71 転職クエスト

 

 トレハンCWでは、その後は絡まれることもなく順調にレベルを上げて、約束したLV20になった。これで雅弘への義理は果たしたから一旦終了。


 ちょっと肩の荷が降りた。これでISAOに集中できる。


 トレハンCWをやってみて、ゲームそのものはよくできていると思った。あの身体が軽くてイメージ通りに動きを再現できるのは、確かに人気が出るだろうと納得した。


 折角だからと、GMウサギにもらったチケットを使って、ギルド訓練所というのを利用してみたら、NPC指導員が強いこと強いこと。


 リアルとは違って、かなりアクロバティックな動きができるから、予測を越える攻撃を仕掛けてくる。こっちも、それに合わせた動きができるようになるまで、かなりチケットを消費した。


 あそこまでNPC指導員の強さが半端ないと、挑戦しがいがあった。そこでの刀の打ち合いは、予想していたよりずっと楽しくて、ああいった、いかにもゲームっていう対戦も、いざやってみると案外面白いもんだなって思った。


 チケットは回数券みたいになっていて、スペシャルチケットは30回分もあったから、それを使い切るまでは、たまにログインすることもあるかもしれない。


 でも今は、ISAOが優先だな。


 ◇


 一方ISAOでは、第五陣参入時に始まった街イベントが一段落。一部の攻略組を除き、ゲーム的には全体にのんびり気分が漂っていた。


 そんな中俺は、ちょこちょこレベル上げに励んで、やっとLV100を達成し、格も順調に★★(この位階のMAX)に上げることができた。


 そして転職クエストがやって来た。その知らせをもたらしたのは、やはりこの人(NPC)。


「神殿長様、アラウゴア大神殿より『招聘状』が届いております。いよいよでございますね」


 いよいよ?


 クラウスさんから恭しく手渡された「招聘状」と表書きされた手紙を開けると、


 《【招聘状】を入手しました。転職クエスト「総大司教選考会議」が始まりました。この会議は、副都ユーキダシュのアラウゴア大神殿にて行われます。必要な準備を整えた後、現地に移動して下さい。》


 選考会議? なんか今回は物々しいな。今までは叙階式を受けるだけだったのに。それに必要な準備ってなんだ?


「移動の手配、必要なお支度は全て整っております。いつでもご都合の良い日取りで出発可能です」


「いつもありがとうございます。『選考会議』というのは、長くかかるものなのでしょうか?」


「会議自体は、承認を受けるだけですので、さほどお時間はかからないと存じます。ただその前に、なすべきことがふたつございます」


「そのふたつとはなんでしょうか?」


「ひとつ目は、お一人で霊峰ミトラスに登り、天上に祈りを捧げて『結びの証』を顕すこと……とあります」


 結びの証?


「『結びの証』とは何ですか?」


「人々から集めた信仰を神威によって束ねたもの……と言われております」


 なんだか酷く抽象的な説明だな。


「それはつまり、目に見えるものではないということですか?」


「いえ。おそらく目に見える形で顕されるのではないかと存じます」


 ますます意味不明だ。これ以上は、やってみないと分からないということかな。


「では、ふたつ目には何をすればよいのでしょうか?」


「次にすべきことは、アラウゴア大神殿で『資格審査』を受けて頂くことです」


 また知らない言葉が出てきた。


「『資格審査』とは、いったいどのようなものですか?」


「それに関しましては、『機密事項』扱いになっております。審査を受けるご本人にしか、その内容は知らされませんし、他の者にはむやみに語れない規則ですので、誠に恐縮ですが詳細は存じ上げません。現地に行かれた際、ご自身でお確かめになるのが宜しいかと存じます」


 はぁ。これも行ってみないと内容は分からないと。


「では、『資格審査』には、どれほどの時間がかかるかご存知ですか?」


「『資格審査』は、受ける者によりその内容が異なる……とだけ聞き及んでおります。従いまして、それを通過するのにかかる時間も、人により様々だと聞いております」


「分かりました。では、ある程度、時間に余裕がある時に受けに行くことにします」


「それがよろしいかと存じます」


 期限を区切られないってことは、このクエストには時間制限はないと思っていいのかな?


 だったら焦る必要はない。ひとつづつゆっくり消化して行こう。


 ◇

 

 そして、ひとつ目。


 今日は、霊峰ミトラスに「『結びの証』を顕す」という課題をクリアしに来た。


 移動の手配、必要なお支度は全て整っているってクラウスさんが言っていたけど、その言葉通り本当に至れり尽くせりだった。


 今回のクエストは、移動用の馬車や船が全て用意されていて、道中には、NPCの侍者と護衛の神殿騎士が、付き添いで付いて来てくれる。それぞれ2人ずつ、計4人。


 俺を入れて総勢5人の旅になった。


 クラウスさんは残念ながらウォータッド大神殿でお留守番だそうだ。これは、ちょっと不安。


「首座様、そろそろ王都に到着するようです。下船のご準備をよろしくお願い致します」


 クラウスさん以外のNPCは、なんだか俺に対して凄く恭しく接してくれるから、かえってこちらが恐縮してしまうことが多い。それでも、今回付き添いでついてきてくれたのは、神殿の仕事でよく一緒になる顔触れなんだけどね。


 幸いなことに、クエストのせいか、移動時間はかなり短くて済んだ。あっという間に王都に到着。


 ミトラス大神殿に寄って、マルソー大神殿長に挨拶した後に、早速クエストの支度に入る。


 お着替えです。


 天上に祈りを捧げるっていうから、てっきりまた今回も典礼服で登るのかと思ったら、それが違ったんだ。今回のクエスト専用の衣装があるらしい。


「よくお似合いです。お寒くはございませんか?」


 寒くはないけど、なんか着慣れない。


 今回用意された衣装は、かなりシンプルなデザインだった。真っ白な裾の長い神父服の両袖を取り外し、袖なしにした感じ。服の縁には銀色の飾り模様があしらわれているのがちょっとお洒落。上着の下には、同じ意匠の白色のズボンを履いている。それに白いブーツ。


 だから一見すると、神父服には見えない。アチョー! ってやりそうな感じに見えなくもない。そして腕が剥き出しだから、ちょっとスースーする気がする。これは気のせいか?



