65 抜け道

《王都冒険者ギルド会議室》


「皆様、お集まり頂きありがとうございます。早速本題に入らせて頂きます。今回は、新たに見つかったグラッツ王国とモーリア王国間の抜け道についてと、現在のグラッツ王国の状況についての話になります」


「王国間の抜け道!? そんなのがあったのかよ。それに、なんで今頃それが分かったんだ?」


「今回も発見者かつ情報提供者はユキムラさんです。新たに見つかった抜け道は、かなり特殊なもので、正直『抜け道』と言っていいのか迷うところです。通過するのに当たっては、解放アナウンス等は何もなかった……ということなので、常時設置型、おそらく双方向に通じている抜け道なのではないかと推測されています」


「特殊ってなんだ? 通るのに何か制限でもあるのか?」


「あります。新しく見つかった抜け道は水路です。それも激しい流れがある川の中を進みます。こちら側の出口は、レジャーコンテンツである『渓流下り』の『激流コース』内へ合流していたそうです」


「はぁ? なんだそりゃ。そんな場所に隠し通路かよ。そんなの気づくわけがないだろう」


「そうですね。我々にとっても盲点でした。まさかレジャーコンテンツ内に新エリアへの隠し通路があるとは。固定観念に縛られていたと反省しています。早々に着眼していれば、時間は十分にあったはずなのに、誠に申し訳ない」


 情報クランからの報告に、室内は一斉に騒めきだした。


 ここにいるプレイヤーの多くは、有名クランの代表者であり、それなりに攻略組を自負している面々だった。かなり以前に実装されていたジオテイク川に、新エリアへの抜け道が隠されていたと知り、心中穏やかでない者や思い当たる節がある者など、反応は様々であった。


「あの川には、まだなんかあるんじゃないかとは思ってたんだよな。水路かよ。沿岸部はしらみ潰しに捜索したんだが、それは全部無駄だったってわけね」


「まさかよね。〈水脈の三麗妖〉、遊覧船、渓流下り、さらに新エリアへの隠し通路。1本の川の実装に、4つもコンテンツを仕込んでくるなんて、そんなの予想できるわけないじゃない」


「油断したわ。渓流下りの実装って、第四陣の受け入れの頃だよな。あの後、3体のエリアボスを倒して、西の3つの街の解放。新たに解放されたエリアが広かったから、そんなものかと思ってたけど、こっそり別方向への抜け道も用意されていたってわけか」


「いや、そんなの気づけって方が無理だろ。実際、これだけいて誰も気づかなかったわけだから。それより話を先に進めてくれよ」


 その後は、隠し通路の発見者であり、実際に水路を通ってきたユキムラの話が公表された。


 グラッツ王国からモーリア王国へ向かう場合は、上流から下流に向かうことになる。この場合は、水の勢いに押し流されるだけであり、激しい水流の影響で、ある程度のダメージは負うが、ユキムラが使用した幾つかの装備やアイテムがあれば、誰でも通ることが可能だという。


 問題となるのは……。


「……問題は逆方向か」


「そうです。こちら側からグラッツ王国へ向かうには、激流に逆らって移動するため、特殊技能やスキルが必要になりそうです」


「川の中を逆行って、魚人でもなきゃ無理じゃねえか?」


「はい。既に、数名の魚人のプレイヤーには協力申請を出し、現在返事を待っているところです」


「魚人プレイヤーって、あまり数がいないし、エンジョイ勢も多いよな? それに地上では種族デバフが入って戦力ダウンだ。そんなんでメンバーが足りるのか?」


 それは、当然されるべき懸念だった。


 ただでさえ少ない魚人プレイヤーだが、日頃レジャーコンテンツに常駐している者が多く、高レベルのプレイヤーは数えるほどしかいない。だからといって、今から他の魚人プレイヤーの育成をしても、到底レイドには間に合わない。


