63 グラッツ王国へ
ジルトレから常闇神殿へ。
そこから更に転移し、蛇塔聖堂に舞い戻った俺は、再びチャティフ村を訪ねた。
巨人レイドが終わったことで、西方の関である巨人の切り通しが解放された。その影響で、こちらにも何か新しい変化が起きているんじゃないか? それを期待してのことだ。
「これはこれは、いつぞやの神官様ではありませんか。よくおいで下さった。いつでも歓迎いたしますじゃ。ゆっくりなさっていかれるがええ」
情報収集をすべく、ローコ長老に会いにきた。プレイヤーに友好的なところは変わらないようだな。
「まだ川は渡れないのでしょうか?」
「まだですじゃ。時が来るまで待つしかないのですじゃ」
南側への侵入禁止はまだ解けないか。あちら方面は、今回は関係ないのかもしれないな。じゃあ……
「北西の山の様子はどうですか? ハーピィの群れは大人しくしていますか?」
「幸いこの村の方には来ていないですじゃ」
うん。一問一答だな。質問を振れば答えてはくれる。でも、積極的に情報を提供してくれるわけではない。
「砦の軍隊がハーピィを抑えてくれているのですか?」
「そうですじゃ。王国軍の兵士が、周辺の山を定期的に狩ってくれますのじゃ。この村にも巡回にきてくれていたのじゃが、最近、砦からこちらに人が来なくなったのですじゃ。何か悪いことが起こっていなければいいのじゃが」
これは、新しい展開だと思っていいのだろうか?
「砦からの連絡が急になくなった? それはハーピィや、その親玉と何か関係がありそうですか?」
「それが分からんのですじゃ。砦の中庭には『メタノイア』という退魔の力をもつ古木が生えておりますじゃ。それがあれば、魔物は砦に近づけないはずなのじゃが……砦にはこの村からも勤めに出ている者がおりますので、心配でならんのですじゃ」
古木ねえ。古典的RPGなら、それにトラブルが起きているとでもいうような言い方だな。
なら……。
「俺が行って、様子を見てきましょうか?」
「おおっ。誠ですか。危険を顧みず、行ってくださるというのか」
動いた。やはりこれが正解の選択なんだろう。
「ええ。俺も何が起こっているか気になるので」
「助かりますのじゃ。さすが神官様ですじゃ」
「以前見せて頂いた地図を参考に行ってみます。何か注意すべきことはありますか?」
「くれぐれもお気をつけ下され。ハーピィは危機に陥ると仲間を呼びますのじゃ。群れに襲われると大変厄介ですじゃ」
「本当に危なそうなら、引き返して来ます。では、早速行ってきます」
*
そしてただいま空の散歩中。
ズルいようだが、ここは索冥に乗せてもらって、森の上を飛んでいくことにした。だって、支援職が1人で新エリアに突っ込んで行くとか、どう考えても無謀過ぎるでしょ。
それでも、時々森から飛び出てくるモンスターがいるが、索冥のスキル【守護】のおかげで、俺たちには近づけないようだ。
……だが、あれだけいると言われたハーピィが、なぜか全く出てこない。
疑問に思いながらも、しばらく飛んでいると……見つけた。あれか。渓谷の隘路を塞ぐように建つ砦にがあり、そこには、今まさにハーピィの群れが襲いかかっているところだった。
奴らここにいたのか。
一旦空中で停止して(索冥はそんな芸当もできる)、砦の様子を観察する。
すると、
《国境砦 破損率3% この砦は、破損率が60%を越えると放棄され、施設として使用出来なくなります》
なんだそれ?
