お星様になった係長
「それはそうと、ミミー。どうしたんだ、ランドセルなんか背負って? これから小学校にでも行くのか?」
「ムムっ? オニーサンはときどきムズカシイことを言うゾ?」
「いやいや、俺が言いたいのはだな、お前が背負ってるリュック? カバン? とにかくその大きいのは何だと聞きたかったのだが」
「オウっ! オレっち、今日からオニーサンのデシになるゾ!」
「……いや、会話があさっての方向に脱線してるだろ? その中に着替えやらなにやらがいっぱい入ってるってことか。旅支度万全だな、お前」
「ん? デシはシショーといつも一緒にいるものだゾ?」
「いや、そんな『当たり前のこと聞くな』みたいな顔で見られても…… 第一お前、ダンジョンで嘱託契約冒険者として働いてるじゃないか? それ、どうすんだよ?」
「ん? ちゃんと『タイショクネガイ』出してきたゾ?」
「はあ? 何言ってんだお前! 次の仕事どうすんだよ? いいか、再就職するって、そりゃあもう、とっても大変なことなんだぞ! まったく、今時の若者ときたら……」
ああ、なんか昔日本にいた頃言われたような気がするな、この台詞。確かに失業期間中は精神的に辛かったし、再就職先の雇用条件も悪かったからなぁ、って別に今思い出すことじゃないか、こんなこと。
俺が感慨に浸っているのをよそ目に、ミミーは満面の笑みを浮かべ俺に告げる。
「非正規雇用は生活が不安定だって係長が言ってたゾ?」
「その年でそんなことよく知ってるな……」
「それで、オレっちはオニーサンにエーキュー就職することにしたゾ!」
「なあ、ミミー…… 間違っても他の人の前でそんなこと言うんじゃないぞ。まったく、誰だよ、そんな言葉教えたのは……」
「ムムっ? 係長が、大切な男の人を見つけたら、こう言えって言ってたゾ?」
「いや、それはもっと大人になってからだな……」
何やってんだろ、俺…… 再度確認しておくが、俺は決してロリコンではないからな。
「それ以前の問題として、なんでお前が俺の弟子になるんだよ?」
「オニーサンが強いからだゾ! オレっち、強い人がいたら弟子になるって決めてたんだゾ!」
「いやいや、お前、今でも十分強いと思うぞ」
実際、今日一緒にダンジョンに潜った連中の中じゃ、一番レベルが高かった。ユニークスキル『人物鑑定』持ちの俺が言うんだから間違いない。
「ムムっ! オレっちはもっと強くならないといけないんだゾ!」
「いいか、ミミー? 別に俺の弟子にならなくても、お前ぐらいの実力があれば、きっと他のパーティーに誘われるよ。そこで経験を積めばすぐに強くなるぞ。今はまだ小さいから——」
そんな俺の言葉を
「……オレっち、黒属性だゾ」
「ん? それがどうかしたのか? 知ってるかミミー。人はそれぞれ自分の属性を持ってるんだ。人間族は白魔法が使える白属性、魔人族は黒魔法が使える黒属性。獣人族は半分が白属性で、もう半分が黒属性だ。ミミーは獣人族なんだから、属性が黒でも別におかしいことないじゃないか?」
「ムム…… でもオレっちとは誰もパーティー組んでくれないぞ……」
「……ああ、そうか。治癒魔法の問題か」
ミミーが沈んだ目でコクリと頷く。
この世界の魔法には、火水風の攻撃魔法の他に、白魔法と黒魔法という2つの治癒魔法が存在する。この治癒魔法、いわゆるヒールというヤツを使う場合、白黒の属性が異なると少し厄介なのだ。
白属性の者に白魔法を使うと、その者のHPが回復する、即ち治癒魔法として機能するのだが、黒属性の者に白魔法を使ってしまうと、その者のHPが若干ではあるが削られる、即ち威力の弱い攻撃魔法になってしまうのだ。
従って、黒属性のミミーの場合、人間属や白属性の獣人族と一緒にパーティーを組んだのでは、ヒーラーに治癒魔法をかけてもらうことができないのだ。確かにこれでは危険度の高いクエストのようなものに、ミミーを同行させるわけにはいかないだろう。
「じゃあ、黒属性の獣人族とパーティーを組む…… ってわけにもいかないか」
この辺りは、もともと人間族が住んでいた地域であり、身体能力の高い獣人族は冒険者としての需要が高いため、出稼ぎのような形でこの辺りにやって来る者がほとんどである。
人間族との相性が悪い黒属性の獣人族は、はじめからこの辺りにやって来ないのだ。実際、この街で冒険者をしている獣人族のほとんどは、白属性の獣人族であったように記憶している。
「ミミーはどうしてこの人間族の居住地域に来たんだ?」
「オレっちのオトーサンとオカーサンは白属性の冒険者だったゾ! オレっちはこのハジマーリの街で産まれたんだゾ!」
獣人族の『属性』の厄介なところは、遺伝によって白か黒かが決まるわけではないという所にある。100%ランダムなのだ。
それにしても…… 『だった』ってことは、もう両親はいないのか? なんだか悪いことを聞いてしまったな……
