64 激流
索冥の導くまま、神獣らしい謎の存在に会いに行くことにした。
この暗い山林のどこにいるのか、俺には見当もつかないが、索冥にはハッキリと居場所が分かるらしい。
〈もうすぐ着くよ。降りるね〉
ゆっくりと索冥が下降していく。
木々が徐々に大きくなって行き、山肌が迫ってきた。どうやら、あちらに見える、周囲の木よりも飛び抜けて背の高い大樹を目指しているようだ。
大きく枝を広げた大樹にギリギリまで近づき、その根元にフワッと着地した。暗闇の中、唯一の光源は索冥の放つ白い燐光だけだ。
どこにいるんだろう?
暗い視界の中、【暗視】を効かせながら辺りを見回すが、どこにもその姿は見えないし、その気配も感じられなかった。
〈上のほう。木の上にいるよ〉
索冥にそう教えられ、樹上を見上げて目を凝らす。うーん。わからん。
〈ホーホー。珍しい客人が来たものだ〉
どこだ!?
〈今、そちらにいくから待っておれ〉
頭の中に直接響くような声と共に、大樹の幹肌に白い塊が浮き出て来たかと思うと、大きく左右に広がり、優雅に滑空して俺たちのすぐ真上の枝に止まった。
〈麒麟とその主よ。自己紹介してくれぬか?〉
真っ白な梟だ。それもかなり大きい。そして、索冥と同じく白い燐光を放っていた。
「初めまして。俺はユキムラといいます。こちらは索冥です。突然お邪魔してすみません」
〈索冥です。よろしくね〉
〈ホーホー。よく参られたお客人たち。我が名は『グラウクス』。"知恵を授けるもの"と呼ばれている〉
神々しいまでに威厳のある梟だな。こうして対面しているだけで、その風格に気圧される感じがする。神獣……いや、この場合、神鳥になるのか。そういう崇高な存在というのも頷ける。
それに、"知恵を授けるもの"だって。なんかそれって、凄く意味ありげじゃないか? この話の流れで、プレイヤーである俺の前に姿を現すということは、何か有用な助言を授けてくれたりするのだろうか?
「お会いできて嬉しいです。この山に、あなたのような聖なる存在がいるとは、思いもよりませんでした」
〈そうだろうな。ここにこうして居を構えたのは、それほど昔のことではない。女神から、この山を任せると急に言われて移って来たのだ〉
女神って、つまり運営ってことか? それともまた別の存在がいるのかな?
「この山の管理を女神様から託されていらしゃるのですね。では、この山についてはお詳しいのですか?」
〈むろん、ひと通り調べはした。しかし、昔のことは分からない。今の山の状態ならば、それなりに把握はしている〉
「では、幾つかお伺いしてもよろしいでしょうか?」
〈うむ。よいぞ。話してみるがよい〉
「山のこちら側から、山の西の麓、あるいは北の方向に行くことができる道があれば、それを教えて頂きたいのです」
〈北への道は、蛇塔を通る道だ。それは既にそなたも知っていよう〉
「はい。それ以外に北に抜ける道はないということですか?」
〈ないな。山頂を越えていくことができれば可能だろうが、人の身でそれは叶うまい〉
「では、西の方であれば行けるのでしょうか?」
〈通じる道はあるが、少し難がある。そちらの麒麟には通れまい〉
「難がある? それは異界に通じているとか、そういった類いのものですか?」
〈いや、それはない。単に、この山の中を通り抜けていくだけだが、その
「地上ではない? つまりそれは、地下道とか?」
〈それも違う。西へ通じるには………〉
*
備えあれば憂いなし。
昔の人は、本当にいい言葉を残してくれた。今回はまさにそう思う。ウェットスーツ……持っていてよかった。そして以前、魚人の集落に行った際、物珍しくてなんとなく購入していた品々。長いことアイテムボックスの肥やしになっていたこれらの品々が、ようやく活躍してくれそうだ。
・「源五郎丸」 空気を体内に貯めておける。水中に長く潜っても息が続く。
・「イルカ玉」 水泳速度上昇(小)、水中で姿勢を保持できる。
・「水中灯」 水中でも火が消えないカンテラ。
俺が今いるのは、神鳥『グラウクス』に教えて貰った洞窟の中。山の中のこの洞窟は、床も壁もジメジメと湿気ていて、その空気はやや肌寒い。
岩の隙間から朝陽が差し込んでいるが、温もりの足しになるほどではない。なぜなら、この洞窟内には、轟々とかなりの勢いを伴った1本の川が流れているからだ。