他のプレイヤーが入れないエリアで、なんでイベントが進行してるんだよ。
どうにかできるものならしてやりたいが、索冥に乗っていればモンスターが近づいてこないといっても、さすがにあの群れに突っ込んで行って無傷で終わるとは思えない。
さて、どうするか。
状況を検討した結果、安全圏に長時間有効な拠点結界を張り、一旦ログアウト。ちょっと思いついたことがあったので、時間をおいて出直すことにした。
*
ログイン。
辺りは既に真っ暗だ。
今は夜時間帯。月は出ているようだが、樹木に遮られて地面には僅かな光しか届かない。暗視が働いて視認はできるが、どこにモンスターが潜んでいるか分からないから、慎重に一歩ずつ歩を進めた。
予想通りだ。ハーピィは陽が落ちる前に己の巣に戻ったのか、砦の外壁に着くまで、その姿を見かけることは一切なかった。
《国境砦 破損率8% この砦は、破損率が60%を越えると放棄され、施設として使用出来なくなります》
おいおい。5%も増えているじゃないか。このペースだとヤバいのでは? このままいくと、解放クエストの終了時には60%を越えてしまう気がする。
「そこにいるのは誰だ!モンスターではないな。村人か?」
突然、俺のことを誰何する声が響いた。声の主は武装した男で、おそらく砦の歩哨だろう。
「私は旅の神官です。チャティフ村の村長に頼まれて、砦の様子を見に来ました。ですが、昼の間はハーピィが沢山いたので近づけず、こんな時間になってしまいました」
「武器は持ってないな。両手を上げて、ゆっくり進んで顔を見せろ!」
言われた通り、ゆっくりと近づく。篝火が放つ光の輪の中に足を踏み入れると、
「神官なのは嘘ではないようだな。しかし、まだ身元が保証されたわけではない。取り調べが済むまで、こちらの指示に従ってもらうぞ」
*
歩哨の兵士から別の兵隊に引き渡され、尋問部屋のような所に連れて行かれた。そこで大人しく待っていると、しばらくして、鋭い目つきの中年の騎士が現れた。
「貴様の目的はなんだ。チャティフ村の連中に聞いたが、お前のような者など知らないと言っている」
そうくるか。チャティフ村では随分あっさりと話が進んだと思ったが、ここに来て、すんなりとはいかせてくれないってわけか。
「私は旅の神官です。道に迷っているところを、チャティフ村の方に助けて頂きました。この度は、砦と連絡が取れなくなって心配されたローコ村長に頼まれて、ここへ様子を見に来ました」
「こんな暗くなってから来るとは怪しいとしか思えない。なぜ昼間来なかった」
「砦の近くには昼頃到着しましたが、ハーピィの群れが恐ろしくて近づけませんでした。暗くなればいなくなるだろうと、日が暮れるまで待っていたら、こんな時間になってしまいました」
「ふん。口のうまい坊主だな。本当に神官かどうかも疑わしい。村からここまではどうやって来た」
「村でここまでの地図を見せて頂いたので、それを見ながら、なんとかここまで辿り着きました」
嘘は言っていない。森の上空を飛んできたっていうのを省いただけだ。
「非力な筈の神官が、1人で森を抜けて来ただと? 嘘を言うんじゃない」
「嘘ではありません。危ないようなら途中で引き返すつもりでした。ですが、森には話に聞いていたハーピィはいませんでしたし、幸い他の魔物にもあまり出会わなかったので、私1人でも森を通り抜けることができたのだと思います」
「ふん。では、貴様があくまで神官だと主張するなら、それを証明してもらおうか」
証明?