俺の表情を察したのか、ミミーは努めて明るく話し続ける。
「でも大丈夫だゾ! 係長が良い人で、オレっちの面倒を見てくれたゾ!」
「係長って…… ああ、さっきダンジョンの前でチラッと見かけたな」
ハジマーリの街は王の直轄地、つまり国有地である。従って、この街にあるダンジョンも国が直接管理しており、ダンジョンを管理するのは日本で言うところの国家公務員なのである。更に言うと上級官僚なのである。もっと言うと超エリートなのである。
「へぇ…… なんかいかにもカタブツって感じだったけど、人は見かけによらないもんだな」
「ムム? あれは新しい係長だゾ。オレっちの面倒見てくれた前の係長とは悲しいお別れをしたゾ…………」
「あっ、すまん。なんか悪いことを聞いたな…… たぶん、あれだっ、ほら。そうだ、前の係長はきっとお星様になって、今でもミミーのことをお空から見守ってくれてると思うぞ。うん、絶対そうに違いない!」
「ン? 前の係長はカチョーホサになって他の街にいるゾ?」
「……えっ?」
「……ン?」
「なんだよそれ! ただの人事移動じゃねえか! しかも課長補佐っていったら、ちょっと栄転じゃねえか!!!」
うわっ、お星様とか言っちゃったよ。恥ずかしすぎるぞ、俺。
「ん? オニーサン、顔真っ赤だゾ?」
「しばらく、そっとしておいてくれないか……」
でも、まあミミーにしてみれば、いくら栄転であっても『悲しいお別れ』だったんだろうな。
さて、だいたいミミーの事情は理解した。パーティーが組めないなら、自分の力だけで生きて行かなければならない。力を求めるのは当然のことだとは思うのだが…… でも、これだけは言っておかなけれならない。
「いいかミミー、よく聞け。実は俺、女神様からお願いされたことがあるんだ。この先、復活するであろう魔王を倒す…… いや違うか。説得? 懐柔? あー、なんて言うのかな。とにかく魔王をなんとかしないといけないんだ」
「オウっ!? オニーサンは伝説の魔王と戦うのカ?!」
「いや、戦うつもりはないんだが…… まあ、でも場合によっては、戦わなくちゃならないことがあるかも知れないぞ」
「オオウっっっ! ならオレっちも一緒に戦うゾォーーーー!!!」
「まあ、待て。落ち着け。もし魔王と戦うことになってみろ。魔王ってそれはそれは恐ろしく強いんだ。今のミミーでは…… そうだな、魔王配下の魔人族四天王、更にその下の上級魔人族たちですら敵わないだろう」
「オレっち、今は弱っちくても! いっぱい修行して! 絶対強くなって! オニーサンの力になってみせるゾォーーーー!!!」
「まあまあ、落ち着けって。お前、息が荒いぞ。フウフウいってるじゃないか。ほらこれ、水筒の水やるからこれ飲んで落ち着け。あっ、バカ、そんな一気に飲むヤツがあるか。それみろ、今度はむせたじゃないか。ほら、ハンカチ貸してやるから……………… って俺なにやってんだ! これじゃあ、まるで娘を溺愛するバカで過保護な父親じゃないか!!!」
ハアー、ダメだ。なんかペースが乱される…… 結婚すらしたことない俺にとって、子どもと会話するなんてハードルが高すぎるんだよ。俺の方が冷静さを欠いているぞ。冷静に考えろ、俺の周りには危険が多いんだ。俺と一緒にいるとミミーまで危険に身を晒すことになるんだぞ。
「あー、いいかミミー。ちょっと話を戻そうか。さっきの黒属性の話だけど。実はな、白属性のヤツでも魔道具ってモノを使うと、なんと! 黒魔法を使うことが出来るんだよ。だから白魔法を黒魔法に変換する魔道具を持ってるヤツを見つければ、ミミーだってパーティーを——」
「ムムっ! そんな話聞いたことないゾ。もしや…… オニーサンはテキトーなこと言って、オレっちを捨てるつもりなのカ?」
「……なあ、頼むから人聞きの悪いこと言わないでくれるか? あのな、俺、今は持ってないけど、前回のターン…… いや、まあ以前はその魔道具持ってたんだ。で、俺は黒魔法の呪文も勉強して覚えたから、黒魔法も使えたんだよ」
「オウウウっっっ!!! オニーサンは黒魔法が使えるのカァァァ!!! 」
「いや、だから今は魔道具が無いから——」
「オレっちもパーティに入れるゾ! うわあああーーーん!!!」
「おい! 泣くなよ! ほら、周りの人がこっち見てるだろ! ああもう、俺が幼い子どもを泣かせてるみたいだろうが」
ミミーは『パーティに入れる』という言葉を何度も繰り返し、歓喜の涙を流している。でも、ちょっと待ってほしい……
…………俺、ナミダーメさんを勧誘するつもりなんだよ。
パーティに勧誘できるのは1人だけなんだ……
…………そんな純粋な目で見つめないでくれよ。
そうさ、俺はこの機会に、ナミダーメさんとあわよくば、なんて思ってるんだ…………
…………俺は薄汚れた大人なんだ。
……………………言えない。
そんなこと言えるわけないじゃないか!!!
