008閑話 友人の依頼


 ……温泉。楽しかったな。


 ダカシュの温泉施設は宿ごとにテーマがあり、入浴設備はもちろんのこと、ロケーションや季節的なものまでガラッと変わる。猿を始め、いろいろな生き物と一緒に露天風呂に入れる宿もあり、プレイヤーにとても人気があるそうだ。


 俺たちが宿泊した宿のテーマは、初夏の河原。


 野趣溢れる広い露天風呂や、香り立つ檜風呂。とても解放感がある。そして、お風呂から上がったら夕涼み。夕闇を舞う蛍光の幻想的な風景。黄緑色の光の軌跡が不思議な模様を描いていく。


 二人で歩く散策路。


「蛍なんて見たのは何年ぶりかな」

「……綺麗。蛍の光がこんな色をしているなんて、私、初めて知ったわ」


 ここで、キョウカさんの方がもっと綺麗です……なんて、キザなセリフが言えたらいいのかもしれないが、口下手な俺は、楽しそうに光を追うキョウカさんに、ただ見惚れているだけだった。


 河原をゆっくり歩きながら、浮かび上がる湯上がりの浴衣姿。時が止まったみたいに静かな時間が流れている。言葉にしなくても、ただそこに一緒にいるだけで通じるものがあるっていうか……もっとこの時間が続けばいい。そう思ったのは、きっと俺だけじゃないよね? 


 温泉文化、そして夕涼み……素晴らしい。


 楽しい思い出を振り返りながら、次の講義までの時間、大学のカフェテリアでボーッとしていると、後ろから声がかかった。


「よお昴、なんかいいことあった?」


「まあ、ちょっとね」


「イケメンがそんな顔してると、周りの女子が煩いこと。そのオーラ、俺に分けて欲しいよ」


 友人の雅弘だ。


 いつも忙しそうにしている彼は、とてもコミュ力が高い男だ。俺と取っている科目がかなり重なっていたこともあり、大学に入ってすぐの時期に親しくなった。


「何を言ってるんだよ。雅弘こそ日頃からモテモテじゃないか」


「俺はガードが緩いからな。女子からすると、気さくで話しやすいんだってさ。合コンの幹事もしてるしな。ところで昴くん、前に新世代VRギアを持ってるって言ってたよな?」


「うん。持ってるよ」


「よしっ! 1人目GET!」


 いったい何だ?


「いきなりガッツポーズしてどうした?」


「友達思いの昴くんに、折いってお願いがあるんだ」


「何? VRに関係すること?」


「そう、そうなんだ! 思いっきり関係がある、っていうかVRゲームそのもの」


「そのものって?」


「今度配信される次世代VRMMO『Treasure Hunters of The Cristal World』略してトレハンCWを、昴にちょっとやって欲しいんだ」


 新しいゲーム? いやあ、それはちょっと。


「無理かな? 俺、ISAOで手一杯だし」


「いやいや。もうちょい話を聞いてくれるかな? 何もずっと続けてくれっていうわけじゃない。まず、キャラメイク時に、俺の『招待コード』を使って特典を受け取る。そして、ゲームが配信されたらレベル20まで上げる。それでおしまい。アプリのダウンロードは無料だし、月額使用料も、設定を変えなきゃ無料」


 うーん。いつも世話になっている雅弘の頼みだから、やってあげたい気もする。でもなぁ。


「やめる前提でゲームを始めるのは、なんか気が進まないような……」


「そうくると思った! そんな昴くんに、こんな提案。これ見て!」


 雅弘が取り出したのは一枚のチケットだ。


「『笑いの祭典。爆笑フェスティバル・ペア招待券』?」


「そう。これ凄い人気のイベントで、普通だとなかなかチケットを取れないんだよ。俺はコネを使ったけどな。もちろん無料。お前の彼女、お笑い好きだって言ってただろ?」


「……まだ彼女じゃないかな」


「おや。見かけによらず奥手だな。じゃあこれが、距離をグッと縮めるいい機会になるんじゃないか? 絶対喜ぶって」


 距離を縮める。そう言われてしまうと、グラッとくる。


「そうかな?」


「そうそう。無料で手に入れたチケットだって分かれば、相手にも気を使わせずに済む。社会人と付き合うなら、案外これが大事。イベントの後、食事にも誘いやすいと思うぞ」


「お前、口が上手いなぁ」


「おっ! その気になってきたか? 決断は早い方がいいぞ。このチケット、欲しがる奴はかなりいるからな、マジで」


 まあ、ここまでして協力して欲しいと頼んでくるなら、やってあげてもいいかも。


「分かった。引き受けるよ。レベル20まで上げたら止めていいんだよな」


「ありがとう、昴! 話が早くて助かるよ。『招待コード』は後で送るから、届いたら早速キャラメイクして頂戴。最初の方で入力する画面が出るから、忘れずに使ってくれよ。」