「何をすればよろしいのですか?」
「昼間、ハーピィの群れと戦って傷ついた者や、異常をきたしている者がいる。それを治してみせろ」
それならお安い御用だ。
「分かりました。その方たちのところまで、案内して頂けますか?」
*
案内された治療室の中は、予想以上に酷い状況だった。
身体の一部をハーピィの鋭利な嘴で食い千切られ、激しい痛みに呻く者。傷が化膿したせいで高熱を発し、既に意識がなくなっている者。魅了に掛かり、暴れながらも目の焦点が合っていない者。
どれだけ長い時間、あのハーピィの群れと闘っていたんだろう。
神官服姿の俺を見て、期待のこもった目を向けてくる者も少なくない。これは、気合を入れて治さないとな。
「治療のために、装備を本格的なものに変えたいのですが、よろしいですか?」
「それで上手く治療できるのなら構わない。おいっ! この神官を隣の小部屋に案内してやれ」
レイド用のフル装備はセット登録してある。クイックチェンジをすれば直ぐに変えられるけど、ここは言われるまま指示に従った。
治療室と扉1枚隔てただけの小部屋に案内される。ベッドが1台据え付けてある簡素な狭い部屋だ。恐らくここは、治療担当者の宿直室なのだろう。
ここでクイックチェンジ……手にはパナケイアの螺旋杖。準備万端だ。
輝煌の典礼服一式に着替えた俺が出て行くと、周囲から息を呑む音が聞こえた。
「重症な方から順に案内して頂けますか?」
頭部に大きくダメージを負った者が多い。頭を狙って来るのか。嫌なモンスターだな。
【生体鑑定】して怪我人の状態をチェックすると、
・一般兵 男性 22歳 状態:重体:頭部外傷 外傷部位汚染 敗血症 高熱
怪我だけでなく、感染症も起こしている。
まず【疾病治療】で感染症を治してから、【完全回復】で欠損部を治す必要があるな。
早速、一番損傷の酷い顔面に手をかざし、治療を始めた。
【疾病治療Ⅱ】「滅魔の光」!【完全回復】「再生治療」!
白く輝く眩い光が、俺の手から、そして全身から溢れ出す。
エフェクトが終わり光が消えたので、再び患者の状態を確認する。
・一般兵 男性 22歳 状態:健康 睡眠中
よし! いいようだ。
「奇跡だ!」
ん? いや、これは奇跡スキルじゃないぞ。再生治療をしたので、消費GPは多かったが。
「奇跡だ! 神は我々をお見捨てにはならなかった!」
興奮と期待で騒めく室内。よく分からないが、積極的に治療を受けてくれるなら、こちらとしてもやりやすい。じゃあ、どんどん行こうか。
*
「まさかこれほど高位の大司教様とは露知らず、先ほどは不敬のほど、大変失礼致しました」
全ての負傷者の治療を終える頃には、目つきの鋭い騎士さん……この砦の責任者であるオーミッド小隊長の態度が180度変わっていた。
「いえ。見知らぬ者が突然現れれば、警戒されるのは当然のことです。ましてやこれほどの負傷者を抱えていたら、少しの油断も許されない状況だったというのはよく分かります」
「温情とご理解を頂き、大変恐縮です。実を申しますと、連日のハーピィとの戦闘で隊員の疲労が溜まり、今日は少なくない数の重症者が出て、対策に苦慮していたところでした」
「お力になれて、私も嬉しいです。まさかハーピィが砦を襲っているとは思いもよりませんでした。こちらには、退魔の力をもつ古木があると聞いていたのですが」
「以前はそうだったのですが、ここ最近事情が変わりました。メタノイアの古木は、先日『狂鳥ハルピュイア』の急襲を受けた際、落雷が直撃して倒れ、燃えてしまったのです」
なんだって!?
「そんなことが!? 怪物が砦を!?」
「はい。ハーピィたちは、これまでは北の山から出てこなかったのですが、ここに来て急に人前に姿を見せ、攻撃を仕掛けてくるようになりました」
それは、解放クエストの開始以来ということか? ここまで影響が?
この砦で起こっている出来事は、解放クエストの一部なんだろうか? でも、モーリア王国とグラッツ王国、この2つの国を双方向に行き来できるのは、今のところ俺だけだ。
……いや。本当に俺しか来れないのか?
そんなわけはない。俺がここに来られるようになったのは、たまたま職業関連スキル絡みのシークレットクエストを引き当てただけだ。
こんなプレイヤー全体に関わってくるような解放クエストが、ただの1プレイヤーの行動に左右されていいはずがない。ここの運営のことだ。絶対に何か仕込んでいるはずだ。
解放クエストの開始のために、どこかで踏んでおかなければならないその重要なフラグを、俺たちプレイヤーが踏み忘れているんじゃないか?
