011閑話 ハッピーデート
2月になり、大学が春休みに入った。
大学生って凄く春休みが長いんだね。実際になってみて初めて知ったよ。バイトの予定を入れたから暇というわけじゃないが、これから2カ月間も休みになる。
そして今日は春休み最初の日曜日で、外はかなり寒い。だけど、あえて屋外デートを企画してみた。
屋外といっても、野山に行くわけじゃなくて繁華街で遊ぶ予定。今月中旬まで、横浜の赤煉瓦倉庫で冬季限定「野外特設アイススケートリンク」が開催されている。
そこに行ってくる!
観光地のど真ん中にあるスケートリンクだから、広さはそれ程でもないが、ロケーションは文句なしに最高だ。日が暮れてくると、ライトアップされた赤煉瓦倉庫や、みなとみらいの煌く夜景が、ロマンチックな演出をしてくれるらしい。
やっぱり雰囲気は大事だからね。よしっ! 出かけるか!
*
「きゃっ!」
おっと。バランスを崩した京香さんを、咄嗟に抱きとめるように支えた。
「京香さん、大丈夫?」
「あ、ありがとう、昴さん。ごめんなさい、ぶつかちゃって」
「いえ。京香さんが転ばなくてよかったです。俺は頑丈だから、これくらい全然平気です」
構いません、どんどんぶつかって下さい。俺が全部受け止めます。……本音だけど、口に出すのはかなり恥ずい。だから心の中に留めておくけど、俺、今日はかなりテンションが上がっている。
自分で選んだシチュエーションとはいえ、予想以上にデート感満載で、さっきからドキドキしっぱなしだ。
「ふふ。スケートなんて久しぶり。中学生のとき以来かも。昴さんは、凄く上手ね。結構やってたの?」
「俺も久しぶりかな。小学生の時以来? いや、中学の時にも1回行ってますね」
実はこっそり練習してみた。そして案外自分が見栄っぱりなことを自覚した。だって、京香さんにカッコ悪いところは見せたくない。そう思ったから。
「それにしても上手ね。やっぱり運動神経の違いかしら?」
「結構ヒヤヒヤしながら滑ってますよ。人が多いし、避けて滑るのに気を使いますから」
「そうね。見渡す限りカップルばかりだものね」
「俺たちも……ですよね?」
くっ! 言ってやった!
「そうね。これだけカップルだらけなら、ちょっとお姉さん、大胆になっちゃおうかな」
大胆って?
「はい」
そう言ってキョウカさんが右手を差し出した。
「……えっと?」
「みんな繋いでるでしょ。真似っこしよ!」
そして戸惑う俺のてをしっかりと握ってくる。
つまり手繋ぎスケート!
うわっ! 手、小っさ。それに……細くて華奢で。ギュッって握ったら壊れちゃいそう。でも一緒に滑るなら……恐る恐るギュッ。
「これも悪くないけど、ちょっと違うかな?」
京香さんが、悪戯するみたいな表情になって上から重ねるように握った俺の手を一旦外し、互いの指を一本一本絡めるように繋ぎ直す。
「これでいいわね! じゃあ、もう1回出発〜!」
これぞ正しくカップル! 人混みを縫いながら二人で滑るスケートリンクは大正解だ。
*
陽が落ち始めてきて、気温がだいぶ下がってきた。2月の空気はかなり冷たくて、吐く息が真っ白だ。
「寒くなってきたね。ちょっと休憩しますか?」
「そうね。夜景が綺麗になってきたし、ここで休憩を入れてもいいかもね」
「俺が飲み物を買ってきます。京香さんは、何がいいですか? 温かい飲み物は、……えーっと、コーヒーか紅茶かココア……があるみたいです」
売店の方を見ると、大きな値段表が見えた。急に寒くなったせいか、ちょっと行列もできている。
「コーヒーをお願いしてもいい? 私はその間、席を探しておこうかな」
「はい。お願いします。あっちの方が、空いてるみたいですね」
「じゃあ、あの辺りで待ってるから」
*
空席、空席。
あっ! あった。
でも、椅子がひとつしかないか……。
えっと、お隣は……あの椅子、余ってそう。
「すみません。この椅子、移動してもいいですか?」
「はい。どうぞ………って、あれ? 京香? やっぱり。京香じゃん」
「えっ! 優子? やだ、凄い偶然。それに久しぶり」
「本当に久しぶり〜。学校を卒業して以来だね。元気してた?」
「うん。優子は?」
「仕事は順調かな。でも、こんなとこで知り合いに会うとは思わなかったな」
「本当ね。私も驚いちゃった」
知り合いとバッタリとか、まさかよね。
「……で、京香は誰と一緒なのかな? 1人じゃないよね。私の知ってる人?」
「知らない人だと思うわ。優子は? あの彼と一緒?」
「ブッブー! それ、今日はNGワードね。あいつとは、卒業してすぐに別れちゃってるから。今日は、会社で一緒に仕事してる人……とデート。京香は? やっぱり職場の人とか?」