「分かった。そこは気をつける」


「正式ゲームはまだ配信前だが、プレゲームをダウンロードすればチュートリアルまでは進めるから。その案内コードも後で送っておく。じゃあ、はい。チケットどうぞ」


「引き受けた以上、早めにやっておくよ。そうじゃないと、俺も落ち着かないから」


「そういう真面目なところ、頼りにしてるよ。じゃあよろしく。俺は次の奴を探さないと」


「忙しい奴だな。いったい何人集めるつもりなんだ?」


「できれば10人少なくとも5人。招待1人・5人・10人ごとに非売品のレアアイテムを貰えるんだ。非売品ってとこが重要。俺、アイテムコレクターだから」


「そっか。大変そうだな。頑張れよ」


「イケメンの応援で元気出た。昴がやるって聞いたら、釣れる子が出てくるかもだし。いけるいける。頑張るぞ!」


 チケット……貰っちゃったよ。人気イベントだって。誘ったら来てくれるかな?


 さっき雅弘のやつ、何て言ってたかな? ……チケットが無料なら、チケット代に気を使わせずに済むから、食事に誘いやすい……だったな。


 ◇


 帰宅後、トレハンCWのキャラメイキングとチュートリアルをサクッと終わらせた。招待コードも入力したし、あとは正式配信を待ってレベル上げをすればいい。


 とりあえず義理は半分まで果たした。じゃあ、メールをしてみるか。


《ユキムラです。こんにちは。


 今日はゲームのことじゃなくて、リアルでの話です。実は『笑いの祭典。爆笑フェスティバル・ペア招待券』というのを友達から貰いました。


 そこで、以前キョウカさんが、お笑いが好きでライブをよく見に行かれると言っていたのを思い出しました。もしよければ、このイベントに一緒に行きませんか? ご都合はいかかでしょう?


 日時は◯月◯日、◯時開場◯時開演です。お返事お待ちしています。》




 お風呂上がりのキョウカがリビングへ戻ると、妹の由香里から声がかかった。


「お姉ちゃん、さっきスマホが鳴ってたよ」


「そう。着信? あるいはメールかしら?」


 見れば、テーブルに置き去りにしていたスマホのランプが光っている。


「『星に願いを』なんて、お姉ちゃんにしては珍しい選曲だね。いったい誰からの着信なのかな? 気になっちゃうなぁ」


「えっ! 本当に?」


 慌ててスマホを手に取り確認する京香。その有名な曲は、星の名前を持つ彼女の意中の人物、ユキムラーーつまり昴からの着信音として設定したものだったからだ。


 ちなみに、彼の名前そのものの往年の名曲も存在するが、その歌詞が、悲しかったり砕けちゃったり、別れを告げたりする内容なので、採用するのをやめている。


「その反応を見ると、やっぱり彼からなんだ〜なにかな、なにかな? デートの誘いだったりして」


「……お笑いライブ。ペアチケットってことは、二人っきりってことよね? 日時は……大丈夫! 絶対に大丈夫。でも服! どうしよう? 買いに行く? そうだ、美容院も予約しなきゃ!」


 メールをチェックし終えた京香は、既に妹の冷やかしどころではなくなっていた。


「おおっ! お姉ちゃん、マジでデートの誘いだったのか。やったじゃん!」


「由香里! 週末買い物に付き合って。あとコーディネートの相談も」


「いいよ〜勝負服だよね? 冬場だからどうしても厚着になる。ここは工夫が入りますね。フワフワ系で可愛らしさを演出するか、あえてインナーは薄着にするか。その辺りから検討だね!」


「……最近、体重を測っていないけど、大丈夫かしら? お正月にお餅を沢山食べちゃったし、もしかしてダイエットが必要? ちょっと測ってくる」


 そう言って、出てきたばかりの脱衣室に引き返す京香。幸い思ったほどには変化はなかったが、しばらくはリアルで甘いものを食べるは控えようーーそう決意したとかしないとか。



*ーーカクヨム版ISAOーー*


この回では、ユキムラから連絡を受けたキョウカの反応を加筆しています。

デート回の下りを書くかどうかは考え中です。


次世代VRMMO『Treasure Hunters of The Cristal World』略してトレハンCW

このゲームのプレイを今回友人から頼まれたユキムラ。

次回、この回でスキップしたゲーム登録・チュートリアルと正式配信後にプレイするシーンを掲載する予定です。

ISAO本編には名前だけ登場するゲームなので、飛ばして頂いてもISAOを読む上では差し障りがありません。

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