「あああああっ! もう、わかったよ! 薄汚れた大人になるのはヤメだ! 俺は青臭くても高貴な青年のままであり続けてやる!!!」
ミミーはキョトンとした顔で俺を見つめている。
「わかったよ、連れて行ってやるよ。いや、今の言い回しはちょっと違うな。おい、ミミー。お前、俺のパーティに入るか? と言っても、まだ俺とミミー、2人しかいないけど」
「オオオオオウっっっ!!! オレっち、オニーサンのパーティに入るゾォォォ!!!」
感極まったミミーは、力一杯両手を伸ばし、俺の体にしがみついた。
うっ…… ココ、本当は感動する場面なんだが、ミミーの腕力がスゴすぎて本気で痛い……
俺は慌てて白魔法、つまりヒールを自分の体にかけた。実は俺、白魔法も得意だったりする。わりと何度もヒールかけた。かなり強めにかけた。うーむ…… 無理矢理体を引き離すのも野暮ってもんだろう、よく知らないけど。
俺のHPが尽きる前に、ミミーが泣き止んでくれることを祈ろう。あっ、でも俺、レベル99だから、HP無尽蔵なんだっけ。それでも…… ちょっと照れくさいんだよ……
ミミーが泣き止むのを確認した俺は、再びミミーに向かって話し掛けた。
「いいか、ミミー。パーティを組むにあたって、必ず守って欲しいことがある。俺が『逃げろ』と言った時は必ず逃げること。俺が『留守番してろ』と言った時はおとなしく留守番してること。いいか、これは絶対だ!」
もし今、力のある魔人族と遭遇した場合、現在のミミーの力量では好ましい結果を導き出すことは難しいだろう。たとえ『逃げろ』と命じてでも、戦闘を回避させなければならない。
また、この先の未来がどの様に変化して行くのかわからないが、前回ターンと同じ様に人間族と魔人族だけが戦うのなら、獣人族ミミーを争いに巻き込むつもりはない。獣人族の居住地域にでも『留守番』させておけばいいだろう。
「ムムム…… わかったゾ。オレっち、今はまだ弱いからオニーサンの足を引っ張ると思うゾ…… でも、オニーサンのパーティメンバー兼デシとして、いっぱい稽古を積んで直ぐに強くなるゾォォォ!!!」
「弟子ってところは変わらないんだな…… まあ、いいや。あのな、ミミー。決してお前が弱い訳じゃないんだぞ。魔人族の連中が強すぎるんだよ。アイツらの強さときたら、まったく……」
結局、この日は宿屋の部屋をもう一つ押さえ、とりあえずミミーを寝かしつけることにした。その後、俺は一人で夜の街を
俺は冒険者ギルドのエライさん達や、ミミーの関係者の皆さん——ダンジョンを管理している現在の係長とか——にも、事情を説明して回った。ついでにミミーが持っていたデッカい荷物も返しておいた。山登りするわけじゃないんだから、あんなに荷物はいらないよ…… それから前回のターンでお世話になったオセワスキーさん達にもお礼を言っておいた。キョトンとした顔してたけど、まあ、これは俺の気持ちの問題だ。
ナミダーメさんには挨拶していない。夜遅くに尋ねるは失礼だし、何より彼女の顔を見て俺の決心が鈍ってしまっては困るのだ。明日は朝早くこの街を出る予定にしている。
俺の2度目の異世界生活は始まったばかりだ。きっとまた、ナミダーメさんとはどこかで出会うこともあるだろう。いや、あって欲しい。どうかありますように。
さあ、挨拶周りもしたし、もうこの街でやり残したことは何も無いぞ! それほど大事なことでもないがもう一度言おう、もうやり残したことは何も無いと! そうと決まれば一刻も早く街を出るべきだな。そう…… ヤツの物欲センサーが動き出す前に……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます