めにオシッコ行っといて良かったゾ……」

 どうやらミミーは、俺の超級魔法より、セバスーさんの脅し文句の方が怖いようだ。


「ま、待てセバスー。あれは俺もそこにいる役立たずの領主に騙されたんだ! ええい、仕方ない! 後でお前の気の済むまで殴らせてやる! だから今は、ホニー様をご当主に擁立する方が先だ!」

 なんだか覚悟を決めたご様子のホノーノさん。


「仕方ないですね。では、後で存分に殴らせてもらうこととして——」

 やっぱりお殴りになられるのですね、セバスーさん?


「——お嬢様。もしお嬢様が伯爵位を継がぬと言われるのであれば、ここにいる多くの者が兄上様によって殺されることになりますよ? それで本当に宜しいのですか?」


「ぐぬぬぬ…… セバスー、ズルいわヨ!」


「まあ、お聞き下さい。何も今すぐご当主になれと言うのではありません。ここは伯爵位を継ぐと宣言され、お嬢様が成人なさるまでは代官でも置いて、領地経営はその者に任せればいいのです」


「え、それでいいの? それなら——」


 ホニーが伯爵位を受け入れると言おうとしたまさにその瞬間!


——ピイーーーー


 バカ兄貴の側近が胸元から取り出した笛を吹き、周囲に散開させていた近衛兵達に向かって何かの合図を送った。


 あっ、アイシューがまた、汚ならしいものを見るような目で俺を見つめてきた……

 もう、笛吹くのやめてくれよ…… アイシューがリコーダーの一件を思い出しちゃったじゃないか。


 アイシューの視線から逃れるように、俺は周囲にいる近衛兵の様子を注視していたところ…… なんだ? 周囲に散らばっている近衛兵達が何か叫びだしたぞ?


 ここからだとよく聞こえないのだが、よくよく耳をすませて聞いてみると——


「おいお前、嫁がいるくせに3日に1回のペースで、いかがわしいお店に通ってるだろう!」

「な、なぜ、お前がそのことを知ってるんだ!」

 ん? この人達、なに言ってんだ?


「お前12歳の頃、近所のお姉さんがお風呂に入ってるの、コッソリ覗いてたそうだな!」

「や、やめろよ! あれは若気の至りだったんだ!」

 なんだ、このやり取り?


「5ヶ月前に起こったハンスさんの洗濯物がなくなった事件。実はあの犯人、お前——」

「わ、わかった! なんでも言うこと聞くから、その続きは言わないでくれ!」


 なんだこれ? ひょっとしてホニー派の人達を脅迫してるのか? それにしても…… どうでもいい情報をよくここまで集めてきたものだ。その労力を違う方向に向けていたら、たとえ魔法が使えなくとも、もうちょっと尊敬される領主になっていただろうに。


「あのバカども……」

 ホノーノさんが苦虫を噛み潰したような顔をしている。そしてホノーノさんは俺に向かって——


「大魔導士様。あの者達はそこにいるバカな領主に命じられているだけなのです。どうかご容赦下さい」


 おや? ひょっとして、また俺、キレキャラだと思われているのかな? ホノーノさんは更に続ける。


「周囲で子どものような戯言ざれごとを言っている者達や、目の前にいるバカ領主の取り巻きたちは、あなたが先ほど行使された超級魔法を見ていないのです。あなたの実力を知らない者達に、どうかご慈悲を賜りますよう」


 ちょっとホノーノさん…… あなた何か勘違いしてませんか?

 俺が心清らかな好青年であることを説明しようとしたところ、ホニーが先に口を挟んできた。



「仕方ないわね。ここはカイセイのとっておきを見せて、あのおバカな連中を黙らせるしかないようね」

 いや、別にそれしかないわけじゃないと思うんだが…… 要はもう一度超級魔法を見せて、バカ兄貴派の連中を黙らせろってことなのか?


「チョット! よく見てなさいよ、バカ兄貴とその不愉快な仲間達!このカイセイはねえ——」


 仕方ない。また超級魔法の出番か。


「あの日本から来た異邦人なのよ! だからカイセイは——」


 ああ、使えるとも。超級魔法だろ?


「ドラゴンを召喚できるのよ!!!」


「……………………お前、何言ってんだ?」


「ふっふっふ。私、知ってるんだからね。日本人はみんな左目にドラゴンを飼ってるのヨ!」


 冗談で言っているのか? それとも本気で言っているのか? 俺にはよくわからない。ただし、一つだけはっきりとわかることがある。ホニーに日本の文化を伝えたというホニーの師匠。その人はきっと、とある病気にかかっていたようだ。


 だが…… 悪かったな、とある病気のホニーの師匠よ。俺はこの世界2度目なんだ。ホニーとは前回のターンで会ってるんだよ!


 あれは前回のターンで魔人族との戦闘が始まった頃。まだ我々の部隊全体に活気があった時の話だ。俺は混合魔法を使って遊んでいた…… いや、訓練をしていた。火魔法で火柱を作り、風魔法でコントロールして螺旋らせん状に上空へ炎を巻き上げた。すると近くで見てたホニーがこう言ったんだ。


『スゴイ…… これが異世界のドラゴンなのね』と。


 俺は意図してドラゴンっぽい動きを演出したわけではないが、 日本の知識が無駄に豊富なホニーには、その動きが聞きしに及ぶドラゴンの姿に見えたようだ。きっとファイアードラゴン? か何かだと思ったんだろう。


 まったく、ホニーのヤツが変なことを言うもんだから…… 見てみろよ、周囲のホニー派の兵士のみなさんまで、好機に満ちた目で俺を見つめているじゃないか。これはもうやるしかないようだ。いいだろう、出してやるよドラゴン…… ぽい何かを! 要はあの混合魔法ショーをまたやればいいだけだろ? 見てろよホニー!


 俺はあの時の手順を思い出し、魔法を発動させて火柱と暴風を上空へ向け螺旋らせん状に放った! どうだ、スゴイだろ! さあ言え、ホニー!


「スゴイ……」

 そうそう、いい感じだ!


「これが異世界の——」

 そうだ、最後まで言っちまえ!



「ウン○みたいだゾォォォーーーー!!!」

「…………え?」


「オニーサンすごいゾ! なんか、お空に向かってウン○してるみたいだゾ!」


「……いいか、ミミー。人前でだな、その……ウン○とかオシッコとか…… そういう…… 汚い言葉は言うな…… いや、言ってはいけません?」


「チョット! 何よアンタ、そのぎこちない叱り方。まるで『お父さん始めました』って感じ丸出しじゃないのヨ!」

「おい、世間のお父さん達を冷やし中華みたいに言うなよ、失礼だろ」


「まったく! 何がドラゴンよ。一瞬これが噂に聞くドラゴンかと思って感動したけど、今じゃもう、ウン○にしか見えなくなったじゃない! アタシの感動返しなさいヨ!」


「おい、ホニー! ミミーの前でウン○とか言ってんじゃねえよ! ミミーが真似したらどうすんだよ」

「ハア? ウン○って言い出したの、ミミーでしょ! この親バカ! いい加減にしなさいよネ!」


「もう! あなた達、ホントいい加減にして!!! 」

 あっ、アイシューが激昂している。


「なにがウン…… ああ、もう! カイセイさんもホニーも、あなた達は子どもなの? まったくこっちまで恥ずかしいでしょう!」

 大きな声で喋るなよ…… って言ったらまた怒られそうだから、ここは黙って反省することにしよう。うん、それが良さそうだ。だって、アイシューってばかなりご立腹のご様子なんだもの。アイシューの前で、下品なこと言わないように気をつけよう。


 俺の混合魔法を見たバカ兄貴派の連中が、唖然とした様子で立ちすくんでいる。どうやらヤツらの戦意は打ち砕けたようだ。



「オニーサンのうん◯魔法、すごかったゾ!」

 ミミーはたいそうご機嫌な様子だが——


「……ミミーちゃん。人前でうん◯って言っちゃダメ。わかった?」

「…………ハイ」

 アイシューの勢いに押されて、ミミーがまた語頭や語尾に変なのをつけてないぞ。流石、怒れるアイシューの言葉には説得力がある。いっそのこと、今後ミミーの教育はアイシューに任せたらどうだろうか?


 そんなことを考えていた時、なにやら鼻をつく臭いが漂ってきたので、臭いの発生源に目をやると……

 ホニーのバカ兄貴、どうやらチビったみたいだ。ここは武士の情けだ。気がついてない振りをしておいて——


「チョット! 兄さまったら、ひょっとしてチビったの? ヤダ〜」

 ホニーのヤツ、容赦ねえな……


「おいホニー。日本には『武士の情け』って言葉があるんだ。あんまりふれてやるなよ」

 俺はそう言うと、バカ兄貴を拘束していたウインドロープを解除してやり、混合魔法ドライヤーを使ってやった。


「だだだ、大魔導士様。わ、私は降伏致します。伯爵位は妹に譲りますので、どうか命ばかりは……」

 憐れな声で助けを求めるバカ兄貴。


 さっきのはネタ魔法のたぐいなんで、そんなに怯えなくてもいいのに…… まあいいや。

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