 従って、魚人プレイヤー以外の戦力を送り込むために、他に水路を逆行する手段がないか模索する検証が始まっていた。


「竜騎士の必須スキルである【S遮蔽空間】や風魔術の派生スキルの【J風の羽衣】で、体の周りに空気の層を作って移動できないか、現在試しているところです」


「なるほど、それはありかもしれないわね。いくらここの運営が鬼畜でも、全く通る手段がない通路を設置するとは思えないし」


「そのほかにも、水路内では強化スキルを使用することが可能だったそうなので、強化を念頭に置いた上で使えそうなスキルがないかも調べているところです」


「ところで、これだけの情報をもたらした神官さんは、今どこにいるの?」


「この情報を提供された後、ユキムラさんはグラッツ王国へ戻られました。グラッツ王国の現在の状況が、どうも思わしくないそうです」


「じゃあ、そのグラッツ王国の状況を教えてよ」


「はい。これから、その点について報告致します。ユキムラさんが、グラッツ王国の砦まで行き、調べてくれた現在の状況です」


「今回、神官さんがめちゃめちゃキーパーソンだな」


 ユキムラが砦に着いた時、砦の兵隊はハーピィの群れと交戦中であった。戦闘には参加しなかったが、その際、砦に関する次のようなアナウンスが出ている。


 《国境砦 破損率3% この砦は破損率が60%を越えると放棄され、施設として使用出来なくなります》


「破損率に放棄って、なにそれ!  大変じゃない」


「ハーピィは数が多く、その時は砦に近づけなかったので、夜時間帯になってハーピィが山に引き上げた後、改めて砦を訪れたそうです」


「やっぱりハーピィは鳥モンスターなんだな。夜は活動しないのか?」


「単に帰巣しただけかもしれませんが、その可能性も十分にあると思います」


「それで、砦はどうなってたの?」


「ユキムラさんが砦に近づくと、再度先ほどのようなアナウンスがあり、破損率は8%に上昇していたそうです」


「6割で放棄になるんだろ? それヤバくないか?」


「施設として利用できなくなったら困るわ。なんとかならないのかしら?」


「ユキムラさんが砦に入ると、大勢のNPCの重傷者がいたので、求めに応じて治療したところ、破損率は1%にまで改善したそうです。ですが、ハーピィは連日砦にやってくるらしく、恐らくまた被害が出ることが予想されるそうです」


「NPCも破損の対象かよ。相変わらず嫌らしい仕様だな」


「じゃあ、その治療をするために神官さんは戻ったの?」


「はい。ハーピィの攻撃は身体の一部を抉るように削り取るもので、腕や指を欠損したり、頭部を集中的に狙われて挫瘡したり、さらには傷口から感染症を起こしたりするなど、酷い有り様だったそうです」


「うわっ。エグい。運営も酷いことするな」


「じゃあ、砦を失わないためには、神官さんはしばらくあっちに行きっぱなしってことか」


「止むを得ませんが、そうなります。今回は、これらの情報を我々に知らせるために動いてくれましたが、今後はなるべくあちらで活動したいと、彼は言ってましたね」


「神官さん、NPCと仲いいからな。到底見捨てられないんだろう」


「レイドの完遂には砦の保全も含まれている可能性があります。従って、現状では、ユキムラさんにあちらで活動して頂くしか取れる手段がありません。でも、彼1人にそれを任せるというのもどうかと思うのです。それもあって、あちら側に彼の協力者となる別動隊を少しでも多く送り込みたいと考えています」


「別動隊か。別動隊がいれば、ハルピュイアを前後から挟み撃ちにできるよな?」


「やってみないと分かりませんが、抜け道が見つかった以上、それができる可能性は高くなりました」


「ISAOだもんな。そんな凝った仕掛けの抜け道と、その出口に近い場所に発生したレイドが無関係とは考えにくいよな」


「確かに。この抜け道、通れるものなら通ってみろって感じだものね」


 *


 その後、幾たびかの試行錯誤を重ね、レイドチームの別動隊が砦にやって来た。


 珍しい魚人プレイヤーを始めとして、続々と送り込まれるプレイヤーたち。そして彼らのアイテムボックスには、攻略に必要な様々な物資が詰め込まれ、輸送されてきた。


「頼もしいです。こんなに大勢のプレイヤーが来てくれるとは思わなかったです」


「いやあ、ずっと1人にしておいて悪かったな。もっとたくさん連れて来たかったんだが、スキルの育成が間に合わなくて、これが限界だった。でも、ダカシュ側には、この何倍もプレイヤーがいるぜ。いざ戦闘に入れば、みんな一緒だ」


 こうして、ダカシュ側と砦側からの2面作戦を展開できるまで、こちら側のプレイヤーの人数は増えていった。そして、陣地を整え、物資を揃え、レイドに向けての準備が概ね整った頃、最西の地から、待ちに待った戦力増強の朗報が、レイドチームにもたらされた。



 《ISAO運営企画会議室》


「ジオテイク川の隠し水路がとうとう発見されたようです」


「魚人プレイヤーか?」


「いえ。グラッツ王国側から辿って、神鳥の助言を得て発見という形になりました」


「なんだそっちか」


「あれはあれで難しいですよ。自分から核心を質問しないと、答えを得られない仕組みになっていますから。いずれにせよ、見つかってよかったですよ」


「やっと、って感じだものね」


「あの神官のシークレットクエストで順番が狂った時には焦りましたが、結果的にはよかったってことですね。じゃないと、いつまでたっても、解放クエストが起こらなかった可能性もあるわけで」


「それが一番困るものね」


「渓流下りで派手に船を飛ばしてやれば『この急激に増水した水流は、いったいどこからきているのか』と、必ず疑問を持つはずです! そう構想班は力説していたが、案外気づかれないものだな」


「渓流下りはレジャーコンテンツですからね。『そういうもの』だと思うプレイヤーが大半だったのでは?」


「不思議な心理だよな。日頃、ゲームの中だって分かっていて新たなダンジョンやエリアがあるはずだって探し回ってるわけだろ? なのに、ゲームの中のゲームですって言った途端、疑問も持たなくなる」


「ジオテイク川の仕掛けは、魚人プレイヤーの育成も狙ってやったのに、肝心の魚人プレイヤーが興味を示さなかった。これが不味かったわよね」


「明らかに、ウォータッド湖のレジャーコンテンツを拡張した影響でしょう。魚人は元々人数が少なかったのに加えて、あれで満足してしまったプレイヤーは多かったはずです。なかなか外の水源に目を向ける気にはならなかったんでしょうね」


「これから始まる『水中都市』の攻略には、魚人は必須だからな。あまり気が乗らなくても、攻略組にせっつかれて、何人かはイルカの湖から出てくるだろう」


 もうすぐ第五陣が参入する。運営サイドとしては、先行プレイヤーの新エリアへの拡散は、新規プレイヤー参入前になされなければならない課題の一つだった。


「第五陣の集客状況はどうなってる?」


「社会人層の囲い込みには成功しています。現在は、若年層を取り込むべく、後発ゲームと広報合戦の真っ最中です」


「後発ゲーム……トレハンCWといったか? かなり勢いがあるみたいだな」


「ええ、今作から運営会社が大手に変わった上に、人気ゲームシリーズの最新作ですから。最初から知名度が高いわけです」


「TecnoVR」という大手ゲームメーカーから、人気ゲームシリーズのタイトルを掲げた新作VRMMOがいよいよ配信される。今後、ISAOの最大の競合相手になると目され、ユーザーの奪い合いは必然であった。


「あちらは運営が変わったとはいえ、基本的にはガチャゲーだろう。定額課金のうちと共存は可能なはずだ」


「どうでしょうね? うちが、あちらの社会人層をかっさらっちゃってますから、結構焦ってるんじゃないですか?」


「買収費用も高かったみたいだしね」


「それを『回収』に入れば、こちらの思う壺なのだが、そうはいかないだろうな。大手だけに資金に余裕はあるはずだ」


「そうですね。シリーズものを買ったということは、おそらく次の構想もあるでしょうから」


「それは、手強いライバルになりそうだな」

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