よく考えろ。
蛇塔聖堂の隠し部屋は、シークレットクエストをクリアした特典みたいなものだろう。だから、そちら方面ではないはずだ。
渓谷の街ダカシュ。温泉で賑わう街。解放されればこの地と繋がるはずの街……駄目だな。全然いい考えが浮かばない。
「この砦は、以前は関所だったと聞きました。その頃は、ハーピィはまだこの辺りにはいなかったのですか?」
「そうです。ここにはメタノイアの守りがあったため、周辺に現れる魔物の数は少なく、関所といっても常時解放されていました。ですから、こことモーリア王国のダカシュの街とは、日常的に盛んに往来があったのです」
「なぜハーピィたちは、この地にやってきたのでしょう? 心当たりはありますか?」
「それが、見当もつかないのです。ハーピィたちは、以前はもっと山の高いところに棲んでいました。山は、森の恵が一年中豊富ですから、奴らがわざわざ山を降りてくるなんてことは、滅多になかったのです」
つまり、ハーピィにとって、山を降りなければならない=棲み家を変える理由ができた……というわけか?
「山に何か異変は起こっていませんか?」
「それもわかりません。ハーピィが現れて以来、その対応に追われ、山の調査までは手が回りませんでした。さらに、山の上方には強い魔物が棲息しているため、迂闊には近づけません」
山の上方に強い魔物? 本当にそうなのか?
*
治療がひと通り終わったので、俺は休憩のための控室に案内された。そこでひと息つきながら、この辺りの地図をタッチパネル上に展開して眺めてみる。
この砦の北側の山の上部……地図を辿ってみると、そこは俺たちが渓流下りをして遊んだジオテイク川の源流の辺りだった。
渓流下りの実装と解放レイドの発生地が、地図上で見るとかなり近い。これは偶然か? 調べてみる必要があるんじゃないだろうか?
でも、ここまで来て、またモーリア王国側に戻るというのもなんだよな。
ハーピィは昼行性で、夜は森から出てこないと、オーミッド小隊長に改めて確認した。そうなると、気を付けなければいけないのは、夜行性のモンスターということになる。
ちょっと索冥に聞いてみるか。
「索冥は、夜間に空を飛ぶのは問題ない?」
〈暗くても方向はわかるよ〉
「暗いところを飛ぶと、索冥は光って目立つよな? それで危ない目にあったりすることはないか?」
〈この光は神様の光だから、闇を好んで動く魔物は、嫌がって近づいてこないと思うよ〉
「そうなんだ。凄いな索冥は」
〈虹星を貰って、前より力が強くなったしね〉
「じゃあ、これから夜の山に散歩に行ってもいいかな?」
〈いいよ。主を乗せて飛ぶのは楽しいから〉
「俺も索冥に乗せてもらうのは凄く楽しいよ」
*
満天の星。
今にもこぼれ落ちてしまいそうな星々の輝きが、頭上に鈴なりになっている。現実でこんな星空を見ようと思ったら、照明の一切ない離島にでも行かないと無理だろう。
砦から飛び立った俺たちは、高く高く上空に舞い上がり、暗い夜の森を眼下に見ながら、山の上層を目指していた。
予測では、砦から真北に向かえば、ジオテイク川の源流があるはずだ。ただ、山の標高がどの程度かは正確にはわからない。山のこちら側から、そこに辿りつけるようになっているのかも不明だ。
暗い山の斜面は木で覆われていて、【暗視】があっても肉眼では詳細までは鑑別しにくい。従って、【フィールド鑑定】を頻繁にかけながら、俺は源流を探した。
〈主、誰かいるよ〉
「人? それとも魔物か?」
〈ううん。ちがうよ〉
「人でも魔物でもない? じゃあ精霊とか、霊魂とか?」
〈それもちがう。もっと麒麟と近しいもの〉
「まさか神獣?」
〈そう。人がそう呼ぶものの仲間だね〉
「その『誰か』には近づいても平気か?」
〈うん。善なるもの。知恵を持つものだから大丈夫だと思う〉
「だったら、これから会いに行ってもいいか? その存在と話をしてみたい」
〈いいよ。じゃあ、向かうよ〉
ここは、索冥の言葉を信じることにしよう。
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