「違うかな。VRゲームで仲良くなった人」
「えっ! それって大丈夫な感じ? VRって、いろんな人がいるって聞いたけど」
やっぱり、出会いがVRというと、そういう反応になっちゃうか。
「大丈夫。ちゃんとした人だから。まだ学生だけど」
「学生! まさかの年下GET、それもゲームで。危ない人は京香の方でしたか……」
「ちょっと。人聞きの悪いこと言わないでよ。お互い、口には気をつけましょう。ほら、優子の彼じゃない? あのキョロキョロしてる人」
「あっ本当だ。こっち、こっち!」
上司? 30歳……前半から半ば…くらいかな? 結構歳上っぽい。
「待たせちゃったね。結構、売り場が混んでいて。寒かったよね、ごめんね」
「ううん。ありがとう。座って座って」
「……こちらは?」
お互い、軽く会釈する。
「すっごい偶然なんだけど、学生時代の友達」
「初めまして。優子の友人の
「初めまして。優子さんの同僚の紺野です。それは本当に偶然ですね。せっかくだから、ご一緒するかい?」
「京香もデートなんだって。邪魔しちゃ悪いし、ちょっとお話ししたら、それでいいかな。ねっ!」
「そうね。休憩の間だけ、ご一緒させてもらっていいですか?」
あっ! 昴さんだ。こっちに気づいたみたい。
「京香さん、お待たせ」
「昴さん、ありがとう。混んでたんでしょ。ごめんね、並ばせてしまって」
「いえ。コーヒー、冷めてないといいんですけど」
目線で、この人たち誰? って言ってるわよね、当然。
「友人とバッタリ会っちゃって、ちょっと話をしてたの」
「そうだったんですか。どちらが……」
「はい! 私です。初めまして。小山 優子と申します。こちらは、私の連れの紺野さん」
「高瀬です。お二人とも初めまして」
「立ってるのもなんだし、座ってお話ししましょうか。お互いデートだから、ちょっとだけどね」
飲み物を買って京香さんを探すと、見知らぬ男女と話をしているのを見つけた。
京香さんの友だちだって。元気な人だな。お互い
「もうちょっとだけ滑ろっか?」
そしてまた、手繋ぎならぬ、今度は腕組みスケートを楽しんだ。
そして何周かした後、さすがにもう冷え込んできたので、スケートリンクを引き上げ、ちょっと移動してコスモワールドデートに変更になった。
ライトアップされた遊園地は、なんかそれだけで楽しい気分になる。デートだと尚更だね。
*
みなとみらい上空。
デートの定番、大観覧車に乗って2人で夜景を眺めてる。
空気が澄んでいて夜景はとても綺麗だけど、正直内心、それどころじゃない。凄く近いところに京香さんがいて、それも狭い空間に2人っきり。かなりドキドキしてきた。
「今日は楽しかった。こんなに身体を動かしたの、久しぶり。明日は筋肉痛かも」
「俺も凄く楽しかったです。いつもと使う筋肉が違うから、俺も筋肉痛になりそうです」
「いくら超リアルって言っても、VRとリアルじゃ、やっぱり全然違うわね」
「そうですね。今日は、いろんな京香さんが見れて、嬉しかったです」
「本当に? 最初の方なんて、氷の上で立つのがやっとで、情けなくプルプルしてたと思うんだけど」
「全然情けなくなんかなかったです。ゲームで颯爽としてる姿も好きですけど、リアルで守ってあげたい感じの京香さんは、俺もっと好きです」
「……真顔でそんなこと言っちゃうんだ。本気にしちゃうわよ?」
「俺、本気です。本気過ぎて緊張しちゃって、上手く伝えられているか分からないけど。京香さんのこと、本気で好きです」
「……嬉しい。私も昴さんのこと好き。ずっとずっと好きだった。だから、………………」
!! 京香さんの顔が近づいてきて、凄くいい匂いがしたと思ったら、唇に当たる柔らかい感触がした。
「こんな、積極的な女は嫌い?」
「いえ……大好きです」
「じゃあ今度は、昴さんから……ね?」
目を閉じる京香さん。長い睫毛が、白い頬に影を作っている。
夜景にうかび上がる京香さんが、あまりにも綺麗過ぎて……もう。今ここにいる、この運命に感謝を!
………こんなに緊張したのは、生まれて初めて……かもしれない。
*——今後のお知らせ——*
ついにレベル100に到達し、リアルも順調な昴。
ISAO本編はここで一区切りになります。
次回からは〈『次元融合』あのとき分岐した僕らの世界〉の連載を開始予定です。
作品名が変わりますが、ISAOの分岐型続編になります。
スタート時点での舞台が変わりますが、主人公は同一人物。
別の世界線の昴(ユキムラ)の物語を、応援して頂けたら嬉しいです。
漂鳥
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