今俺の足元で、岩盤にぶつかり、飛沫をあげ、それでもなお勢いを失わずに流れている川。凄い速さだ。ゲームだと分かっていても、これに飛び込むには勇気がいるよな。
行くのはもちろん俺1人。だって、万一があったら、後悔しても仕切れないから。
索冥はもちろん、妖精たちも引っ込めた。躊躇したくなる気持ちが大きいが、ここでグズグズしていたら、どんどん時間が経ってしまう。それは、今の状況では許されない。
覚悟を決めて、行くか。
*
泳いでいるとは、とてもじゃないが言える状態じゃなかった。
念のため、身体強化をかけておいてよかった。逆らうことを否定する、強い圧力で押し流してくる水流に身を任せるので精一杯で、障害物を避ける余裕など微塵もない。
あちこち飛び出た岩にぶつかったり、湾曲した岩壁を掠めたりしながら、川……というか水路をひたすら下って行く。
速い速い。ウォータースライダーなんか、これに比べたら幼稚園の滑り台みたいなものだ。
洞窟から続く急流は、その途中から、トンネルのように山を抉った水路に流れ込んだ。そこからは流れが収束し、1条の生き物のようになった水の暴力は、急速にその速度を上げていった。
〈ドゴォォォーーー!!〉
不意打ちだ。
いきなり水路が途切れ、それまで水圧に押されるままだった俺は、まるで大砲から打ち出された玉のように、勢いよく空中に放り出された。
うぉっ! なんだこれ! 人間ロケット!?
そのまましばらくは宙を飛んでいたが、いつまでもそんな空中遊泳が続くわけもなく、次第に推進力を失っていった俺は、重力に従って落下し始めた。
このままでは、水面か最悪の場合、岩盤に叩きつけられる! ……そう思って、衝撃を受ける覚悟を決めたが、どんな偶然が働いたのか、そういう未来にはならなかった。
〈ガゴン!!〉
水面の代わりに叩きつけられたのは、硬い木の床。俺は体勢を整える間もなく無様にその床に落下し、勢いよくバウンドした。
終わりがこれって酷くない?
しかし、起き上がって身体の様子を確認してみると、痛……くはない。派手な音と衝撃には驚いたが、幸いなことに、どうやらここは非戦闘エリアの中みたいだ。
「ちょっとあなた何? 突然どこから来たの?」
船の乗客だろう女性プレイヤーから詰問される。
どこからと言われても……ねえ。
辺りを見回してやっと状況を把握する。俺が落下して飛び込んだのは、どう見ても渓流下りの船の中だ。おそらく「激流コース」。だって乗客がビショビショになってるから。
時間帯がそうなのか、たまたまかは分からないが、乗客はまばらで5人ほどしかいなかった。空いててよかった。これが満員だったら洒落にならないところだった。
「お客さん、無断乗船は困ります。乗船券をお買い求め下さい」
こんな状況でもいるのか、乗船券。
船頭に言われるまま乗船券を購入し、そのまま船に乗って船着場まで行ってから下船した。船の同乗者に胡散臭い目で見られたり、しつこく質問されたりしたが、そこはスルーだ。
いや、酷い目にあった。でも『グラウクス』の言う通り、本当にこちら側に来れたな。さて……これを誰に連絡するのがいいだろう?
情報クランの人が妥当か。少し考えた結果、そういう結論に達した。ココノエさん……はログアウト中。じゃあ、ハルさんだな。
*
《ハルさん、こんにちは。ユキムラです。お忙しいところすみません。
実は、グラッツ王国からモーリア王国に通じる新しい抜け道を見つけたので、先ほど、そこを通ってこちら側に戻って来ました。
新しく分かった情報をお知らせしたいのですが、メールでも大丈夫でしょうか?
俺は、なるべく早くグラッツ王国へ戻らないといけないような状況です。よろしくお願いします。》
送信ポチッっ。
《ピコン!》
返信、早っ!
《ハルです。ユキムラさん、お疲れ様です。質問したいこともあるので、できればお会いしてお話を伺いたいのですが、今どちらにいらっしゃいますか? 私が今いるのは、王都の冒険者ギルドです。》
《そこなら割と近いので、あまりお待たせしないで行けそうです。早速これから向かいますね。》
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