まるでお父さん
ダンジョンで仕留めた魔獣を冒険者ギルドで換金した俺は、思わぬ臨時収入に心躍らせていた。
ギルドから借りていた装備一式を返却したため——初心者でもないのに装備を借りておくのも気が引けるので——直ぐに新しい装備を道具屋で購入したのだが、それでも思った以上の大金が手元に残った。
まあ装備と言っても、そんなに高価なものは買っていないからお金が残ったっていうのもあるんだけど。今すぐ強敵である魔人族と出くわすことはないだろうから、装備は初心者用に毛が生えた程度のものにしておいた。
そんなわけで、潤沢な資金が手に入った俺は、この街で一番豪華な宿屋の部屋を押さえた。そして今、宿屋の1階にあるそこそこ豪華なレストランっぽい食事処で夕食をとっているところだ。
ここのところ、対魔人族戦役で疲労困憊だったからな。たまにはこういう贅沢もいいだろう。と言っても、このハジマーリの街は新米冒険者が集まる街なんで、豪華な宿屋や食事といってもたかが知れてるんだが。
レストランで食事をしながら、俺はいろいろと思いを巡らせている。今日、あれだけやらかしたんだから、これ以上この街に滞在するのもどうだかなあ…… 色欲女王バインに付きまとわれるのもゴメンだし。やっぱり明日の朝にはこの街を出ようか……
ダメだ、頭の中が混乱してきた。ここは一度、前回のターンのおさらいして、頭の中を整理してみよう。
5年前、俺がこの世界に招聘された際、あの『白い世界』において、俺は女神様からいくつか『転生者特典』をもらうことになった。その際、女神様はありがたくも次のようにおっしゃったのだ。
『ここはあなたにとって見知らぬ世界。一人で冒険を始めるのは大変でしょう。そこでハジマーリの街に、3人のパーティーメンバー候補を見つけておきました。3人とも実力は申し分ありません。この中から一人を選び、最初のパーティメンバーにするといいでしょう』
5年前の俺では考えが及ばなかったのだが…… これって日本の美少女が出てくるあんなゲームやこんなゲームに似てないか? 今ゲームを始めると、三人の美少女の中から一人を選んであなたのパートナーに出来ます、みたいな。今の俺ならハッキリ言える、大いにその可能性があると。第一、あの女神様って、やたら日本人ぽかったからな。
ああっ、そうだ、思い出したぞ! あの時女神様は最後にこう言ったんだ!
『3人とも、とってもカワイイいんだから! あなたが誰を選ぶか楽しみだわ、うふっ!』
…………5年前のあの時、俺はあまりにも緊張してたんで、心優しい女神様は俺の緊張をほぐそうとして、親しみのある表現をして下さったと感謝していたのだが……
ひょっとして俺、すでに5年前からおちょくられていたのだろうか? いや、今は女神様のことを考えるのは止めよう。なんだかとっても疲れてくるんだ……
さて、そのパーティメンバー候補3人とは、攻撃魔法が得意なナミダーメさん、治癒魔法が得意なバインバイーン、索敵と短剣が売りのミミーだった。女神様は、3人の中の『1人だけ』確実にパーティメンバーとして迎え入れることが出来ると言っていた。だから俺は1人だけ…… バインを選んだのだ。
この中から1人選ぶなら、やはり治癒魔法が得意な神官バインになるだろう。この先どんな危険が待っているかわからないんだから、当然、自分の命を守ることを最優先に考える。治癒魔法は大事だ。
あれっ、なんか言いわけくさい? べっ、別にナイスなバディーとかプリティーなフェイスとかに惑わされて、バインを選んだわけじゃないんだからな!
しかし、バインはロクでもないヤツで、全く役に立たなかったのだ。それどころか、ロクでもないヤツの周りにはロクでもないヤツばかりが集まるのだろうか、結局、俺のパーティには真っ当な人材は全く集まらなかった。
俺がこの世界に来て2年目ぐらいの頃だっただろうか。バインがパーティの共有資金を持ち逃げしたのをきっかけに、俺達のパーティは解散した。まあ、元々パーティの連携なんかは最悪だったので、解散したこと自体は決して悪いことではなかったと思っている。
そうそう、バインのヤツが金をふんだくって、どこかのイケメン剣士と一緒に逃げやがった時、アイツは俺たちパーティメンバーに書き置きを残していったっけ。
『私の実家があるミナミノ国で、彼と子どもと3人で幸せになるから応援してね。あっ、それから結婚祝いと出産祝いは気にしないで。パーティの共有資金をいただいたから。みんなに気を遣わせるの悪いもん』
この書き置きを見たとき、俺たちパーティメンバー全員『ポカーン』って顔で見つめ合ったよ。だいたい、出産祝いってなんだよ? お前まだ出産してなかっただろうが! というか、ホントに妊娠してたのかよ?
ちなみに一緒に逃げたイケメン剣士は『ニシノ国にいる母の介護が必要になったので実家に帰ります』という書き置きを残していたそうだ。バックレる口実ぐらい口裏合わせとけよ、このバカップル!
ハァ…… バインのこと思い出すのもう止めよう。脳がバインに犯されそうだ。
その後約1年間、俺はソロの冒険者として活動した。この時期、俺は最も充実した時間を過ごせたと思っている。気の合うパーティの助っ人をしたり、転生者仲間と一緒に行動したり。この世界に来て苦しいことや辛いことが多かったが、唯一楽しかったのは、この1年間だったように思う。
そして俺がこの世界に来て4年目を迎えた頃に魔人族との戦争が始まり、俺は人間族軍の将校になった。同じく人間族軍の将校として参戦していたナミダーメさんと、この時に再会したのだ。
戦場に身を置いたナミダーメさんはとても凛々しかった。所属していた部隊が違ったためそれほど頻繁に話をしたわけではないが、それでも彼女の姿を見る度に後悔したのを覚えている。『どうしてあの時ナミダーメさんを選ばなかったんだろう』と。
この後、本格的な魔人族との戦争に身を投じて行くのだが…… まあそれについては、今は思い出さなくてもいいだろう。そう言えば、バインは対魔人族戦には参戦していなかったし、ミミーも姿を現さなかったな。そうか、ミミーは獣人族だから、人間族対魔人族の戦いに参戦する必要が無かったのか。
さて、とりあえず頭の中を整理できたような気がする。ソロで冒険者をやってた頃、楽しかったのも事実だが、ナミダーメさんとパーティを組みたいと思ったのも事実だ。只今2度目の異世界生活が始まったばかり。なら、やっぱり前回とは違う人生を歩んでみようじゃないか!
ただし、この『美少女ゲーム初期キャラ特典』みたいなのをもらったのは、あくまで前回のターンでのこと。今回もその条件が当てはまるとは限らない。特に今日、大いにやらかしてしまったので、ナミダーメさんに断られる可能性もあるだろうな……
まあいいや! とにかくダメ元で、明日の朝、ナミダーメさんに会ってみよう!
うーむ…… なんだか告白に行くみたいな気分になってきた…… ま、まあ、こんな気持ちになるのも久し振りだ、これはこれで良しとしよう。
それがダメなら、お気楽ソロ冒険者生活だ。これもこれで良いだろう。第一、今の俺なら一人でやっていけるだけの力が十分すぎるほどにあるんだから。
後は…… そうだな、バインは絶対ありえないとして、ちょっと引っかかるのは獣人族の少女ミミーのことだ。今日、少しの間だったが、俺はミミーと共に時間を過ごした。ミミーはとても純真な少女であり、彼女と一緒にいるとこちらまで幸せな気持ちになったものだ。なんだか父親になったような気分だったな。
今回、女神様は話し合いがどうたらこうたら言ってたけど、やっぱり戦争とまでは行かなくても、魔人族との小規模な戦闘程度は起こる可能性は高いと思う。無関係な獣人族の女の子を巻き込むわけには行かない。残念だが、ミミーとはここでお別れすべきだろう。
「よし! 腹は決まった。じゃあ、しっかり腹ごしらえして、明日に備えるとするか!」
おっと、気合いが空回りして思わず声が出てしまった。あれ、周囲の客が怪訝な様子でこちらを見てるじゃないか…… ちょっと恥ずかしい。
こちらをうかがっている周囲の視線から逃れるため、何気ない様子を装い窓のある方角に目をやると……
笑顔爆発少女ミミーがこちらに向かってブンブンと手を振っているではないか! 俺は慌てて食事を中断し、レストランを出てミミーのもとへと駆け寄った。
「おい、ミミー。どうしたんだ? それより俺の居場所がよくわかったな」
「オウっ! 俺っちの鼻はすごいんだゾ!」
「ああ、嗅覚と聴覚が優れてるって言ってたな。俺ってどんな匂いがするん…… いや、なんでもない」
加齢臭とか言われたら立ち直れないぞ。俺はまだ若者だ。5年若返ってピチピチの36歳だ。
「なんか用事があるなら中に入るか? メシぐらい奢ってやるぞ?」
「ムムっ! この街には『フウっ! エイっ! ホォウーーーー!』があるから、子どもは夜、お酒が飲める場所に入っちゃダメなんだゾ!」
「なんだその掛け声みたいなの? ひょっとして『風営法』のことか」
「オオー! オニーサンは物知りだゾ!」
この世界にもそんなもんがあるんだな、メンドクセ。
「で、なんか用事でもあるのか?」
「オニーサンは今ご飯食べてるゾ? オレっち、オニーサンがご飯食べ終わるまでここで待ってるゾ!」
ああ、なんて出来た子なんでしょう。心洗われるよ。しかも今日二度目だよ。
「わかった。じゃあ、ちょっとだけ待ってろよ」
俺はそう言うとレストランに戻り、厨房にサンドウィッチを注文した後、急いで自分の食事をかきこんだ。
♢♢♢♢♢♢
「お待たせ。お前まだメシ食ってないんだろ? これやるから食えよ」
レストランを出た俺は、さっき注文しておいたサンドウィッチをミミーに手渡す。
「オオー! いいのかオニーサン? お金払うゾ?」
「いいよ、そのくらい。今日頑張って働いてくれたお礼だよ」
「ムムっ! でも今日オレっち、全然働いてないゾ……」
ミミーはそういうと、背負っていたリュックのようなもの——俺にはランドセルにしか見えないのだが——から金銭の入った大きな袋を取り出す。
「これ返すゾ! こんなにもらえないゾ!」
「ああ、今日のお前の取り分だな。おい、ミミー。やっぱり
ミミーがコクリと頷く。
「いいかミミー。お前も冒険者なんだろ? 冒険者は命を預け合うもんだ。活躍したかしなかったかが問題じゃない。二人で同じ危険な場所にいて、二人で一緒に危険な魔獣と戦ったんだ。だから報酬も二人で分けるんだ。そうだろ、冒険者ミミー?」
「ムムムっっっ…… わかったゾ…… オニーサンありがとうだゾ!!!」
そう、これが冒険者の流儀というものだ。小さな冒険者ミミーは俺に感謝の眼差しを向けながら、素直に金銭の入った袋を自分のリュックにしまった。
「まあ、食いながら話そうか」
俺がそう言うと、ミミーは『ありがとうだゾ』と言うや否や、サンドウィッチを口いっぱいに頬張った。
「オウっ! これ美味いゾ!」
美味そうに食べるもんだな。あーあー、口の周りにいっぱいソースつけちゃって。あっという間に食べ終わっちゃったよ、ふふふ…… って、なに和んでんだよ俺! 俺はコイツのお父さんかよ!
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