 船着場から船に乗り込み、ミトラス精霊島に渡る。


 付き添いの4人とは、山頂の祭壇へ続く参道の入口で分かれ、祈りの言葉を口ずさみながら1人で山を登り始めた。以前より【登攀】レベルが上がっているので、かなり登るペースは速い。


 山頂に着いて、型通り祭壇を清めてから、両膝をついて祈りを捧げ始める。


 この儀式用の祈りは、人々と神々の橋渡しをすることを願う言葉だった。


 人々の信仰が、神々の元に届く手助けができますように


 神々の恩寵が人々の上にあまねく行き渡りますように


 人々が神々のご威光を感じられますように


 どうかこの身体を、この声をそのために使わせて下さい



 どれくらい祈り続けていたのか。


 目蓋を通して感じる光が、急に強くなったような気がして、そっと閉じていた目を開けた。


 なにこれ?


 祈りを捧げていた俺の両腕が、指先から腕の付け根に至るまで、金色に輝いていた。神々しいまでに煌めく金。


 そして、腕全体に輝いていた光が、徐々に集約し、細く紐状になって模様を描き始める。


 指先から始まり、手の甲を這い、手首を巡って、細い金色の光がまるで2匹の蛇のように両腕の回りをクルクルと巡り、螺旋を描いていく。そして、その先端が両肩に至ったところで、ようやくその動きが止まった。


 金色の光は、スッと吸い込まれるように消えていき、そのあとに残ったのは金色の螺旋。両腕に陽の光を受けて輝く、金色の紋様がくっきりと浮き上がっていた。


 えっ!? 消えないの? これ。


 金色だけど、お肌にくっきり模様を刻まれて、どうやらこの儀式は終了のようだ。両腕がキランキラン。なんだろ、これ。


 下山して、麓で待機していた4人と合流すると、4人とも俺を見るなり跪いて祈り始めてしまった。その反応を見て、きっとこの模様はありがたいものなんだろうなという予測がついた。


 ◇


「なんて素晴らしい。大変に美しい『結びの証』ですな。これは、次の資格審査も、きっと上手くいくに違いありません」


 この金のピカピカ、ちょっとどうよって思ってたけど、マルソー大神殿長がこう絶賛してくれてるということは、資格審査を受けるにあたって、きっとプラスに働くいいものなんだろう。


 普段は長袖で隠れちゃう……いや隠すわけだし、まあいいか。


 これで無事にひとつ目が終わって、次はユーキダシュ、アラウゴア大神殿に移動して『資格審査』を受けることになる。


 クラウスさん、現地でご自身で確認って言ってたよな。どうなることやら。


 *


「ユキムラさは、今、『⑥次職』への転職クエストの最中なんですって」


「そりゃめでてえな。俺たちの中では1番乗りだな」


「でも正直、あれ以上偉い神官様になったら、NPCの反応が怖いっすね」


「確かに。今だって現人神かって感じで拝んでいるNPCがいるしな」


 生産ギルドの休憩室に集まり、お茶をしながら雑談をする5人のプレイヤーの姿があった。


 話題は彼らの仲間のユキムラのこと。仲間内で「⑥次職」への転職クエストに挑戦する一番手とあって、みんな興味津々。そして、上手くいって欲しいと応援する気持ちも大きかった。


「ユキムラの今度の転職クエストってどこであるって?」


「副都ユーキダシュだって言ってたわ」


「やっぱりあそこか。あの街は旧王都だし、教育施設がとても多い。俺とアークの転職クエストの場所も、もしかするとあの街かもしれないな」


「かもね。あの街以上に魔術や錬金術の発展してる場所って今のところ出てきてないし」


「西の方の新しい街は、野良ルートの転職クエストがばら撒かれてるから違うっぽいし、魔術関連の生産職向けの『⑥次職』クエストが、ユーキダシュでっていうのはありそうだね」


「そうやって場所の見当がつく奴が羨ましいな。俺たち3人は、まだ気配もないぜ」


 前回の「⑤次職」の転職クエストは、ガイアスはドワーフの集落、ジンは獣人の集落、キョウカはエルフの里で、与えられた課題をクリアする必要があった。


 しかし今のところ、次の⑥次職に繋がりそうなクエストは3人とも拾えていない。


「まあでも、俺の考えでは、ハドック山にはまだ何かあると思うんだよ」


「ハドック山か。山頂はまだ侵入不可エリアなんだよな?」


「確かに怪しい。あの山の天辺はいつも雲で隠れてるし、なんかありそうではあるな」


「グラッツ王国ってことはないの?」


「それも可能性としてはある。新しく解放される街がどんなだか、その内、情報が入れば見当がつくだろう」


「まあ、まだ焦らなくてもいいしな」


「まずユキムラか。『⑥次職』になったらお祝いだな」


「またどこかに全員で遊びにでも行くか!」


「そうだね。賛成!」


「上手くいくといいわね、ユキムラさん」


「そうだな。朗報を期待しようぜ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る